44、背を向けるな
受け取ったチラシを持った手が震えた。
そこには見覚えのある3人の似顔絵と、指名手配の文字が並んでいる。
『『真ん中』セーライ神殿にて神官の大量殺害、若い女性の大量誘拐殺人及び殺人未遂、騎士団への公務執行妨害、騎士の殺人他。凶悪犯につき発見次第早急に連絡されたし』
「そんな筈無い・・・、何かの間違いよ・・・」
思わず、聞く人も居ないのにそう言ってしまった。
だって彼等は、連絡船で乗客みんなの為に戦ってくれたのに。私とユリアちゃんの危うい所も助けてくれた。彼等が居なければ、無事にマジールに渡って来れたかどうかも分からない。それは、あの2隻の船に乗っていた全ての人が知っている事の筈だった。
あの3人が凶悪犯の訳が無い。
「あっ」
拾ったチラシを見てそのまま固まっていた私の手の中を覗き込んで、イールが声を漏らした。
「そいつら、店に来てた奴等じゃん。ユリアとトッドを助けた」
言いながら私の手からチラシを取り上げて、書かれた文字を読んでいるのだろう、イールの目が右へ左へと素早く動く。
「えっ・・・嘘だろ?あいつらこんな悪い奴だったのか・・・」
ひと通り読んで、驚きの表情を浮かべながらそう言うイール。私は、彼の手から奪うようにチラシを取り戻して言い返した。
「そんな訳ないでしょ!あの人達は、ユリアちゃんを助けてくれたのよ!それに、マジールに来る時の連絡船では、湧いて来た魔物と戦ってくれて私達を守ってくれたわ!」
「いや、俺に言われても困るよ」
興奮する私の剣幕に圧倒されて、引き気味でイールがそう言った。
その時だった。
「通り掛かりの皆さん、聞いてって下さい!この指名手配犯3人組のうちの1人、真ん中のこの育ちの良さそうな少年!コイツが何と、混合戦の予選を勝ち抜いて本戦に出場してるって言うから驚きだ!」
通りの向こう側で、そんな風に叫ぶ男の人の声が聞こえてきた。イールと2人で並んで見ると、木箱の上に立った中年の男が、指名手配のチラシ片手に大声で通りを行く人に呼び掛けているのが見える。
「8枠『召喚戦士アキラ』!何でも、予選では対戦相手がみんな棄権して、ほぼ不戦勝で勝ち抜いたって言うから更に驚きだね!」
大きな声と、今行われている年に一度の大イベントの混合戦の話題だということもあって、道行く人が次々と立ち止まりあっという間に人だかりが出来てきた。
「他の出場者の情報も合わせて、詳しく乗ってる情報版はいらんかー?1部150ヤンだよ!今から行けばまだ賭けに間に合う!さぁ、買った買った!」
木箱に乗った男に、集まった人達が情報版を買う為に殺到し始める。
それを見ながらイールが言った。
「予選に出るとは言ってたけど、本戦まで行ったのか。凄いな。あ、でも不戦勝か・・・。なんか、不正してたりして・・・」
アキラさんがそんな事する訳ない!
イラッとしながら私はイールを振り返った。
ムッとした私の剣幕に驚いた表情のイール。の、その向こう側に、固い表情のユリアちゃんの姿が見えた。
「それ、見せて・・・」
ユリアちゃんは、こちらに歩み寄りながらそう言った。
店の裏の地面に大きな穴が開いてトッドさんとユリアちゃんが落ちそうになったあの日、2階で寝ていた筈のユリアちゃんがいつの間にか外に出ていて、席を外したアキラさん達に連れられて帰って来た。
只々泣きじゃくるユリアちゃんを、そっと守るように支えていたアキラさんの手。私はその時、泣きじゃくるユリアちゃんの事を心配するよりも、温かそうなその手に触れられて、心配されるユリアちゃんの事が羨ましいと思ってしまった。
「ユリアちゃん、どうしたの?何で?2階にいた筈なのに!」
そんなやましい気持ちを誤魔化す為に、私はユリアちゃんに駆け寄って、そしてグッと引っ張るみたいにして抱き寄せてアキラさんから引き剥がした。
私の声が聞こえていない筈無いのに、何も言わずにしゃくり上げ続けるユリアちゃん。代わって説明してくれたのはアキラさんだった。
「闘技場の方でさ、知らないオッサンに怖い思いをさせられた・・・って感じ、かな?」
「そうそう、ちっちゃくて目付きの悪いオッサンね」
補うように黒マントのノワさんが言いながらユリアちゃんの顔を覗き込む。ユリアちゃんは戸惑うように小さく頷きながら、それでも泣き止まない。
みんなから心配されて、気を使われて。何だか、お姫様みたい・・・。
「俺達も詳しい事は分かんないけど、何か色々とあるんじゃないかな?良かったら休ませてあげて。後でゆっくり話を聞いてあげて欲しい」
アキラさんにそう頼まれて、私は「はい」と答えてからお礼を言い、再びユリアちゃんを2階へと連れて行った。
それから、ユリアちゃんとは一言も口を聞いていない。何度話し掛けても、目も合わせてくれないのだ。
けど、イールとイーサンおじさんとは話す・・・。
頼まれはしたけど、話を聞いてあげるどころではない・・・。
正直、腹が立った。
何か辛いことがあったのだとは思う。でも、こっちが心配しているのに、突然無視し始めるのはどういう事なのだろう。
そんな苛立ちを抱えているところに、久々に掛けられた言葉が「それ、見せて・・・」だ。
カッとなった。でも、それを押さえ込んで私は笑顔を浮かべる。こちらに向かって歩いて来るユリアちゃんに、私の方からも駆け寄ってチラシを渡した。
受け取ったユリアちゃんは黙って読み、そして私を見た。
久しぶりに、目が合った。
「ねぇ、闘技場、行かない?」
機嫌の悪そうな顔でそう言う。
「・・・え?」
あまりにも予想外なその言葉に、私は何も言う事が出来なかった。
「だって、心配でしょう?」
ユリアちゃんは、言いながら首を傾げる。その姿が、なんとも可愛い。
そう。ユリアちゃんは、可愛いのだ。私なんかよりもずっと。何もしなくても、ただそこにいるだけで人目を引くほどに。
それが、ずっと嫌だった。
可愛いユリアちゃんの横にいれば、私はいつでも引き立て役だ。
それでもずっと一緒にいるのは何故だろう・・・。
ユリアちゃんの可愛い顔を見ながら考える。
可愛いだけで、何ひとつ自分1人で出来ないユリアちゃん。私の背に隠れて様子を伺う事しか出来ないユリアちゃん。臆病で人前で喋る事が苦手で、物覚えも悪い、不器用なユリアちゃん・・・。
私がいないと、何も出来ないくせに・・・。
そうか、闘技場に行きたいのはユリアちゃんなのね。ユリアちゃんも、アキラさんの事が好きなんだ。だって、お菓子を渡そうって先に言い出したのはユリアちゃんだったのだから。
だから、『私の為』って事にして、一緒に闘技場に行って欲しいんだ。
そう思っていると、イーサンおじさんが厨房から出て来て言った。
「やれやれ、みんな混合戦を見に行ってる所為で客の入りが全然だ。ライサちゃんとユリアちゃんも、見に行きたいなら行っておいで。どうせ終わるまで店はガラ空きだから」
それを聞いて、ユリアちゃんはちょっとだけ笑みを浮かべた。
「おい、絶対に背中を向けて逃げるなよ」
試合の開始時間が早まったので準備を急げ。
そう従業員が連絡に来て、すぐだった。
対戦相手のスレイの相棒、確か名前はタクトと言っただろうか。そいつが訪ねて来てオレに言った。
「なんだ?それは挑発のつもりか?」
武器を肩に乗せて振り返り、タクトに向かってそう言った。
「そういうんじゃ無い。でも忠告だ。じゃぁ、伝えたからな」
言い捨てて、タクトはすぐに行ってしまった。
どういう意味だかはよく分からなかったが、気にしなくても問題無いだろう。何故ならオレは逃げない。
剣闘士になってもうすぐ1年になる。剣人士として戦い始めて、100人以上の相手と戦って来た。負けた相手は片手で数えるくらいしかいないし、そいつらにも背は向けた事がない。
無用の心配だ。
「ワッツさん、そろそろお願いします」
従業員が呼びに来た。
よし、行こう。どれほどのものか試してやる。
オレは、会場に向かって歩き出した。




