43、レーナvsサルー
浅黒い肌、無造作に首まで伸びた金髪、顔の真ん中に派手な傷。先日、グレイク戦で見たままの姿のサルーが、その時と同じ大振りな両刃の剣を構えた。
対峙するのは、比べるとスマートで美しい華のような女性。真っ直ぐで長い黒髪を高い位置で結い上げた薙刀の戦士、レーナ。
「トールはこんな綺麗な人に負けたんだ」
参加者の為に用意された観覧席で、俺は隣に座るトールに言った。他の参加者はみんなウォーミングアップで、観覧席には俺達しかいない。だから広い参加者用の特別席にたったの3人ぽっち。俺を真ん中に挟み込むように並んだ3人が、1番見通しの良いど真ん中の位置を占有している。
「人・・・なのですかね・・・」
レーナを見ながらトールが呟いた。
「え、違うの?」
混合戦の進行は早い。俺がそう言った時、試合開始の合図が出された。もう第1試合が始まる。
審判の手が振り下ろされた。
・・・、その瞬間。
レーナが消えた。
会場中からハッと息を飲む音が聞こえた。
「えっ」
俺の口からも思わず声が漏れた。
「うわっ」
ノワの口からは嫌悪感の拭えない声が出た。
正面に立っていたサルーは、案の定レーナを見失ったみたいだった。先日の試合でもグレイクの動きを全く追えていなかったから、素早い相手は苦手なのだろう。
サルーは観客席を見る。
グレイク戦の時と同じく、観客からの助けを求めての事だろう。
が、誰1人と声を上げる者は居なかった。
誰もレーナの姿を追えなかったのだ。
「うっ、上かっ?!」
やぶれかぶれ、といった感でサルーが言って、上を仰ぐ。だが、そこにレーナの姿は無い。
瞬間、サルーの真横にレーナが現れた。サルーの方が断然背が高いのだが、サルーの顔と同じ高さにレーナの顔がある。高速で移動しつつ飛び上がり、高さを合わせたのだろう。
そのままレーナは、流れるように一度だけサルーと目を合わせた。と思ったその直後、サルーの顔がブレたかと思うと、腹部から2つに折れ曲がって後方に吹っ飛んだ。観客席との境目の壁に激突し、そのまま真下に落下してしまう。
サルーはその後、吐息のような呻き声を上げて、そのままそこから立ち上がる事が出来なくなってしまう。
会場中が静まり返った。俺達も、何も言えない。
予選と違って、本戦に場外は無い。急所に刃を当てて相手の行動の自由を奪うか、気絶させれば勝ち。
通常の対戦と同じルールが適用される。
動けなくなっているサルーの元に、レーナが歩み寄った。抱えた薙刀の先端を上げてサルーの首筋に添え、そしてその長い脚を持ち上げて爪先をサルーの額に当てる。押し当てつつ蹴り上げるようにして、サルーの顔を上向きにさせた。
サルーは、白目を剥いていた。
そのままの姿勢でレーナは、VIP席のセシル王を見上げた。
会場中がレーナの視線を追ってセシル王を見る。勿論俺達も、だ。
勝敗の決定権は、VIP席の主にある。今日はセシル王が主審という訳だ。
視線を集めてセシル王は立ち上がり、会場全体を見回し、そして、試合開始の時にレーナが立っていた側の手を挙げる。
勝敗は決した。セシル王がレーナの勝利を示したのだ。
すぐさま審判が「勝者、レーナ!」と声を張り上げる。
数秒間、沈黙が続いた。観客席からまばらに拍手が上がり始めて、次第にそれが歓声へと変わるが、その声には不満そうな物も多く混じっている。
圧巻の勝利。
「レベチ」
ノワが表情の無い声で、つまらなそうにそう言った。
ノワがそんな風になるのも分かるし、トールがレーナの事を人かどうかと疑うのもよく分かった。
戦いを終えたレーナが退場口へと向かい出て行く。そこで待ち構えていた従業員らしき奴がレーナに駆け寄り、喚くように言うのが聞こえて来た。
「だからー!言ったでしょう!なるべく長く戦って下さいって!」
声がデカいので丸聞こえだ。予想するに、第1グループでの予選の際も、今みたいにあっという間に勝負が付いたのだろう。それを本戦でやると、見せ物として余りにも面白みに欠ける。だからパフォーマンスとして見応えのある戦いを、せめて長く戦えとお願いしてあったのではないだろうか。
「・・・言われた通りにしたではないか。命は奪わず。致命傷も負わせず。気絶させて武器を急所に当てて、動けないように押さえる、だったと思ったが、違ったか?」
「・・・そうですが!早すぎるんですよ!」
そんなやり取りを見て、俺はある事を思い出した。
それは以前見たテラの記憶の中の出来事。
ナバラの兵達と手合わせをして、圧倒的な勝ち方をした時の様子だ。何もかもが桁違いに優れていたテラと兵との戦い。今のレーナとサルーの戦いの様子は、まるであの時の再現のようだった。
レーナは、トールの言うように人ではないのかも知れない。
俺は、そんな風に思った。
先に立って退出して行くレーナの後ろ姿を見ながら、困り切った顔で特大の溜息を吐く従業員。
なんだか可哀想に思っていると、行ってしまったレーナと入れ違いに別の従業員が2人出て来て、何か準備を始めた。
手にしているのは、木製の滑らかな曲線のシルエットの本体に細い弦を張った器具。それに反対側の手に持つ、糸を撚り合わせた棒よなうな物を這わせると、そこから会場中に何とも言えない綺麗な音が響き渡った。
ヴァイオリンみたいだ。
驚きつつ見ていると、2人は呼吸を合わせてステップを踏みながら、中央へ移動して音楽を奏で始める。掛け合いのように演奏を続けていると、更にもう2人出て来た。
1人はサーベルを持ち、もう1人はデカい籠を引きずっている。ヴァイオリン隊がサーベルの周りを円を描くように回り始め、その円の外側からもう1人が籠からリンゴを出して放り投げる。
投げられたリンゴは弧を描いて宙を舞い、そのまま構えたサーベルに突き刺さった。
観客席からは、歓声と拍手が上がる。
次はオレンジだ。
「おお、なんか凄い」
機嫌の悪かったノワの表情が和らぎ、笑顔になる。
投げられる果物がグレープフルーツ、メロン、と順に大きくなっていって、次にスイカが籠から出て来た。
大きくて重そうだ。
それを投げようとすると、サーベルが嫌がる素振りを見せて観客が沸く。
投げようとする、嫌がる、もう一度投げようとする、嫌がる。繰り返す掛け合いに笑いが起こる。和やかな雰囲気だ。
「試合が早く終わり過ぎたので、次の準備が出来るまでの時間稼ぎですね。こんな事まで準備してるなんて流石ガティ家」
トールがパフォーマンスを見ながら感心したように言った。
「グレイク様がこんな時の為に何か出し物を考えろと仰られて、カミュ様が発案したのです。本当にあの方々は素晴らしいです。特に今のグレイク様は、前のグレイク様と違って、集金から些細な連絡係まで買って出て下さる。有難い」
いつの間にか横に来ていた、レーナ付きの従業員が俺達に向かってそう言った。
「前のグレイク様?」
引っ掛かりを覚えたのだろう。ノワがそう聞いた。
そこは俺も気になった所だった。
本物のグレイクが墓に埋められるのを見ながら、ガティに紹介されるリグランの姿を、覗いた過去の中で見た。
『グレイク』は王弟リグランの仮の姿だ。王政反対派の残党を隠密に処分する為に、死んでしまったガティの息子に成りすましている。
けれどもそれは、内輪だけの秘密なのだと思っていた。
「ガティの親父様は、本物のグレイク様が亡くなられてからおかしくなってしまって。似た容姿の孤児を拾って来てはグレイクと呼ばれています。拾う度に鍛えて剣闘士にして闘技場に出し、そして死んではまた新しい孤児を拾う。今迄はみんな戦うだけだったんですがね、今回のグレイク様は、家の為に動いて下さる。有難いですよ。お陰でガティ家は大きくなった」
そう説明すると、従業員は呼ばれて行ってしまった。
「ふぅんって感じだね」
従業員の後ろ姿を見送りながらノワが言った。
グレイクが偽物という事は、『公然の秘密』らしい。今のグレイクが王弟だと言う事だけが、『本当の秘密』という事なのだ。
納得した所で中央で動きがあった。とうとう投げられたスイカをサーベルが避けて、地面に落ちて割れてしまったらしい。
投げ手とサーベルが、お互いを責めあって喧嘩をする。それを見て観客はどっと沸いた。
ヴァイオリン2人が演奏を止めて、帽子を脱いで観客席に向かって礼をする。投げ手とサーベルも肩を組んで礼をした。湧き上がる拍手の中、4人で喧嘩しながら割れたスイカを片付ける。
会場中から笑い声が上がる中、大きなドラの音が鳴り響いた。
次の試合が、始まるようだ。




