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どうせ異世界に来るのならもっと勉強しておけば良かったよ  作者: まゐ


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39/52

39、血塗れの切り裂き魔

「すいません、ちょっと宜しいでしょうか?」


 エリスの事を考えていたら、急に後ろからそう話し掛けられた。振り向くと、見た事のない中年の男が1人。高くない背を、腰を斜めに折り曲げる事によってより低く見せ、顔だけ上げて俺を仰ぎ見るようにしている。声も表情も柔らかく、でもそれはわざと柔らかく見せているのが見え見えで、明らかに俺に対しておべっかを使っていた。


「何ですか?」


 そんな中年男の様子に、なんだこいつと思いながら警戒しつつ俺は聞いた。


「いやぁ、先程の戦いっぷり、感服いたしました。あ、申し遅れました。私マチスと申しまして、こう言う者です」


 中年男はマチスと名乗り、俺に一枚のカードを差し出してきた。見てみると、そこには横書きでマチス・マルルと本人の名前が書かれていて、その下に人材発掘紹介者と書かれている。名刺みたいだった。


 もしかしてこれはアレか、剣闘士としてのスカウトか。


 そう思っていると、横からトールが話に割り込んで来た。


「そうでしたアキラ、グレイクさんから預かった物が」


 言いながらトールは、懐から布のような物を取り出して俺の前に広げた。見るとそれは10〜15cm位の筒状の布で、黒地に赤で『ガティ』という文字と、薔薇と、そしてよく分からない図形が刺繍されていた。


 手渡されたそれを見て、俺はトールに「何だコレ?」と聞く。


「グレイクさんが、このように腕に嵌めて付けて置いた方が良いと」


 そう言うトールが示す彼の二の腕を見てみると、同じ物が付いていた。腕章だった。


「なっ!それはガティ家の・・・!何と既に交渉済みでしたか。これは失礼致しました」


 その腕章を見た途端にマチスは慌ててそう言い、そしてガックリと落ち込んだ。それを横目に、トールが俺だけに聞こえるように耳打ちする。


「契約云々は無く、あくまでもフェイクだそうです」


 成る程、コレを付けていれば厄介なスカウト避けになると言う訳だ。


 その時、大きな歓声が湧き上がる。見ると、横のリングでの勝者が決まったらしく、拍手や勝者を称える声に混じって、多くの人々が移動する足音が響いていた。


 空気が動いて、フワリと鉄臭い匂いが鼻を付く。


 血の匂いだ。


 人だかりが出来てそれが蠢くように動く。人気アーティストのライブ会場みたいに。人の波が右に左にと移動して、1箇所がこちらに向かって膨らんだかと思うと、途切れてそこから血に塗れた大柄の男が現れた。


 筋骨隆々、漫画に出てくるレスラーみたいな、本当に絵に描いたようなデカい身体の男。そいつはその身体に似合いのデカい剣を持っていて、大量の血に塗れたそれを、人が途切れた空間で一振りする。床と周囲の壁にシュッと音を立てて血飛沫が飛んだ。一瞬で鉄の匂いが強くなる。


「おいブラド、床を汚すな。掃除大変だろ」


 その大柄の男の後ろから、一回り小さな男が駆け寄って来てそう言った。そのまま肩に手を掛けて自分の方を向かせる。大柄な男の名前がブラドと言う事が分かった。


「すまない兄ちゃん・・・」


 身体に似合わない高い声でブラドはそう言った。どうやらその一回り小さな男はブラドの兄らしい。


 その2人の周りに、また人が集まり始める。今の試合を見ていた者達と、マチスのようなスカウトの連中なのだろうという事がすぐに分かった。囲い込まれて身動きが出来なくなる前に、と、2人は早歩きで進む。と、俺と目が合った。


 その時の2人の反応が、非常に印象的だった。


 次の相手となるのが俺だと分かっての態度だろうか。兄の方は敵意剥き出しの鋭い目付き。そして弟の、ブラドの方はポカンとした魂の抜けたような目で見て来た。口も開いていた。


 変な感じだった。


「リュウ兄弟です」


 説明してくれたのはマチス。


「今大会の最注目株。残忍非道な切り裂き魔ブラドと、その頭脳(ブレーン)の兄。何しろ人を斬るのに躊躇が無い。優勝してもしなくても、剣人士或いは剣魔士になるのは確実です。因みにアキラさんの次の対戦相手ですね」


 4つあるリングには、特に番号は無かった。各リング勝者が決まった順に次の対戦相手が決まる仕組みだ。つまり、最初に決まった俺と2番目に決まったブラドが戦う事になる。


「血塗れだけど全部返り血だねー」


 サラッとそんな事を言うノワ。


 確かにブラドは大量の血を浴びていたが、自分には傷一つ付いていないように見える。髪も身体もドス黒く染まっているのに、本人はポカンとしていた。それは自分が相手を斬った証拠だろうに、その事を何も感じていない様子に空恐ろしくさえ感じてしまう。


「その最注目株にアンタは取り入らなくていいのか?」


 ゴーシュがマチスに聞く。


「私が?まさか」


 その質問に、驚いてオーバーに目を見開いてマチスは答える。


「私は()()()戦士専門です。例え強くて客の受けが良くても、あのような容姿の方は専門外です。アキラさん、それにそちらの背の高い方」


 言いながら俺とトールに視線を送るマチス。


「ガティ家と剣闘士の契約を結んだ上でも構いません。もし仕事やお金に困ったら商会に連絡を下さい。戦士以外にも紹介先は御座います。高級クラブや娼館やら。剣闘士と掛け持ちもOKですので、グレイクさんもお時間のある時には当商会と関係のあるクラブに顔を出して下さるのですよ。彼がいるとまぁ、客の入りが良くて」


 そう説明すると、「ではでは、お待ちしています」とマチスは言って、早々に引き上げて行った。


「出会い系だけじゃ無くてホストクラブもあるんだ。なんかエデンって凄い。しかもリーもやってるとかウケる。この国の王弟とんでもないな」


 ノワが呆れた声で肩をすくめながらそう言った。


「私が男娼になったら、流石に家に連れ戻されて監禁されます」


 トールが困り顔でそう言い、


「アキラがいるなら俺通うわ」


 と、ゴーシュが怖い事を言ってノワとトールに睨まれた。




「第4グループ予選第2試合、開始!」


 全てのリングでの勝ち抜き戦が終わると、すぐに次の予選が始まった。リングに立つのは俺と、そしてさっき見た血塗れの切り裂き魔ブラドの2人。


 向き合って開始の合図を聞くと、ブラドのセコンドの兄が「行け!」と叫ぶ。その声を聞いてから、ブラドはデカい身体を一瞬縮めて少しリングに沈ませ、そして反動を付けて俺に突進して来た。


「おわっ」


 その迷いの無い突進に、俺はちょっと焦った。


 ブラドは、最初から全力。様子を見るとか伺うとか、そういう計算的な物が存在しなかった。


 傷付く事、死すらも恐れない。その、覚悟なのか何なのか、意味の分からない自信的な猛進に、俺の覚悟が追い付かない。


 だから取り敢えず避ける。それしか()()()()


 避ける俺の、首、脇、脚の付け根。太い血管のある場所を正確に狙ってくるブラド。防御ゼロ。全く考えて無い。


 最初から抜き放たれている奴の大剣を避けながら俺は抜刀し、奴の頭上に飛び上がって首裏に柄を落とした。


 確実な手応え。凡人ならこれで倒れる筈。でも奴の首は太く鍛えられている。一度じゃ効かないだろう事は簡単に予測出来た。


 だからそのまま奴の背後を取って、思い切りケツを蹴飛ばす。


 距離を取ろう。そう思ったんだ。


「!」


 一瞬の後、距離は取れた。けど、奴が蹴飛ばされたからじゃ無い。俺が弾き飛ばされたんだ。


 奴は俺の蹴りの影響を全く受けずに、自身の進む力で普通に前進を続けた。数歩進んだ先で振り返り、吹き飛んだ俺を見てまたこちらに突進して来る。


 恐ぇ・・・。


 殺気も何にも無い。純粋な戦意、ただそれだけ。


「良いぞ、押してる。そのまま行け!」


 セコンド兄が叫ぶと、ブラドは鼻息荒く更に自信を持ってこっちに向かって来る。


 伸びて来る大剣を紙一重で躱わした。・・・筈なのに・・・。


 頬をツーっと流れる一筋の血。


 斬られたつもりは無い。なのに、遅れて頬に熱い痛みが走った。


 後から感覚が追いかけて来るくらいに切れ味が良いのだ。


 やばいな、舐めて掛かると普通にやられそうだ。


 思って俺は脳をフル回転させた。


 理想は奴を傷付けずに場外に落っことす事。けどそれが叶わないならば、脚。致命傷にならない程度に狙って動きを止める。


 突進して来るブラドを、闘牛士みたいにギリギリまで接近させて躱わして、ふくらはぎを裏から峰打ちする。


 膝、着け!


 願って見る。が、ブラドは立ったまま。ダメージなんて全く受けていない。


 うわー・・・どうすっかなぁ・・・。


「アキラぁ・・・」


 リングの外から、ノワの切な気な声が聞こえた。


 うわ、心配されてる・・・。


 俺は、ブラドに向かって剣を構えて、特大の溜め息を吐いたのだった。

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