38、番狂せとかやめて欲しいよ
10、9、8・・・とカウントが始まる。俺の目の前では、顎の下から剣の柄でガツンとやった8人組のリーダーが仰向け大の字に倒れていた。
「あ、あ、あ、アキラさん・・・すご、凄いです!」
背後に隠れていたジロが、俺の側に寄ってきてそう声を掛けた。リングの上に立っているのは、俺とジロ、2人だけになった。
俺は剣を鞘に納め、カウントが0になるのを待った。「0」と言う声が会場に響き渡るのと同時に、係員がリングに上って来て、隅の方まで飛んでったリーダーの2本の斧と、リーダーの身体を場外に運び出していく。
それを見届けてから、俺は振り返った。
興奮気味に頬を高揚させたジロは担架に乗せられて運ばれるリーダーを目で追っていた。けど、俺の視線を感じてか俺の方を見る。
目が合うと、表情を硬くして開きっぱなしになっていた口を閉じる。
「で、どうする?」
俺がそう言うと、ジロは肩を竦めて全身で一瞬力み、後退りをして俺から距離を取った。
「どうだった?組んで最後の2人まで残ったけど。ジロが『反則』って言ってた8人組ももういないよ」
俺は言いながら一歩ジロへと踏み出す。
「これで心置きなく戦える?」
そう聞いてから、俺は一度納めた剣の柄に手を掛けた。
「ま、ま、待って下さい。オレ、なんか、が、アキラさんに敵うわけ無いですよ・・・、だから、お願いです、切らないで・・・」
ジロは、震える声でそう言うと、体もブルブルと震わせながらその場に膝を付く。腰に下げていた短剣を鞘ごと外して前に置き、両手を祈るように組んで俺を崇め祈りを捧げるみたいなポーズを取った。
命乞いだ。
俺は呆れて溜め息を吐き、そして抜刀して切先をジロの眉間に当てる。
何やってんだかな。
「悪いけど、俺ここで負けるつもりないよ」
そう。俺は本戦で優勝して、エリスの唇を守らなければならないのだ。
「はい、その・・・分かってます。オレ、勝てないって分かってて。あ、アキラさんにって意味じゃなくて・・・いや、勿論アキラさんにも勝てないですけど、その、誰にも勝てないってのは分かってたんです。でも、借金が凄くて・・・返せなくて。そしたら、貸し付けた奴等が混合戦に出て稼いで来いって言ってきて。オレ、断れなくて・・・。なんだかんだ毎年出てるんですけど、毎年勝てる訳無くて。でも、出ない訳にもいかなくて・・・だから、八つ当たりってのとは違うかも知れないけど、誰でもいいから文句言いたかったのかも知れないっす・・・。なんか、すいません」
ジロは、しどろもどろになりながら説明した。
「オレ、何やってんですかね、ホント。もう、ここらで死んだ方がいいのかも知れないって思うんですけど、それも出来ないんですよ」
ジロは言いながら頭を掻いて乾いた声を上げて笑い、そして同時に目からは涙を流す。
ジロが苦しんでるっていうのはよく分かった。
ジロの頭蓋骨の塔は狭い。グレイクと良い勝負だ。
俺は、ジロの『今』の少し下の頭蓋骨をコツコツと杖で叩く。眼球の穴から覗く少し前の時の流れの中で、ジロは借金の取り立てで追い込みを掛けられていた。若く見えるが嫁と子供がいて、けれども2人はジロを置いて出て行ってしまっている。死を覚悟して混合戦に参加して、死に切れずに逃げ出し、日雇いの仕事で食い繋ぎ、また混合戦に出る。その繰り返し。
ジロと似たような境遇の奴は、割と沢山いた。もはや何の為に生きてるのか分からなくなっている、そんな奴等だ。それでも、みんな懸命に生きている。その苦しみの先にいい事があると信じて。
実際、いい事があるかどうかはそいつらには分からない。けど・・・、
俺は上を見上げた。細くなっていくジロの塔の幅、そのずっとずっと上の方に明るいひとつがあるのが見える。
ジロの未来には、明るい所がある。そこに辿り着けるかどうかは分からないが、確かにあるのだ。
「諦めるなよ」
俺は、ジロに言った。
「今はしんどいかもだけど、頑張って生きてれば明るい未来に辿り着けるかも知れないよ」
明るい所への一筋は真っ直ぐに伸びている。迷わず素直に進めば良いのだろう。そう思って俺は続ける。
「今の思いを貫いて良いよ。そのまま諦めなければ、それで良い」
それを聞いて、ジロが俺を見て目を見開いた。そして、その目の中に光が煌めく。
それが、俺がこの世界で行った初めての『未来詠み』だった。
俺はそのままジロの首根っこを掴んで、場外に放り出し、そのリングの上に立つ最後の1人になった。
レフリーみたいな係員に右腕を高々と掲げられて、最後の1人になった事を讃えたれた。そのまま氏名を確認されて、他のリングの勝敗が決まり次第次の予選を開始する事を告げられる。(俺のいたリングの勝敗が1番早く決まっていた)
「アキラー!やったね、おめでとう!」
ノワの声がリングのすぐ下から聞こえて来たので、そちらを見る。ジャッキーをギュッと抱きしめたノワが必死に俺に向かって手を振っていた。ジャッキーは締め付けられて少し苦しそうだ。
「16位以上が確定しましたので賞金が出ます」
俺の腕を持ったままの係員にそう言われた。
「え?そうなの?」
優勝者以外にも賞金が出る事を知らなかった。
「はい。本来でしたら、16のグループに分かれて予選が行われるので、各グループの最終勝者から賞金が発生するのですが、今回は特例で4グループの上位4名からになります。このまま勝ち抜けば更に賞金が発生しますので、正確な順位が確定してからまとめての支払いで宜しいでしょうか?」
ここから先は、勝つ度に賞金が発生すると言う事だ。
なるほどと思いつつ、聞かれて俺は迷う。
泊まったり食事をしたり、そういう経費的なものはトールの退職金(勝手に持ってきたやつ)で充分に賄えていた。だから正直、金があっても使い道が無い。もらえるのなら貰っておいて損は無いから貰いはするが・・・。
「とりあえずこのまま預かってもらっておいて、もし必要になったらその時受け取る事って出来る?」
「可能です」
「じゃ、それで」
「かしこまりました」
これで万が一金が必要になった時に対応出来る。
そう安心しつつ、俺は思い出したようにその係員に聞いた。
「予選のグループが16から4になった事以外で、今回の混合戦が今までと違ってる所ってあるの?例えば、特別な魔物と戦う、とか」
金が貰える事に喜んで、本題を忘れる所だった。
俺にそう聞かれて、係員は少し考えてから言う。
「私は特に知らされていませんが、全ての試合が終わった後にエキシビジョンマッチを企画しているという噂があります。こういった企画は常にあるわけでは無く、サプライズとしてやったりやらなかったりなので定かではありませんが」
「そっか、ありがとう」
礼を言って、俺はノワのいる所に降りた。
「ねね、何話してたの?」
俺の腕を引っ張りながら聞いてくるノワ。
「なんか賞金が出るんだって」
俺の答えを聞いて、ノワは驚いた声を上げた。
「え?まだ優勝してないじゃん!」
「うん。そうなんだけどさ、上位16位から出るっぽいよ」
そう言うと、ノワの腕の中でジャッキーが言った。
「毎年そうだな。この先は勝つ度に賞金が加算される。だから実は、その賞金目当てで参加する奴の方が多いぞ」
そうだったのか。
「え?そうなの?じゃあさ、もしかしたら本戦でも勝つ度に貰えるって事?」
ノワがジャッキーの両脇を抱えて、目線を合わせるように持ち直して聞く。
「優勝賞金程じゃないが、貰える筈だ」
「えっ、えっ!じゃ、本職の剣闘士より一般参加の方が儲かるって事なんじゃないの?なにそれすごくない?なんだ、そうなら僕も出れば良かったかなぁ」
「何だよそれ・・・」
一緒に出ようって言った時には出ないって言ったくせに・・・。
そう思って不貞腐れた顔をした時、俺の肩をポンと叩く者がいた。振り返るとそれはゴーシュで、ん?と思った時、その横にトールがいる事に気付いた。
「あれ、何でトール・・・?」
トールは第1グループだから、Aの部屋で予選の最中の筈だった。それなのに、今ここにいる・・・。
俺はちょっと考えてから、そうか、と思った。
どのグループでもまずトップ4を決める筈だから、第1回戦が終わって、次の予選が始まるまでの空き時間に様子を見に来たのではないか?と。
だがしかし、トールの口からは信じられない言葉が飛び出して来たのだった。
「アキラ、すみません。初戦で負けてしまいました」
そう言って苦笑いを浮かべるトール。
「・・・」
俺とノワとジャッキーは、その言葉の意味が最初良く理解出来なかった。十分過ぎる間を開けて、3人揃って「はぁ!?」と言う。
「えっ、嘘でしょ?トールが?雷神が?初戦敗退?」
「はい、恥ずかしながら」
問い詰めるノワに、何故か照れながらそう答えるトール。
いやいやいやいや、待て待て待て待て。
「何で?変だろ!」
言いながら俺はトールに詰め寄った。
トールは強い。『真ん中』王都の精鋭、近衛騎士だったんだ。そこらの奴に負ける訳がないのだ。
「アキラ、変じゃ無いんだなコレが」
無意識のうちにトールの胸倉を掴み上げていた俺の手を外しながら、ゴーシュが間に入って止めながら言う。
「凄く強い方がいたんですよ。多分、あの方が本戦に進みます。優勝もするかも知れません」
解放されたトールは、そう言いながら困った表情。
「とんでもない番狂せだな」
ジャッキーがそう言って、溜め息を吐きながら顎を撫でた。俺に賭けるのを考え直しているのかも知れない。
ああ、エリスの唇は守れるのだろうか・・・。




