37、最後の1人になるまで
第1と第2がAの部屋、第3がBの部屋、第4がCの部屋と、3つに分かれて最初の予選が行われることになった。つまり、第4グループの俺と第1グループのトールは別々の部屋に分けられて、お互いの予選の様子を見る事は出来ない。
第4のCの部屋には、ボクシングのリングみたいなのが4つあった。スプリングの効いたマットの外周を四隅の柱同士を繋いだロープで囲んであり、床との高低差が大体1メートル位ある。落ちたら少し痛そうだ。
「名前を呼ばれた方からリングに上がって下さい。4つあるうちのどれでも構いません」
第4グループの担当者がそう声を張り上げ、次々と名前を読み上げて行く。それに従い、参加者が好きなリングに上がって行く。
返事をする者、軽く手を上げる者、無言のままリングに上がる者。
壁際に立って順次上がって行く出場者達を見ていると、ふとした時々に、その出場者一人ひとりの頭蓋骨の塔が見えてしまった。一度見方を覚えてしまうと、誰に対してでも簡単にそれが出来てしまうようで、見ない為には、逆に気を引き締めなければならない状態になっていたのだ。
ちょっと『見てみようかな?』と思えば、その人の過去から、起こりうる未来の可能性までが見えてしまう。その場にいる人全員分を同時に見る事も出来るし、見たい人の物だけをチョイスして見る事も可能。
それは、『過去』と『未来』を自分の中に蓄えてバランスを取るあの力とは全くの別モノだった。代償という形を取って何かが出来るという訳では無かったが、その人個人の時間の流れをより深く見る事が出来る。そのせいか、下手をすればその人の感情に引きずられそうになってしまうのだった。
見ないようにしても見えて来てしまう、その頭蓋骨の塔の情報によると、参加者の多くの者は賞金目当てで、その賞金が必要になる理由がそれぞれにあった。貧困だったり、物欲だったり。或いは金では無く、自らの力を示し、他の者よりも強いという事を周囲に分からせたい者、勝つ事自体を知人と賭けている者や、どうやらそれなりの実力がある者は正規の剣闘士としてスカウトされる事もあるらしく、それを狙った者もいた。
「アキラ、頑張ってね」
横でノワがそう言った。ノワの腕の中には、ぬいぐるみみたいなジャッキーが抱き抱えられていて、俺と目が合うとそのモコモコの手と指でグッドサインを作って見せた。
ゴーシュはトールの方を見に行っている。だから今頃Aの部屋にいるはずだった。そしてグレイクもAの部屋に行くと言っていたから、案外一緒に見学しているかも知れない。(第1と第2が両方見れるので、Aの部屋が一番見学者が多いのだそうだ)
ジャッキーは明日の本戦で俺に賭けると言っている。それで稼いだ金で新しい竿を買うのだそうだ。
ジャッキーの近い未来では、竿を手に入れる未来もあれば、それどころではなくなる未来もある。それぞれの未来に繋がる流れとして、どう動くべきなのかは俺には分からない。ジャッキー本人の行動によって決まる訳ではないからだ。
『未来詠みにはコツがあるの』
そう言ったドニさんの言葉の意味が、少し分かる。
1人が何かを「する」「しない」で変わる未来もあれば、多くの人々の行いによって変わる未来もある。その場合場合によって異なっているから、簡単に「こうだ!」とは言えないのだ。
「アキラ・マツザキ」
考えていると名前を呼ばれた。
俺は返事をして、そしてノワとジャッキーに向かって少し笑い、1番近くにあるリングに上がる。
リングの下からはノワとジャッキーに見てもらって、俺はリングの上から様子を伺おう。優勝する事も勿論目指すが、目的はあくまでもシージャック犯達の目的を明らかにする事と、他の仲間を捉える事なのだから。
4つのリングの大きさは全て同じ。好きな所に行っていいと言われるのだから、何となくみんな同じくらいの人数になるのかと思っていたのだが、違った。俺が上がったリングだけ極端に人数が少なく、他3つは同じくらいの人数。
なんでだ?
そう疑問に思うと、すぐ横に立ってる奴が少し震えながら俺にぶつかってきた。
「あっ、す、すみません・・・」
小声で言って一瞬俺を見て、すぐに目を逸らす。気の弱そうな奴。
持っている武器は、腰に付いた短剣一本。他には何も見当たらない。
「いえ」
俺はそう答えて、そいつから目を離した。と、
「運が悪いですよね」
震えた小声で話しかけて来る。
俺は、ちょっと眉を寄せながら「何が?」とそいつに言った。
「だって、ほら、アイツら。有名なギャングですよ」
下を向きながら、一瞬だけ前の方に視線を投げる。その視線の先を見てみると、顔に傷があったり、腕や首に刺青を入れたりして、いかにもな強面の集団がいた。
気にして周囲を見てみると、みんなその集団から距離を取って、遠巻きに様子を伺っているように見えた。同じリング上の連中だけでは無く、他のリングにいる奴らさえも、そいつらの事を見ている。
「アイツら混合戦の常連で、毎年汚い手を使うんです。一番背の高い男がいるでしょう?アイツがリーダーで、全員でアイツを勝たせる為に集団で囲んでリンチ。反則ですよ」
集団をしっかりと見てみると、人数は8人。全員男で、リーダー格の男は片手で扱える斧状の武器を腰から2本下げていた。他の連中は、身長こそばらつきがあるが、それぞれにしっかりと鍛えているようでガタイは良く、鞘の幅から見て両刃の長剣を持っている者が3人、片刃の剣が1人、釘バットみたいなトゲトゲした棍棒が1人、あとの2人は手ぶらで、恐らく体術とか何らかの投擲系なんだろう。
「組んでやっちゃいけないってルールでもあるの?」
俺は、震えながら話しかけて来た奴に聞いた。
「えっ?いや、別にそんなルールは無いです、けど・・・でも、個人戦ですし」
オドオドと答えるそいつの様子を見ながら、俺は少し考えた。そして、言う。
「なら、俺と組む?」
「えっ・・・ええっ!?」
そいつが驚いて声を上げた時、進行役の従業員が説明を始めた。
「お待たせ致しました。只今より、第4グループ予選1回戦を開始します。ルールは簡単。皆さんは今、4つのリングの上に分かれて乗っています。それぞれのリングの上に最後まで立っていた人が勝ち抜けです。ロープの外に出たら負け。倒されて戦闘不能となったら負け。ダウンして10カウントで負けとなります。なお、命を奪う行為は推奨しませんが、亡くなった場合は事故と見做します。制限時間は2時間。時間になっても2名以上がリング上に立っていた場合は、そのリング上の方は全員失格となります」
それを聞いて、俺は成る程と思う。
毎年、予選の第1回戦は同じような感じなんだろう。だから、優位に進める為にある程度の人数で参加して、1人を勝たせる為の算段が出来るんだ。
前の8人組を見る。勝つ為の準備をしている彼等は、それだけ本気という事なのだろう。
それに比べて準備の出来ていないコイツは、何だかんだ自分の力不足を他の所為にしてウダウダ言っているようにしか見えない。
陰でグチグチ言ってる暇があったら、勝つ為の方法を考えれば良いのに。
そんな事を考えていると、進行役が「開始!」と言って、ゴーン!という大きな鐘の音が響いた。
それと同時に、周囲が殺気立つ。
「ひぃ!」
小さく悲鳴を上げたそいつに俺は言った。
「俺アキラ。アンタ名前は?」
「あ、オレは、ジロです」
答えたそいつ、ジロの腕を俺は掴んだ。別に握手じゃ無い。掴んでそのまま、引き上げて俺の背後に投げるように移動させた。刹那、今までジロが立っていた場所にデカいハンマーみたいなのが振り下ろされる。
ドシンッと音を立ててリング全体が撓んだ。周囲の何人かが耐え切れずその場に倒れたり膝を付いたりしてしまう。途端に始まるカウント。慌てて起き上がる何人かと、押さえ込んで起き上がれないようにする何人か。
面白い、大人数参加型対人サバイバルだ。
「あ、ありがとう・・・!」
背後でジロがそう言った。
そのジロの背後では、例の8人組が格下の参加者をボコってるのが見えた。何度か殴る蹴るを繰り返して、充分にダメージを喰らわせてからリング下に投げ棄てる。効率よく動く様子は確かに残忍で、手応えの無さに苦笑いを浮かべている者さえもいた。ハッキリ言って嫌な感じだ。
でもまだ武器は抜いていない。無駄に殺してもいない。敗北感を味合わせて、負けを自覚させてから下に落とす。
感じは悪い。でも、嫌いじゃない。
それが、8人組に対する俺の印象だった。
体が勝手に動く。
戦う為、と言うか護る為に。
本物の剣闘士達の戦い(剣人士の方)では、武器の刃は殺してある。思い切りブッ刺したら流石に刺さるだろうが、普通は切れない。
比べて、混合戦一般参加予選では、みんな真剣を使っていた。この日の為に手入れされたであろうそれらの武器の切れ味は良く、あちこちで血飛沫が上がている。
物見遊山や冷やかしの類を防止する為なのかも知れない。確かに本気じゃないとこんな所には来れない。
他の3つのリングからは、重症を負ってリタイヤする者や、ピクリとも動かない血塗れの身体を運び出す担当者の姿が絶えなかった。恐らく、何人かは後遺症を引きずって今後の人生を歩む事になるだろうし、何人かは墓場に直行だ。
それを見ていると、何とも言えない気分になる。
そいつらが自ら選択した結果だ。文句は言えない。
けど、
俺は考えてしまうのだ。そいつらの、ここでそうならなかった時の可能性を。
こんな事なら、他のリングに上れば良かった。今いるリングは、そもそも人数が少ない上、例の8人組が上手に参加者の戦意を失わせて、大怪我に至らないうちに場外へと落としている。死傷者の数は少ない。
「失敗したな・・・」
思わずそう呟いてしまった。
「え?アキラさん、どうかしました?」
俺の陰に隠れながらジロが聞いて来た。それに俺は「何でもない」と答えながら、剣を振るって襲いかかって来る男の剣を薙ぎ払って場外に落とした。
続けて、目前で斬り合っている男達の腹を回し蹴りして止めてそのまま場外に放り投げる。そこに漁夫の利でコッソリ短剣を構えて狙っていた小男の首根っこも掴んで投げた。
とにかく、みんなが死んだり大怪我したりする前に外に出してしまえばいい。
その理念の下、俺はただひたすらに、ジロを護りながら目に付く参加者を放り投げていった。
人数はあっという間に減っていった。
目の前に8人組。
中の1人が俺に向き合って構える。そいつはこの時初めて武器を抜いた。俺と同じ片刃の長剣。向けるのは、刃の無い方。
ああ、やっぱり。
その時俺は確信した。
こんなナリをしてるけど、コイツら、参加者を護ってたんだって。
リーダーが俺を見て笑う。見下したみたいな嫌な笑い方。でも分かる。「よう、同士」そいつは、目で俺にそう言っていた。
俺も剣を構える。目の前の奴と同じ、刃の無い方を向ける。
駆け出すのは同時。ぶつかり合って火花を飛ばす剣と剣。顔が近付いて目が合った。ニヤリと笑うその目の中に、お互いへの尊敬の光が浮かぶ。
悪くない。
俺はそのままそいつを場外に弾き出して、2人目に襲い掛かった。
この世界にも、いろんな奴がいる。




