33、天使
「だからアキラはさー、いきなりだから訳わかんないんだよー」
ノワがそう言いながら骨つき肉にかぶり付く。噛みきれなくて骨を引っ張り、思いのほか大きくが千切れて困った顔をした。
「いやさ、焦っちゃって」
それを見ながら俺は、さっきの自分の様子を思い浮かべながら、頭をかいて苦笑いをした。
恥ずかしい・・・。話を聞いてなかった事を誤魔化してるのバレバレだったよな。
「で、何なの?警察を配備しろとか、火の元に注意しろとか」
持っていた骨を一旦皿に戻し、空いた手で千切った肉を摘んで持ち、反対の手も使って細かく割いて口の中に運ぶ。ナイフとフォーク、そして箸まであるのだが、もはやそれらは使わずに手掴みで食べているような状態だった。モゴモゴと肉を食べながらも話せるのは思念会話ならではだ。
「あーっと、それは・・・」
答えようとして俺は言い淀んだ。説明すれば、グレイクとの話をほぼ聞いていなかった事を白状するようなもので、目の前にいたのにボーッとして話を聞いていなかったのか!と怒られそうな気がしてしまう。
8歳児に怒られたくはない。
けど、隠して誤魔化しながら騙し騙し対応するより、正直に打ち明けた方が精神的に楽だろうし、変な誤解が生まれる可能性も無くなる。
そう自分に言い聞かせて、俺は素直に打ち明ける事にした。
「グレイクの話の途中からさ、ちょっと、なんて言うか意識が飛んで・・・」
いざ説明しようとすると、何と言い始めれば良いのかが分からなくなってしまって、しどろもどろになりかける。
と、すかさずノワが言った。
「寝てたの?!」
「いや、違う!寝てない!起きてたよ!」
全力で否定する俺。
「やっぱり寝てたのか!あの時ぼんやりしてるなーって思ったんだよ」
否定するのに聞いていない。
「違うって。意識が飛んだってのはちょっと違うな。多分、教示?されてたんだと思う。ドニさんって女神様、分かる?その女神様が急に、こう、出て来て」
言葉を選んで説明する俺。それを聞きながら、ノワはトールを見て言う。
「・・・いなかったよ?」
その言葉に頷きながら、トールも言う。
「・・・あの部屋には我々の他には誰もいませんでしたね」
「いや、違うんだ。部屋の中に出て来たんじゃなくて、・・・どこなんだろう、あそこ・・・。なんかさ、頭蓋骨がこう、下から上までズラーっと並んだ変な空間で、その頭蓋骨ひとつひとつの目玉の穴を覗くと、その人の未来が見えるんだよ。『澱む事なく、滞る事なく、流れに逆らわず、自由であれ』って書いた杖で、コンコンって2回叩くと見えんの」
情報量が多過ぎて上手く説明する事が出来なかった。案の定伝わらず「だから何言ってるかわかんないってば」とノワは呟いて溜め息を吐いた。
「でも『ドニ』って名前は知ってる。『時の尊』と『聖母』との間に産まれた娘神でしょ?随分と昔の『神』だから、伝説に近い感じだよ」
「昔、の?」
「そう。昔ばなしにもなってたんじゃないかな?愛する『神』に石にされた女神様。石にされる前は『未来詠み』の能力を使って色んな神々を助けていたらしいけど」
ナバラの地で、テラの記憶の中で見たドニ。テラと婚約した後、15年もほったらかしにされて、挙句テラとアーロの喧嘩のとばっちりを受けて石にされた哀れな女神様。
1000年の石化の呪い。
自分で掛けたそれを解くために、テラは今奔走している筈だった。
そうか・・・。ドニが石になってから、もう長い年月が過ぎているんだ。今までに見て来た『過去』のビジョンがあまりにも鮮明だったから、ついこの間みたいな感覚になっていたけど、遥か昔の事なんだ。
「ねぇ、さっき聞こえた声って、その『ドニ』の声だったの?」
ノワの声のトーンが下がった。見ると、モグモグと動き続けていた口が止まって真剣な表情になっている。
「声、とは?」
トールが聞いて来た。どうやらあの声は、トールには聞こえなかったらしい。
「さっき俺が、グレイクと扉の所で揉み合ってた?ぶつかってた時に聞こえて来たんだ」
「“あの日、天使が空から落ちなければ、セシリアはあなたと結ばれていた事でしょう”って言ってたんだよ。ねぇ、あれってどう言う意味かなぁ・・・」
俺のセリフに、重ねるようにしてそう言ったノワの声は少し震えていて、言うに連れて視線もどんどんと下がって行く。
「あれってさ、母さんが、リーと結ばれる・・・結婚する可能性があったって事だよね・・・?『天使』って、マキューシオの事かな・・・、だったら、あの日、マキューシオが落ちて来なかったら、それを母さんが助けなければ、父さんは母さんの所に来なかった訳だから・・・、僕、僕は、そしたら僕は・・・」
言いながら、ノワの声はどんどん小さくなっていった。視線も下がり続けて下を向き、最後の方は小声過ぎて聞き取る事すら出来なかった。
「ノワどうした?ノワも、何言ってるかわかんないぞ?」
そう言いながら俺は、ノワを見て、そして、マキューシオとは誰だろうと考える。
俺の記憶にあるその名前は、有名なシェークスピアの『ロミオとジュリエット』に出て来るロミオの親友の名前だった。けど、それじゃないだろうと言う事は分かる。多分、同じ名前の天使(?)がいたのではないだろうか。そしてその天使がヘマをして空から落っこちて来て、それをノワの母親が助けて、それキッカケでノワの父親と出逢い、結ばれた。
その出来事が大きな分岐点で、その先の未来が変わる。
ノワが生まれ、その後に出逢ったリグラン(グレイク)とは、結ばれなかった。
もし、そのマキューシオがヘマをしなかったとしたら・・・。
ノワの母親は、ノワの父親と出逢う事は無く、だから、ノワは産まれて、来なかった・・・?
そこまで考えて、俺はノワが俯き声を震わせている理由を理解した。
自分が存在しない世界の可能性を考えているんだ。
自分が今ここにいるのは、もしかすると、間違いなのでは無いか?とまで考えているのかも知れない。
「ノワ」
俺は、目の前で小さくなっている半神の名前を呼んだ。
すると、ノワは突然勢いよくガッと顔を上げて俺を見る。
「アキラ、僕、産まれてこない予定だったのかな?」
そう言うノワの目は真っ赤になっていて、硬く引き結んだ口元は震えている。今にも泣き出しそうな顔だ。
「何言ってるんだよ」
俺は、立ち上がってそう言った。
「だって、マキューシオが落ちて来なくて、母さんが父さんと会わなかったら、僕産まれなかったんだよ?そしたら、リーと母さんは結ばれて、リーは今よりも幸せだったのかも知れな・・・」
「馬鹿か!」
俺は、ノワの言葉を最後まで言わせなかった。
「自分で自分を否定するなよ。そもそも、人はみんな選択を繰り返すものなんだ。ひとりひとりが自分で考えて、好きな方を選ぶ。そうやって未来を作って行くんだろ?『ああしておけば』とか『こうしておけば』とか考える事もあるけど、後悔する事もあるけどさ、それで過去を否定しても何にもならないんだよ。過去には戻れないんだから。考えるとしたら、過去を踏まえてこの先どう動くか、だろ?」
声を強めてそう言う俺を、ノワはただただ見詰めた。真っ赤な目をまん丸に見開いて。
その横で、トールが立ち上がってノワの肩に手を置き、そして俺に向かって水の入ったコップを差し出す。
それを受け取って一気に飲み干すと、机の上にドンッと音を立ててコップを置き、そしてノワを見る。
俺は、怒っていた。その怒りが何に対してなのかはよく分からない。でも確かにそこに怒りはあって、大声を出さずにはいられなかったのだ。
「なんか変な風に考えてるみたいだから言っとくけど、ノワは何も悪く無いし、天使が落ちたのはその天使がヘマしたのが悪い。グレイクが幸せかどうかを判断するのはグレイク自身だ。ノワがどうこう悩んで気落ちする筋合いの問題では、無い!」
言い切った俺に、横から拍手する者がいた。
「何だかよく分からないけど、立派な演説でしたよ。けどもうちょい静かにして貰えませんか?他にも客がいるので」
ハッとなり、声の方を振り返る。そこには、他の席に給仕をするイールが立っていて、それを見て俺は自分が今どこにいるのかを思い出す。
さっき『冥府の門』に引き摺り込まれそうになったユリアとトッドと、共に休ませてもらった食事処だった。グレイクとの話が終わった後、倒れたユリアの様子を伺いがてら夕飯を食べに来たのだ。
「ゴメン、声が大きかった。申し訳ありません」
俺は謝って、イールと周囲の客に頭を下げて、そして椅子に座り直した。
俺が座るのを見届けると、続けてトールも周囲に頭を下げてから座る。
「はは、迷惑掛けちゃった」
そう言ってまた頭を掻いた時、店の入り口から大きな声が聞こえて来た。
「あ、やっと見つけた!もうお前ら足速いよ」
振り返ると、そこにはゴーシュがいた。
「あ、ゴーシュ・・・」
呟くノワの声に、俺も小声で「あっ」と言い、ゴーシュの存在を忘れていた事に気付いた。




