28、本当の気持ち
発言力のある貴族達のうち、手の平を返すように私が王になるべきだと言い出した者達がおおよそ半分。皆一様に「そもそも王太子はリグラン第2王子であったのに、何故セシル第1王子が王位を継いだのか?おかしいではないか」と、兄が即位する前に言うべき事を今更ながらに声高に訴えた。その殆どの者達が、自領において領民達に過大な負担を強いてる者達だった。
対して兄への支持を変えなかった者達は、既に平民に対して多くの権利を与えていたり、もしくは与える算段をしていたり、要するに『準備』の出来ている者達だった。
兄を支持する者達は、反対派に「何を今更騒いでいるのだ」と、ごく当たり前の事を言い返した。そして「今更騒ぎ立てる理由は、身分制度の撤廃に反対する、その一点に置いてであろう」と、核心をついて相手を黙らせた。
兄は、粛清する者達としない者達を決定していたのだと思う。しない者達には先に身分制度の撤廃の情報を流し、する者達には何もしなかったのだ。
そして、その数がほぼ半数ずつと言うのがまた絶妙だった。半数いるのだ、強く出れば自身達の意見が通る!と希望を持たせ、徒党を組ませて争わせる。そして、最終的に集まった反対派をまとめて一掃。
第三者として見るならば、実に効率の良い計画だ。
だが、第三者と言うには、いささか私は事の中心に近過ぎた。そして、兄から私に対しては何の知らせも無かった。それをどう捉えるべきなのか、私は悩んだ。
私が反対派をまとめて立ち上がり、そして兄に倒されるとしたら、それは兄にとって理想的な結末に違いない。
しかし、と思う。
兄はそこまで非道な人間だっただろうか?
どちらかと言うと内向的で他人に対して意見を言わず、自分の利益よりも場の雰囲気を優先させ、例え貧乏くじを引いたとしても、笑顔で受容れる温和な性格だった。
エトワールと出会う事で、兄に何らかの変化が訪れたのであろうか・・・。
悩んでいると、ある者が接触して来た。
エトワールの侍女、ポラだった。
「リグラン王弟殿下にお願いがあって参りました」
夜更けだった。
「両陛下は、それぞれにお悩みです。それを、解決して頂ければ、と」
恭しく頭を下げてそう言うポラを見下ろしながら、私は酷く冷めていた。
「私から王座を奪い、単なる木偶の坊に貶めておいて、今更・・・」
兄が即位して後、私は国を守る為の戦力のうちの1人、単なる兵士だった。『王弟』という肩書を持つ、王の駒の一つに他ならない。兄の命令を受けなければ、何一つ自由にすることも出来ない、奴隷のような存在だ。
「マジールの最強の剣であらせられる殿下が、何を仰いますか」
下を向いたまま顔を上げずにそう言うポラの声には、淡々としていて表情という物が無かった。許しを得るまで顔を上げない様には節度を感じるし、言っている内容は私を敬っているものの、太々しさが勝る。
「時代遅れのその剣に、何をやらせるつもりだ」
私はそう言って顎をしゃくり、顔を上げさせた。
顔を上げ私を見るポラの表情は思った通りに無。取り入る必要など皆無なのだからそれで良いのだが、余りの潔さに返って気持ちがいい。無駄に気を遣わないその様子に、好感すら持てた。
「エトワール様は正義と慈愛の人です。万人の幸いの為に最善を尽くします。ですが、そこには常に矛盾が生まれます。国王陛下がこれから行う反対派への粛清を、エトワール様は是とはしないでしょう。例え罪人であろうとも、人を罰する事をエトワール様は望みません」
「・・・そうかも知れないな」
私は、エトワールの正義感に溢れた目を思い出した。
『何故、人を斬るの?』
初めて会った時に聞いてきたその言葉、凛とした声が思い出される。あの女ならば、どんなに時間が掛かったとしても、粛清などせずに、一人ひとりに自分の正義を浸透させるまで説得を続ける道を選びそうだ。
「だからと言って、粛清しなければ現状は変わりません・・・」
そこで言葉を切るポラに、私は「それで?」と聞いた。
「反対派は、殿下に接触して来ているかと思います。彼等を、殿下の手で密かに粛清して頂ければ、と」
思わず私は固まってしまった。
「何を言っている・・・」
「国王陛下は、エトワール様にとって正義の象徴。国王陛下の手で、例え罪深き反対派であろうとも粛清されるような事があれば、エトワール様の心は壊れてしまいます。それはエトワール様にとってはあってはならない事」
「何故私が・・・」
「これは、国王陛下の『お悩み』でございます。今しばらくお聞き下さい」
ポラは、私の言葉を遮ってそう言った。下手をしたら斬られるかも知れないというのに、自らの言を飲み込まず続ける姿は逞しく、目には覚悟が見える。
その覚悟に免じて、私は続きを聞くことにする。
「エトワール様は、挙式以来眠れぬ夜を過ごしておられます。悪い夢を見て、すぐに目覚めてしまうからです。その原因は、殿下、貴方様でございます」
「・・・よく、意味がわからないのだが」
「エトワール様は、リグラン王弟殿下、貴方様の事を愛しております」
「・・・は?」
今、何と言った・・・?
聞き間違いか、いや、言い間違いか。ともかく、間違いがあったのだろうと思った。そして、どこに間違いがあったのかと考えようとして、私は一瞬固まった。
その一瞬の間を突くようにして、ポラは堰を切ったように喋り始めた。
「初めてなのです。幾度も、生まれ変わる度この魂の側におりますが、このように誰かに固執するというのは今までに無かった事」
肩を震わせ、何かを堪えるように一度縮こまり、そしてまだ続ける。早口で。
「セシル様はエトワール様の意見に共感し、共に正義の道を目指してくれると約束して下さいました。お相手として相応しい、これ以上ない御方です。エトワール様もそれを分かった上でめでたく夫婦となり、王座に着かれました。ですが、苦しんでおられます。頭ではセシル様と一緒になるべきだと理解しているのに、心が納得しないのです。心がそれを望まないのです」
ひと息でそこまで喋ると、ポラは一歩私の方に踏み出し、そして私の両手を掴むと、下から私を見上げた。
許しも無く触れるのは無礼だ。
そう思いながらも、私はポラの次の言葉を待ってしまう。
もう一度、しっかりと聞かせてくれ。
ポラの目が生命力に満ちて輝いて見える。
「・・・まるで普通の人間のようです・・・」
そう言い切り、興奮覚めやらぬ様子で呼吸を荒くし、私の顔をうっとりと見詰めるポラ。
・・・違う・・・、私が聞きたかったのはその言葉では無い・・・。




