27、先手を打つ
その後、兄上は数々の改革を実施した。転生者を国で雇い、その知識を効率的に活用した。建築関係の知識のある者には建築を、医療関係の知識のある者には医療を、他にも各種開発を積極的に行い、特に特化した知識のない転生者は、全て平民向けの教育施設の教師にした。
結果、マジールは急速に発展した。平民の生活は豊かになり、各領の収益も増え、国外との貿易も黒字が続くようになった。
全て、エトワールの声を聞き入れた兄上の功績である。
「リグラン、少し良いだろうか」
そんな兄上に、ある日呼ばれた。執務室に招かれ入室すると、そこにはエトワールの姿があった。
久々に見たその美しい姿を見て、俺は胸に痛みを感じた。頭も痛み、雑音が鳴り止まない。3人の老婆が絶えず騒ぐ。
“その女は駄目だ”と。
「改革を始めてからもうすぐ3年になる。民の生活レベルは急速に上昇し、個々の学力も上がった」
兄上のその言葉に、私は「そうだな」と答えながら考えていた。頭痛に耐えながら、自分が呼ばれた理由を。
上向きの成長の全てが兄上の功績だった。だが、急速な成長には良い点ばかりでは無い。
「平民達が、今後どうなって行くか、そこが問題だ」
思った通りの事を切り出された。
転生者の教師達から教育を受け、多くの知識を得た平民達。彼等はきっと、自分達の正確に最も影響を与える領主達の税の徴収に関心を持ち、疑問点があれば説明を求める事だろう。そこにもし不透明な部分や、最悪不正な点でもあれば、最悪反乱に発展してしまうかも知れない。そしてそれが領内で手に負えなくなれば、それを収めるのは今現在軍のトップである私の役目だ。
「王が体調を崩しておられる今、事が起これば混乱を招く。なので先手を打ちたい」
そう言って、兄上はエトワールの手を握った。
何事かと思い、私は2人を交互に見た。
見つめ合う2人は、覚悟を決めたように頷き合う。
「エトワールと結婚しようと思う」
兄のその言葉に、耳を疑った。
「突然、何を・・・」
言っている。
そう続けようとした言葉を飲み込んだ。
兄の真剣な眼差しに、嘘や冗談では無い真摯な意志を感じたからだ。
「エトワールのお陰なんだ。これまでの改革と成功は、全てエトワールの助言に従っての事。彼女は素晴らしいよ。全ての言葉に偽りが無い。全てが正論で正しい」
そう熱弁する兄の言葉に、私は‘それはそうだろう’と思った。私の中で、3人の老婆も同意し、そして騒ぎ立てる。
“自信のない者、気弱な者”
“罪悪感のある者、そう言う輩はハマり易い”
“『魂の欠陥品』は、発言が単純だからな”
“嘘は言わない”
“綺麗事だけさ”
“だが蔑まないし、否定しない”
“肩を落とせば必ず励ましを与える”
“寄り添う”
“それを『愛』と穿き違える”
“哀れだな”
“滑稽さ”
“お前の兄は捕らわれたのさ”
“そうだな”
“そうさ、間違い無い”
止まない嘲りと嘲笑と頭痛とを受け流し、俺は2人を見続けた。
「彼女さえいれば、エトワールが隣に居てくれれば私は・・・」
そこで一度言葉を切る兄。エトワールを見、エトワールも兄を見る。見つめ合い、そして私を見た。
覚悟を決めた兄の目と、戸惑いと淡い後悔の見えるエトワールの目。
エトワール。何故、何を後悔している・・・?
そう思ったものの、次の兄の言葉を聞いて、私の思考は固まった。
「私は、誰よりもこの国を上手く支え、発展させられるだろう」
それは、つまりどう言う事だ・・・?
「リグラン、王座は私が継ぐ。王太子の座を譲って欲しい」
聞いた瞬間、世界が止まったかと思った。
何を言っているのだ、今更。
私が15になったその日に、私が次の王だと決まったのだ。
その日から私は王太子と呼ばれるようになり、事有れば最前戦に立って来たのだ。誰よりも罪を斬り、誰よりも人を斬り、戦い続けて来たのだ。
それは全て国の為、国民の為、そして、兄の為。
兄上が人を斬れないから私が斬って来たのではないか。兄上が出来ないから、私が『目』を、3人の老婆を、苦しみを受け継いだのだ・・・!
だのに、今更、だ!
「それが先手ですか?戦えない兄上が何を言うのか」
叫びそうになる心を必死に抑え、私は静かにそう言った。
「時代は変わり行くのだ。昨日迄の常識が、明日には変わる。民を見よ。『転生者』からの知識を受け、賢くなった。もう、剣が物を言う時代では無くなりつつある」
言われて私は押し黙った。
「これからは、交渉力が物を言う時代になるだろう」
「兄上は、私を全否定なさるのですか?」
「そうでは無い。勿論強さは必要だ。時には力で捩じ伏せる他無い場面も出て来るだろう。だが、私が王になり、リグラン、お前が私の下で軍を率いた方がより良い未来を築ける筈だ。何故なら、私にはエトワールがいる」
言って、再び視線を合わせる兄とエトワール。頷き合う2人の間には、私には入り込めない絆が築かれているのが分かった。
「・・・考えさせて欲しい・・・」
そう言って、その場から逃げ出すだけで精一杯だった。
私は、エトワールの力を軽く見ていた。
改めて城内を見れば、兄とエトワールを支持する者で溢れていた。王である父が病に倒れ、発言する事が叶わなくなった事も大きく影響したのだろう。
いつの間にか、私は単なる武力として扱われていたのだ。
“時代の流れだね”
“逆行するか?殺すか?”
“邪魔なら消そうぞ”
老婆達のその声が、慰めに聞こえた。
エトワールのあの戸惑いと後悔の目が、頭の中から消えない。
あの目も、私に対する哀れみの現れか?クソッ、腹立たしい。
壁に拳を打ち付けた。皮膚が破れて赤い血が流れた。それでも構わず拳を打ち付け続ける。何度も何度も。壁が凹み、壁紙が赤く染まっていく。
「クソッ、クソッ、クソッ!」
気付けばそう口に出しながら、額を壁に打ち付けていた。頭に鈍い痛みが走る。それが打ち付けることによる痛みなのか、老婆達による頭痛なのか、私には判断出来なかった。
視界が赤く染まる。額が切れて流れた血が目に入ったのだ。
血の色に染まった世界を見ながら、私は唸るように声を上げ続けた。
父が死に、兄が王座を継いだ。反対する者は、1人もいなかった。
グライシアの存在は、王と受け継がれる王太子にしか知らされなかった。なので、父王が死んだ今、それを知るのはこの世にただ1人、私のみだった。兄は知らない。無論エトワールも知らない。
即位後ひと月と置かず、兄はエトワールと結婚し、エトワールは王妃となった。
そして、発令された最初の王命によって、王城内は真っ二つに割れることになった。
身分制度の撤廃である。




