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どうせ異世界に来るのならもっと勉強しておけば良かったよ  作者: まゐ


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29/51

29、ナバラにて

「通行証を」


 検問の多い国。それが、私のこの『真ん中』に対する第一印象だった。


 どこへ行っても管理は行き届いているし、国民は周到に守られている。が、その反面、各種決まりが厳しく、自国であるマジール王国と比べるとどうしても息苦しさを感じてしまう。


 私の横で、カミュが通行証を出して兵士に見せた。それを確認した兵士は、私とカミュ、そして2人の部下を見て頷き、道を開ける。検問を通り抜ける際、カミュに何か言葉を投げかけたようだった。


「これでようやくナバラです。やれやれ、何回検問を通れば良いのやら」


「8回ですよ」


「いや、下船時のを入れたら9回だ」


 歩きながら背後で部下達が愚痴をこぼす。それを聞き流しつつ先へと進むと、追いついて来たカミュが言った。


「話は通っています。迎えの馬車があるそうですので、あ、あれですね」


 言いながら前を見る。カミュの視線を追って見ると、大型の馬車と、その横に従者が立っているのが見えた。こちらを見て頭を下げる従者にカミュが駆け寄り通行証を見せる。


「10回目」


 呟きと溜め息とが聞こえて来た。


「数を数えても意味がないだろう。行くぞ」


 部下達にそう言って、私は馬車へと向かった。




「この願いをお聞き届け頂けましたら、殿下の長年の苦痛を解決して差し上げましょう。きっと、殿下は『引き受けて良かった』とお考えになりますよ」


 ポラは私にそう言い、まずは『真ん中』のナバラ領へ向かうようにと言った。そして、前金の代わりとして、カミュという男を()()()


 カミュは、そろそろ40に届きそうな中年の男だった。背が低く丸太のような腹をしており、特に腕が立つ訳でもなく、強い後ろ盾がある訳でもなく、本人に権力がある訳でもない、ごく普通の平民である。


 紹介された最初の時、カミュは言った。


「3年間、殿下のお役に立ちます」


 何故3年という期限があるのか?と尋ねると、カミュはその理由を教えてくれた。それによって私は、ポラが私に彼を当てがった理由を理解した。


「私は『転生者』です。それもベテランの。日本(あちら)で死んで()()()()にやって来て以来、16回生まれ変わりました。あまり知られてはいないのですが、実は『転生者』には決まった寿命があるのです。『神寿』と言いまして、決められた時間を生き、再び生まれ変わるのです。『神寿』はその魂によって異なりますが、日本(あちら)で死んだ年齢までというのが一般的です。私の場合はその『神寿』が42年68日と18時間32分。今生のその時までが、残り3年間という訳です」


 つまり、42年間を15回と今世の39年、合わせて669年もの長い時をこの世界で生きて来たという事だ。


「極寒の北の諸国から、南に数多くある種族の村々、比較的安定したこの西側の国々に、()()との覇権争いが続いている東側、そして、神々の住まう『真ん中』。多くの地に生まれ育ち、多くの知識を蓄えております。私程この世界に詳しい()()はそうそうおりますまい」


 その長い年月の記憶と経験を、私のために役立ててくれる、と、そういう訳だった。


 カミュはまず、情報整理能力が高かった。昨日まで片田舎で農夫をしていたと言うのに、何も知らぬ身一つの状況で入城し、あっという間に現在の情勢を把握した。そして、現存する(元)貴族の中から()()者と()()者とを仕分けてみせた。私に擦り寄る者のうち、『当主個人を殺害・処刑等排除する家』、『組織からの追放・除籍する家』、『解体し使える者のみを残す家』等に分別し、各家の罪を暴き、或いは相応しい罪を()()、使える物や人は躊躇なく使い、瞬く間にサクサクと処分して行った。その処理能力の高さに私は驚かされた。


 王家に対し反旗を翻す者はほぼ出なかった。と言うか、そこまで()()()()()()()()()()()()()()のだ。先手を打つ処置は素晴らしく、私が部下を動かし武力でもって対処しなければならないような事は稀だった。


 私はほぼ、いるだけで良かった。


「お前がいれば、私は必要無いではないか」


 あまりの出来の良さに私はそう言ったが、


「殿下の名の下に隠れながらでなければ、こう上手くはまいりませんよ」


 と返された。


 それらの処分と同時進行で、『真ん中』のナバラ領への渡航を決行したのだった。


 何の為か。


 その詳しい理由は知らされないままに、馬車に揺られる事半刻ほど。何度か止まりその都度通行証を提示して、気付けば馬車は深い森の中を走っていた。窓から顔を出せば、先に城の一部と見られる塔が見えたが、何故だかその塔からは遠ざかって行く。深くなる木々の中、とうとう馬車では進めないところまで来ると、そこからは徒歩となった。


 従者を先頭に進み行き、洞窟の中へと案内される。注意深く武器を確認する部下達。勿論私も剣を確認した。


 静かだった。


 時折洞窟の外から鳥の囀りや羽ばたく音がする以外、何の音も気配も無い。その静かさが返って感覚を研ぎ澄まさせる。


 何かが、()()


 ただそれだけが分かった。


 常人では感知できない()()の存在を、感じずにはいられなかった。正体の分からないそれを警戒して、私も部下達も落ち着くことが出来ない。


 頭の中で常に騒いでいる3人ですら、今は静かだった。お陰で頭痛が少し収まっている。


 緊張の中、先に祠が見えて来た。


 と、その時、頭の中で3人が息を呑んだ。


“あにさま・・・!”


 3人が声を揃えてそう言う。


 刹那、目の前に大きな影が立ち塞がった。


 巨大な体躯、日に焼けた肌全体に墨で引いたような不思議な紋様を刻んだ大きな男。


 あに、さま・・・?


 3人の声を疑問に思っていると、カミュが口を開いた。


「お久しぶりでございます、テラ神」


 頭を下げるカミュを、白目の無い暗闇のような黒一色の瞳で見下げる、テラ神と呼ばれた大男。


 テラ()(かみ)、なのか・・・?


 威圧的な姿は、言われてみれば人とは違って見える。


 大きく、逞しく、神々しい。


『話は聞いている』


 太い声が、頭の中に直接響いて来た。その顔をずっと見ていたがテラ神の口元は動いていなかった。けれども、それがテラ神の声だと分かる。


 それが、神々の会話の手段だと言うことを私は知っていた。神々と関わることのほぼ無いマジール王国内にあって(私は3姉妹神の宿主だが、それは今はカウントしない事とする)、それを自らの身で経験したのはつい最近の事である。


 セシルの戴冠式の際、セシルの友人として出席したある女性の夫とその子、彼等との会話がそうだったのだ。


 思念会話。


 そんな風に言っていたか。


 頭に直接響いてくる声は訛りも無く、自分にとって1番慣れ親しんだ言葉で感じられるのだと言う。


『マジール王国に()()していたか、我が妹達よ』


 テラ神が私を見てそう言った。


 途端に、私の中で3姉妹が騒ぎ出した。


()()とは誤解だよ”


“捕らわれたんだ。利用されてるんだよ”


“そうさ、『力』を使われているのさ”


 しゃがれた声が響く度に頭に酷い痛みが走った。いつもより激しく騒ぐ所為で痛みが強く、私は思わず顔を顰めてしまう。


『体を持たぬお前達が()()()()に存る為には、誰かに取り憑かねばならん』


 テラ神はそこまで言うと、一度言葉を切って私を見たまま深く瞬きをする。


『マジール王国の現国王の弟よ』


 テラ神に改めて呼ばれ、私は神の目をしっかりと見た。深い闇に吸い込まれそうになる。美しい闇だ。その目の闇から、私は真摯な光を感じた。


『我が妹達が迷惑を掛けた。代々の王に『第3の目』を貸し与える代わりにその身に巣喰い、『力』を吸い取り『苦痛』を与え続けた事だろう。3人に代わって謝罪する。すまなかった』


 そう言い、テラ神は私に向かって頭を下げた。


『望むなら取り除く』


 そう続けたテラ神に、私は目を見開いた。謝罪された事に驚いたからだ。


 そして、引っ掛かりを覚える。


 『苦痛』とは頭痛の事だろう。確かに強い頭痛は感じていたが、『力』を吸い取るとは一体何だろうか。


 私のその疑問を感じ取ってか、テラ神が言った。


『知らなかったという顔をしているな。我が妹ながら、上手く丸め込んだものだ』


 そのテラ神の言葉を聞いて、3姉妹が身を縮めるのを感じた。母親に悪さを見抜かれた幼子のように小さくなり、それに伴って頭の痛みが和らぐ。


『とりあえず、そのうるさい口を取り上げよう』


“ひっ!”


“お許しを、それが無ければ我等は・・・”


“取らないでおくれ!”


 その言葉を最後に、3姉妹の声は途絶えた。


 刹那、痛みが全く無くなり、フッと身が軽くなった。体中の筋が伸びやかになり、少しばかり浮かび上がったかのような感覚に襲われる。


 思わず両手を広げて目の前に置き、指を握ったり開いたりを繰り返す。その都度体中に血液が行き渡るのを感じる。体温が上がる。呼吸が楽になる。


「あ、、、」


 声が漏れた。


『口が無ければ喋れんし、『力』も吸い取れなくなる。楽であろう。それが本来の『お前』だ』


 テラ神の声を聞きながら、力が湧き上がって来るのを感じた。頭痛も無い。体が、軽い。まるで強い拘束を解かれたような感じだ。


 自由。


 その言葉が、脳裏に浮かんだ。


『望むなら『第3の目』だけはお前にやろう。だが、一代限りだ。子や孫の代へと引き継ぐのは許さぬ』


 頭の中に響き聞こえるテラ神の声、その言葉の意味は分かるのに、理解が追いつかなかった。


 神の『力』である『第3の目』を得た。


 自分だけが他者には無い有益で特別な『力』を得ていたのだと思っていた。


 しかし実は、その特別な『力』を目隠しに、3姉妹に利用され、力を奪われ、苦痛を与えられていたのだ。


 そして、知らず知らずのうちに、代々奪われ続けていた()()を、今取り戻したのだ。


 体が震えた。瞳が潤んだ。


 私は、ポラの言葉を思い出した。


 ああポラよ、確かに引き受けて、良かった・・・。

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