第5話 討伐隊
2014.4.18 話を大きく修正しました。
敏文達3人は小高い丘の上にある屋敷の門の前にいた。
周囲を肩の高さ位の植木に囲まれた落ち着いた感じの建物だ。手前には納屋らしき農作業の道具が置かれている小屋があり、奥に母屋と離れがあるようだ。中には大きな樹が立っていて、夕日にあてられて庭に大きな日陰を作っている。門は木で作られていて、開け放たれていた。
ブンゾーは、門をくぐり母屋の玄関の前に立つと大きな声で中に呼びかけた。
「おーい! ダイカクいるか~」
「はーい」
出てきたのは、男性ではなく優しげでにこやかな表情をした美しい女性だった。
「ブンゾーさん。いらっしゃい」
「やぁ、キキョウ、ダイカクはいるかい」
「ええ、今日はおそらくブンゾーさんが来るだろうって、朝、畑に少し出ただけで、帰って来てますよ。奥にいると思います」
キキョウと呼ばれた女性は穏やかに答える。年齢は26歳。背は160センチ台後半。栗色の長い髪をしてにこやかに微笑むその姿は見るものをほっとさせるものがある。シャツにベストをつけ、くるぶしぐらいまであるロングスカートをはいている。
「ブンゾーさま、いらっしゃいませ」
奥からもうひとり女性が現れた。160センチを少し切る位の小柄だが所作がしっかりとしていて、立ち姿が凛としている。
「やあ、ナミ。お邪魔するよ」
ナミと呼ばれた女性はの黒いショートカットの髪にオーバーオールのスカートそれに動きやすそうなパンツ姿だ。シャツの袖を捲っている。年齢は30歳。整った美しい顔立ちだが、すこし事務的な表情にも見える。
「あら、ブンゾーさん、こちらの方たちは?」
キキョウが敏文達をみて問いかける。
「俺の連れでな。トシフミとサラって言うんだ」
「よろしく」「おじゃまします」
「こちらこそ。私はこの家の主、ダイカクの娘でキキョウって言います。そして、こちらがこの家の手伝いをしてくれているナミです」
そう言うと二人は頭を下げる。
「私と彼女は数日前から、ブンゾーさんの家でお世話になっているものです。今日は突然お邪魔してすみません」
「いえいえ。ところでブンゾーさん。今日はキ……」
ちょうどその時だ。奥から男性の声が聞こえてきた。
「おい、キキョウ! いつまで玄関先で立ち話をしているつもりだ? 早くあがらせろ!」
「はい。お父様」
ナミが声をかけてくれた。
「どうぞ皆様。こちらでお手を洗って頂き、こちらから御上がりください」
手洗い用の瓶が土間の奥に置いてあり、そちらで手を洗ったところで、こあがりの前に、いつの間にか足洗い用の水をはった桶が3つ置かれていた。
「どうぞ、お履き物を。お疲れでしょう。足をお洗いします」
「俺は自分でやるから、二人を頼む」
そういうとブンゾーは自分で足回りの具足をとき、足を洗い始めた。
「俺たちも、自分でできるので……」
敏文はそう言いかけたが、キキョウに、「お客様ですから、遠慮しないでください」と言われて、二人で甘えることにした。
ナミが二人の足を洗い、確りと手拭いで拭き終わると、「おい、ブンゾーまだか?」と奥から聞こえてくる。ダイカクという人物は意外にせっかちなようだ。
「おう、今行く!」
敏文達はそう返事をしたブンゾーの後について、奥の間に入って行った。
そこには囲炉裏を弄りながら、一人の男が座っている。
(彼がダイカクか……)
淡い栗色の髪を後ろでひとつに纏めている。顔立ちは整っていて、歳はブンゾーより上の45歳だがそうは見えない。ブンゾーの方が年上に見える。ブンゾーの髭のせいかもしれない。
背は敏文より若干低い178センチ。服装は淡い草色のシャツに少し濃い緑の袖のないロングカーディガンのようなものを羽織っている。そしてシャツと同じ色のパンツをはいていた。
「遅かったじゃないか。まあ、座れよ」
敏文達は囲炉裏のそばにある丸いござに座る。
「馬車止めにいた男爵家のもんにいろいろと聞かれててな。遅くなった。でもよく今日来るって解ったな。約束してたのはまだ先だったって思うが」
「なに、シーバでいろいろとあったと、それで里のもの達がミヤザに避難して来るって聞いたからな。おそらく来るだろうって思ってた。ところでそっちの二人は?」
「ああ、数日前に知り合ってな。しばらく俺の小屋に留まっていたのさ」
「そうか」
「トシフミです」「サラといいます。よろしくお願いします」
「ああ。ところでキクエさんはどうしたんだ?」
ダイカクの問いにブンゾーは苦悶の表情を浮かべて言葉を絞り出す。
「…………昨日死んだよ。グレイウルフに襲われてな」
廊下から、派手に茶碗が割れる音がした。
「ごめんなさい。でも、そんなっ!」
キキョウは、口許を押さえたまま、驚いている。
「大丈夫ですか、キキョウさん」
サラが駆け寄り、足元の割れた茶碗を片付け始める。
「ありがとうございます」
「いえ」
「すみません。今、新しいお茶をお持ちします」
「あ、手伝います」
サラはキキョウと台所へ向かった。
「いったい何があったんだ?」
ダイカクの問いにブンゾーはグレイウルフに山で遭遇してから今までに起こった事を話していった。
「キクエさんがなぁ。何と言えばいいか」
「もう少し早くシーバに着いていればと思うと、それが悔やまれてな……。里のもののうち、半数以上が奴等にやられた。何で急にあんなものがシーバに現れたのか、よくわからん」
「グレイウルフの話はこの辺ではついぞ聞かなかったが。何頭ぐらい現れたんだ?」
ダイカクは意外そうな顔をしている。
「里にきた警備隊長の話じゃ、20頭以上いたかもしれねえってことだ」
「何か原因があるのかもしれないな。何らかの魔力の影響を受けて普通の動物が魔獣化することがあるともいうからな」
その時、キキョウと、サラ、それにキキョウよりも若い女性が二人現れた。
「お父様、只今帰りました」
「おう、帰ったか」
「ブンゾーさん。トシフミさん。いらっしゃいませ」「いらっしゃいませ」
二人の女性が挨拶してきた。キキョウと似ているな。妹達だろうか。
敏文を見て二人が挨拶してくる。
「次女のアヤメです」
アヤメは少し気は強そうだが、肩までのセミロングの栗色の髪が美しくその眼差しがはっきりした美しい娘だ。年齢は23歳。背は160センチ台半ば、少女という感じは卒業しているが、大人の女性にはなりきれていないそんな感じがする。少しきつい感じはするが美人の部類に入るだろう。
「三女のマリカ」
少しぶっきらぼうに話すこの子は姉二人よりも小柄で可愛らしい。年齢は17歳。背は157センチ。ミヤザにある高等学校に通っていた。淡い茶色の長い髪をツインテールに纏めている。いわゆる茶髪のようなヤンキーくささがあるものではなく、柔らかいきれいな色合いをした髪だ。顔立ちは萌え系が趣味の人にはとても嵌まりそうな円らな瞳の可愛らしい顔をしていた。
「トシフミです。おじゃましてます」
敏文は二人に挨拶を返す。
アヤメは頷くと、ブンゾーに話しかけた。
「ブンゾーさん、キクエさんのことを聞きました。何と言えばいいかわかりませんが……お悔やみ申します」「わたしも」
「ありがとう。アヤメ。マリカ」
ブンゾーは少し表情を和らげて礼をいう。
改めてキキョウからお茶を受け取ると、サラが少し深めのお皿に水を入れて持ってきた。
「これはコウの分。飲ませてあげて」
(そうだな、コウも喉が渇いているかもしれない。でも精霊って喉渇くんだろうか。)
敏文はそう思いながらも聞いた。
『外に出しても大丈夫か?』
『うん、喉が渇いた』
『精霊でも喉が渇くのかい?』
『そう感じることもあるよ。今みたいに実体化してればね』
敏文は腰の籠からコウを出すとサラが床に置いたお皿の横に下ろしてあげた。
するとコウは水をぴちゃぴちゃ飲み始める。
「かわいい」「どれどれ」「あ、ホントだ~」「でしょ~。この子を見てると癒されるの」「わかる」「触ってもいい?」
女性達はコウに夢中だ。
「おい、お前達。ナミを手伝って夕食の仕度をしてくれ」
「はい、お父様」
「あ、私にも手伝わせてください」
「じゃ、お願いします」
女性達はふたたび台所へと向かった。
「ところで、トシフミ」
「はい。」
「君と彼女は、この国の人間か?」
いきなりの問いに敏文は質問で返す。
「どう思われますか?」
「おそらく違うのではないか? それにトリアードや他のサヘール大陸の諸国とも違うように感じる」
「そうですか。おっしゃる通り、俺とサラはこの世界の人間ではないようです。俺たちは……」
敏文は自分達に起こった出来事を話していった。
「そうか。信じがたい話だな」
「ダイカクでもそう思うか……」
「ただ、文献の中に異世界から何らかの理由で迷い混んできたと言われる“異邦の人”と呼ばれる存在がいたことがあることが伝えられている。彼らは、特異な能力や知識を持っていた人が多いと記されていたな。君たちが乗っていたというヒコウキというのはどういう乗り物なんだ?」
「人をとても遠くまで運ぶ空を飛ぶ乗り物です。金属でできていて大きな大きな鳥のような形をしています。胴体の部分に人が何百人か乗ることができます」
「凄いな。それでどうやって飛ぶんだ? 魔法か?」
「いえ、俺のいた世界では、魔法は一般には使われていませんでした。飛行機はジェット燃料という燃える液体を使って得る力で大きな風のようなものを起こして空へと飛ばすものです。誰もが扱えるものでも持てるものでもありませんが、お金を払えば決まった場所の間を運んでくれるので、一般人でも乗ることができます」
「そうか。凄い世界にいたんだな。トシフミ達は」
「俺たちにとってはこちらの魔法や魔獣の方が驚きですね。向こうにはありませんでしたし」
「まあ、お互い目で見たことがなければ想像は出来ないだろうな」
そこでブンゾーが、聞いてきた。
「ところで、トシフミはどうやってあの火の魔法を使えるようになったんだ? 山の中でも、名主の蔵の時も凄い威力だったが」
「そんなに凄かったのか?」
「ああ、グレイウルフの首を一撃で飛ばしたぐらいだからな」
「俺も解らないんだ。夢中で手を出したら炎が出たんだ」
ダイカクは、チラリとコウの方を見ながら言う。
「まあ、それは後で調べるとして、まずは食事にしようか」
ちょうどその時、女性達が食事の用意をして戻ってきた。
「今日は、アヤメとマリカに街でいろいろと買ってきてもらったから、たくさん食べてください」
「ごちそうになります」
敏文は頭を下げる。
「じゃあ、さっそく頂こうか」
ダイカクの声に食事が始まった。
食事をしていると、ナミがやって来た。
「旦那様。男爵様から緊急でとご連絡が入っております」
「やはりあったか」
ダイカクはそう言うと立ち上がって部屋を出ていった。
「男爵様から連絡って? どうやって連絡が取れるんだ? ブンゾー」
「トシフミが知らないのも無理ないか。男爵様とのあいだに緊急の連絡を必要とするような場所には連絡用の魔道具が置かれていてな。それを使うのさ」
「そう言えば、シーバの名主も、男爵様に連絡を取ったと言ってたな」
「ダイカクは男爵様の相談役でもあるからな。この土地で何かあれば、連絡を受けることもあるだろうさ」
◇◇◇◇◇
ダイカクは連絡用の魔道具が置かれた部屋に入った。
魔道具の側面のボタンを押して話し始める。
「ダイカクだ」
「夜分にすまんな」
「仕方あるまい。で、今からそちらに出向けばよいのか?」
「ああ。これから、グレイウルフの対策をな。知恵を貸してくれ」
「わかった」
「先ほどそちらに馬車を向かわせた。15分程で着くと思う。それと、そちらにシーバのブンゾーとその連れでトシフミが尋ねてきておるか?」
「ああ、居るが。彼等もか?」
「すまんが連れてきてくれ」
「わかった」
「では後程」
ダイカクは魔道具を切ると、ナミを呼んで指示をし、皆のところに戻った。
◇◇◇◇◇
部屋に戻ってきたダイカクが皆に向かって話し出す。
「すまんが、今から男爵のところに行かねばならなくなった。ブンゾーとトシフミもだ」
「え、俺もですか?」
敏文はダイカクに確認する。
「ああ、そうだ。サラはキキョウたちと待っていてくれ。場合によっては、そのまま、グレイウルフ掃討に手を貸すことになるかもしれん。その時は連絡を入れる。キキョウ、ナミ、頼んだぞ」
「はい、お父様」「はい、旦那様」
「それとナミ、あれを」
ダイカクがナミを呼ぶ。
「はい、こちらに。ブンゾー様、トシフミ様これを」
ナミはブンゾーには矢筒を、敏文には一振りの刀を渡した。
「それは、破魔の矢と刀だ。矢筒には30本入っている。刀は銘をムラサメというものだ。持っておいてくれ。トシフミは刀で大丈夫か?」
「すまんな」
「ありがとうございます。他の得物よりは何とか。でもよいのですか? 俺にこのようなものを預けて頂いても。十分に扱えるかあまり自信はありませんが」
「ああ、いざというときの護身用だと思ってくれ。無事に帰って返してくれればいい」
「わかりました」
「後5分程で迎えの馬車が来るはずだ。準備をしてくれ」
「ああ」「了解です」
そうしているうちに、迎えの馬車が到着したようだ。表から声がしてナミが応対している。敏文は腰の籠にコウを戻すと、預かった刀を手にブンゾーからもらった剣と短剣を腰と脚に着けた。
「トシフミ。気をつけて」
サラが心配そうにこちらを見ている。心細いのだろう。無理もない。こちらに来て向こうの世界との繋がりがあるのは敏文だけなのだから。
「ありがとう。大丈夫。無事に帰るから」
敏文は気休めにしかならないがサラにそう伝える。
「ええ。無事に……」
そうして3人は迎えの馬車に乗り込んだ。
◇◇◇◇◇
「なあ、ダイカク、男爵様からはどんな話だったんだ? 俺たちもってのは男爵様からの指示なのか?」
ブンゾーはダイカクに尋ねる。
「ああ。これから、グレイウルフの対策を立てる。第一警備隊もまだ直接には遭遇していないのかも知れない。実際に戦っているお前達の話も聞きたいのだろう」
「なるほど」
ブンゾーは頷いている。
「男爵様はどういう方なんですか」
敏文が聞く。
「ん、ああ、人物のことか。男爵はな、名前をヨシノリ=ノーギと言って、兵士からの成り上がりで気さくな性分だ。怖がらなくてもいい。心配要らんよ。さて、そろそろ着くぞ」
馬車は土塀が廻らされた大きな屋敷の門を通り、玄関の前で止まった。
馬車の扉が開き、屋敷の従者らしきものが控えている。
「これはダイカク様、夜分にお越し頂きありがとうございます」
「なに、他ならぬ男爵の頼みだからな」
「こちらでございます。皆様既に会合室でお待ちでございます」
「わかった。すぐ行こう。お前達も来い」
敏文とブンゾーもダイカクに続いて屋敷の中に入った。
1階の奥にある扉が開かれると、そこには数人の男達が机に広げられた地図を難しい顔をして囲んでいた。
「おう、ダイカク来たか。さっそくですまないが、対策のための会合を始めよう。ところで後ろの二人がブンゾーとトシフミか?」
「はい、ブンゾーでございます」
「トシフミと申します」
ノーギ男爵は53歳。背は177センチ。ほぼダイカクと同じくらいだ。短く刈り上げた頭でエラが張ったような顔立ちのがっしりした男で髭は蓄えていないが、濃く太い眉は眉尻が上がり意志が強い男のように見える。
警備隊の制服なのか襟を立てたクリーム色のシャツにカーキ色のパンツをサスペンダーで吊るし、膝まであるブーツを履いている。カーキ色の上着は椅子の背に掛かっていた。
「二人とも、疲れているところ済まないが協力してくれ」
「はい。」「わかりました」
ノーギ男爵は敏文とブンゾーにそう言うと、口にくわえた葉巻から煙を吐き出した。
「二人は初めて会うものばかりだろうからな。まずはここにおるものを紹介しよう」
そう言うと男爵は自分の右にいるものから順に紹介する。
「第一警備隊長のカージは知っておるな。次に第二警備隊長のイトー、同じく第二警備隊の副隊長のイバ、ミヤザ守備隊長のシノハだ」
四人はノーギ男爵と同じ服装をしていた。
男爵とイバは葉巻を手にしている。部屋は煙草を吸わない敏文には少し辛い環境だったがやめろとは言えない。
「まずは現状の確認からだ。カージ」
「はっ。現在シーバには第一警備隊から当初の第二小隊50名に加えて第三小隊の50名の計100名が展開中です。指揮は副隊長のタケイがとっており、シーバの警備と不明者の捜索を行っております。現時点でグレイウルフとの遭遇の連絡は入っておりません。なお、里の住民のうち、こちらに避難させたものが52名、里で遺体として発見されたもの、発見後に死亡したものを合わせ65名は里に埋葬済みです。里の名主は不明者確認のため、里に小隊の警護の元、残留しております。従って現在9名が不明ですが既に夜間でもあり捜索は中止し明日再開の予定です」
「わかった。では、グレイウルフについて状況を説明してくれ」
男爵の言葉にカージは続ける。
「はっ! グレイウルフですが、死骸が12見つかっております。ブンゾー殿たちお二人が遭遇したと言われる山中の1を合わせれば13となります。それで里の者の話や足跡の数から推測しますに20頭以上いたものと推測されます。ただし、これがすべてなのかどうかは不明です」
「つまり、危機は去ってはおらんということだな」
「はい」
「ダイカク、すまんがグレイウルフについて知っていることを教えてくれ」
「わかった。まずは、その体毛が灰色をしていて非常に硬い。体は通常の狼の倍以上ある。狂暴で人を襲うことをいとわない。魔獣であるがゆえに人を襲うのは本能のようなものだ。一般の狼と同じく群れる傾向があるが、夜行性とは限らない。昼間でも人を襲うことがある。また、最初から魔獣だった訳ではなく、何らかの理由で強いあるいは長期間に渡り魔力を浴びた場合にグレイウルフとなることがあると言われている」
「そうか。ダイカク、どうすれば倒すことができる?」
「グレイウルフに対応するには、魔法か、あるいは破魔の効果がある武装しかないと思う。通常の武装ではその硬い体毛に邪魔されて刃が通らん。やむを得ないときは、眼か口の柔らかい部分を狙うしかない」
「やはり、魔法か破魔の武器か。そうすると展開できる部隊は限られてくるな……」
シノハが呟く。
「あと、根本的には魔力供給の元になっているもの、恐らくは魔力だまりを解消して初めて解決だろう。魔力だまりは風の魔力で霧散させるのが妥当だろうな。それは俺がやろう」
そこで、男爵はブンゾーと敏文の方を見て問いかけてきた。
「ブンゾー。実際に戦ってどう思うか?」
「はい、俺は風魔法が少し使えるんですが、その効果が加わっても、俺の矢は刺さりはしましたがやつを足止めできるほどの効果がありませんでした。俺の風魔法の練度が足りないのもあるとは思いますが、矢が刺さったまま、ぴんぴんしてましたから、普通の矢では刺さりすらしないでしょうな。里で倒せたのは、破魔の矢だったからだと思います」
「トシフミはどうか?」
「私は普通の野獣と比較出来るほどの知識を持ち合わせておりませんので、確かなことは申し上げられません。ただ、山中で戦ったおり、ブンゾーが手斧で応戦していた際も全く傷ついておりませんでした。普通のやり方では厳しいのではないでしょうか。また、里で戦ったおり、1頭だけ他のものより更に大きなものもおりました。この後、生き残りのやつらの中にまだそのような大きさのものがおるかもしれません。注意が必要かと」
「その大きなやつをトシフミ、お前は強い火の魔法で倒したと聞いている。次に何かあれば同じように対応できるか?」
男爵は重ねて聞いてきた。
「わかりません。私は今まで火魔法が使えたことがありませんでした。正直自分でもなぜあの時、あのような魔法を使えたのか、今後も使えるのかよくまだわからないのです」
「そうか、わかった。シノハ。当家に破魔の武装はどれくらいあるか?」
「現在、閣下がお持ちのもの以外で10本入りの矢筒が60、槍が30、剣が30、刀が30です」
「そうか、3個小隊分か。それでは、破魔の武装は3隊に均分とし、第二警備隊、ミヤザ守備隊はミヤザに残留。万一シーバ以外に魔獣の被害が出た場合は第二警備隊があたることとする。第一警備隊第一小隊はそれぞれ破魔の武装装備のうえ、シーバに向けて明日早朝に出発する。基本の方針はグレイウルフを排除しつつ、魔力だまりを発見次第潰すこととする」
そして男爵は、ブンゾーと敏文の方を向いて聞いてきた。
「ブンゾーとトシフミはどうするか。出来れば、グレイウルフとの戦闘経験もある。シーバの山の案内も頼みたいので同行してくれるとありがたいが」
ブンゾーは迷う事なく答えた。
「俺はキクエの弔いの為にも、里のもんにこれ以上被害が出ないようにするためにも協力したい。いや、させて欲しい」
敏文は少し迷ったが、ブンゾーの決意を見てキクエの笑顔を思い出し、腹を決めた。
「私は山のことも、戦いも素人で何処まで役に立てるのかわかりません。ですが、出来るだけの協力はしたいと思います」
男爵は、そんな二人を見てにこりとしながら応える。
「すまんな。助かる。それでは3人は今夜は館に泊まってくれ。明日は早朝の出発となる。何か質問のあるものは?」
「はっ、ございません」
カージの言葉に皆頷いている。
「すまんが明日、日が登り次第出発する。各員頼んだぞ!」
「「「「「「「はっ!」」」」」」」
こうして敏文は討伐隊に加わることになった。
◇◇◇◇◇
その夜、館の個室を宛がわれた敏文は部屋の窓から夜空を眺めていた。
籠から出したコウがこちらをじっと見ている。
「なぁ、グレイウルフのこと、どう思う? ダイカクのいうとおり、魔力だまりとやらを無くせば収まるのだろうか?」
『普通ならそうだろうね。でもなんだか今回の話、普通のグレイウルフの話とは違うような気がするんだ』
「そうか。もし、掃討戦のなかでコウに頼らなければいけなくなった時、またあの力を借りなければいけなくなったら、今度はコウの存在を隠せないかも知れない。そんなときはどうしたらいい?」
『隠すことに拘る必要はないよ。必要もないのに、広めることはやめて欲しいけど、隠すために身体を守れないのはよくないしね。その時は仕方がないと思うし、遠慮は要らないよ』
「わかった。ありがとう。あと、ダイカク、ブンゾー、男爵、それにサラには話すことになるかもしれない。これからこの世界で生きてく上でおそらく彼等の助けは借りなければいけなくなるだろう」
『わかった。トシフミが思うようにやってよ。いまのところ彼等は話しても大丈夫なように思うよ』
「ありがとう。ところでもし、仔犬の状態の時にコウがさらわれるようなことがあったらその時は、離れていても話ができるのか?」
『大丈夫だよ。別にどこにいても話できるし。それに僕は精霊だからね。望まない限り捕まったりしないし、捕まってても自分だけならどうとでも抜け出せるよ』
「そうか、頼もしいな。今後も頼りにさせてくれ」
『うん、任せてよ』
そして、ベッドにあがろうとした敏文はふと家族のことを思い出した。
(向こうの世界ではどういうことになっているんだろう。俺は死んだことになっているのだろうか。それとも、本当に死んでいるのか……。恵美、愛里、愛菜……。会いたいよ……。くそっ。これから俺は……)
そしてポケットからスマートフォンを取り出して家族の写真を見ようとした。
「あっ!」
スマートフォンの画面に充電してくださいという表示が出たと思うと画面がブラックアウトした。
「しまった!」
あの日から既に4日。福岡便に乗るまでに色々調べものをしていたこともあり残量が十分でなかったこともあるのかもしれない。
再度電源を入れようとするがもう起動しない。
「そんなっ! 恵美達の写真がもう見れないなんて!」
充電器はバッグと共に行方が解らない。
「この世界には電気なんてあるのか……?」
(そう言えば男爵の館やダイカクの家でも灯りが灯っていた。蝋燭には見えなかったがあれは電気か!)
そう考えた敏文は勢いよく部屋の扉を開けて廊下に飛び出す。
「きゃっ!」
そこにはメイドが一人驚いて立っていた。
「トシフミ様、どうかなさったのですか?」
メイドは恐る恐る敏文に聞く。
敏文は我を忘れてメイドの両肩を掴むと廊下に灯る灯りを指差しながら目を見開いて尋ねる。
「あの灯りは電気かっ!」
「は?」
メイドは理解できていない。
敏文は少しイラつきながら、メイドに改めて聞く。
「あの灯りはどうやって灯っているんだっ」
彼女はなぜそんなことを聞くのか理解できなかったが、何を聞きたいのか漸く理解したようだ。
「あの灯りは魔道具です。魔法士が魔力をこめると灯りが灯ります」
「電気じゃないのか……」
そう言うと項垂れた敏文は部屋へ戻っていった。不思議そうにその姿を追うメイドを残して。
「この世界に、電気ってないのかなぁ。なぁコウどうなんだ?」
『でんきってなに?』
「やっぱだめかぁ……。はぁ~」
全力でため息をついた敏文はふと思いつく。
(いや、魔力で灯りがつくのなら、スマートフォンも魔力で動くんじゃ……。)
冷静な状態ならバカな発想なのだが、今の敏文にはその余裕がなくなっていた。
「なあ、コウ。俺って魔力あるのか?」
もしかしたらっていう淡い期待を持って聞く。
『え、魔力ならあるけど』
「あるのか!」
『あるよ』
(よし、ならばそれをこれに込めれば動くかも知れない……。)
敏文は左手でスマートフォンを握り、右手を翳してふんっと力をその手に込める。
「むむむむ…………」
コウが不思議そうな顔をして覗き込んでいる。
「…………ふうっ。だ、だめか……」
『トシフミ、何してんの?』
「いや、これに魔力を込めればまた使えるんじゃないかと思って…………」
『トシフミは魔力の扱い方とか解るの?』
「いや……」
何だか痛々しい扱いを受けているような気がした敏文だが諦めない。コウに頭を下げて頼み込んだ。
「なあ、もし俺の魔力をこれに込めることができる方法があったら教えてくれないか」
『魔力の扱い方なら少しは教えられるけど、それで魔力を込めてみてそれが壊れても責任取れないけど。大事な物なんでしょ。それ』
敏文ははたと考え込む。
(確かにコウの言う通りだ……。それにどれくらいの魔力を込めればいいのかも解らない……。でも、この世界に元の世界と同じ電気がないならもうこれを使うことは出来ない……。可能性があるならやってみよう……)
「一度だけやってみてダメだったら今は諦めるから」
『大丈夫かな……。でも少しの時間だけだよ。明日もあるし』
「ああ、解った」
敏文はコウから説明を受けて魔法を初めて使う者が行うという魔力の流れを掴む所から始める。
『魔力は心の臓で作られて人の体を廻るものなんだ。だからまずは胸の部分を意識して』
「ああ」
『頭で感じようとしてもダメだよ。静かに息を調えて。何か感じるまで』
10分ほど意識を集中してみたが、何も感じられない。
「俺魔力あるんだよなぁ。どうやれば感じられるんだ?」
そう言いつつも敏文は諦めなかった。
さらに10分程深呼吸しながら試行錯誤した時だろうか。敏文は元の世界では感じた事がなかったモヤモヤしたものが胸の部分にあるのを感じる。
「何かモヤッとしたものが胸の所にある感じだな」
『そう。それを少しだけすくって胸から腕、そして手の先に運ぶ感じをイメージ出来る?』
「やってみる」
どれくらい運べばいいのか解らない敏文はすくうという言葉にスプーンでほんの少しすくう事をイメージした。それが胸から肩、腕を通って右の手のひらに来るようなイメージをする。
『初めてにしては上出来だね。それを少しだけ指先に移せるかな』
敏文は人指し指の先にほんの少しだけ移すとそれを眺めた。
はっきりとはしないが指の先だけ空気が揺らいでいる。
「これが魔力?」
『そうだよ』
敏文は指先の揺らぎを不思議そうに眺めている。そして左手に持ったスマートフォンの充電口を右手の薬指の先で開けて指先の揺らぎをそこに充ててみた。
するとどうだろう。スマートフォンの中にその揺らぎが吸い込まれた。
「あ」
その後、スマートフォンには何も起こらない。壊してしまっただろうか……。
敏文は恐る恐る電源を入れる。
すると、突然画面がぼわっと明るくなった。
「うおっ、電源が入った! やった! ありがとうコウ! これで愛里達の写真をまた見ることが出来る!」
スマートフォンの画面が起動する。
起動し終わるのを待って写真を見ようとしたその時だった。驚くことが起こる。
メールの着信音がなったのだ。
「え、なんで……。誰から……」
画面のアンテナを見るが圏外のままだ。
敏文は恐る恐るメールボックスを開く。そこには20件ほどの未読メールがあった。
最初のメールは恵美からのものだ。
他には同僚や母親からのものもある。
敏文は慌ててそのメールを開いた。
〈3月30日 14:15 恵美〉
あなた、無事なの? 今テレビで福岡行きの飛行機が消息不明って! 無事なら連絡して!
〈3月30日 14:18 田中次長〉
鎌田大丈夫か! 連絡してくれ!
〈3月30日 14:23 母さん〉
敏文、無事なら連絡を。お願い無事で
何人かの同僚や友人からの安否を問うメールが続く。
敏文は恵美宛に無事を知らせる返信メールを打とうとするが、やはり送信出来なかった。
(だめか……。じゃなんで受信したんだ?)
敏文はひとまず続きを読む。
〈4月2日 0:20 恵美〉
あなたが見つからないって警察の人が。私まだ望み棄てない。まだ行方不明な人が8人いる。お願い生きてて。
(やはり墜落したんだ……)
〈4月2日 19:52 恵美〉
行方不明な人があなたを含めて3人。私これからどうしたら……
(すまない恵美、すまない……)
敏文は左手をひざの上でぐっと握り締め、スマートフォンの操作を続ける。
〈4月8日 16:31 恵美〉
あなたどこにいるの? 10日経っても見つからない。見つからないってことは生きてる可能性、信じてる。
「えっ? 10日って。まだ4日しか経っていないはずじゃ……」
〈4月12日 18:15 恵美〉
警察の人が明日で捜索を打ち切るって。まだあなたが見つかってないって何度もお願いしたのに……お願い……
〈4月18日 23:21 恵美〉
お義父さんとお義母さんが、葬儀をしようって……20日経っても見つからないんじゃって……私まだ信じられない……もう少し待って……
〈4月28日 22:18 恵美〉
明日あなたの葬儀。でも、まだ信じてない。帰ってきてくれるって信じてる。
メールはそこで終わっていた。
「どういう……。なんでこのメールが……」
敏文はこの内容はおそらく恵美が打ったメールに違いないと考えていた。
「それに、日付があの日から1ヶ月経ってる。こっちはまだ4日だぞ……。時間の流れが違うのか……。だとしたら、もし戻れたとしても同じ時間には帰れないのか……。わからない……」
なまじ中途半端な情報を知らされた敏文は混乱の極地にあり、しばらくそこから抜け出すことができなかった。
その姿を心配そうにコウが見ていた。
結局敏文は朝まで一睡もできていない。明け方が近づいたころ、ようやくひとつの結論に達する。
「まずはこの世界で生き抜かなければ。そして、恵美のためにも、娘たちのためにもなんとしても帰る手段を見つけなければ。まずはやれることをやろう」
そう決意した敏文は顔を洗うために起き出していた。
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