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14話 出口らしきものが見つかった

隠しルートの奥へ進むほど、通路は少しずつ広がっていった。


最初は肩が壁に擦れるほど狭かった。

だが、いつの間にか大人が一人、普通に歩ける幅になっている。

天井も高くなり、息苦しさが少しだけ薄れた。


それでも、誰も気を抜かなかった。

狭い場所を通り抜ける間に、全員の体力はかなり削られている。

男の子は母親に手を引かれ、何度も足を止めかけていた。


負傷した男性の顔色も悪い。

高齢の男性は若い乗客に肩を借りながら、ゆっくり歩いている。

三崎さんは後方に回り、遅れる人がいないか確認していた。


俺は白球を前に浮かせ、黒球を手元で回していた。

何かが出てきたら、すぐに白球で牽制する。

黒球は逃げ道を塞がれた時のために残す。


そう決めていても、安心はできない。

魔力を流し続けるだけで、頭の奥が重くなる。

十年間練習してきたはずなのに、本物のダンジョンでは疲労の質がまるで違った。


視界に表示が浮かぶ。


隠しルート進行

リスク:中

リターン:高

期待値:推奨


短時間休憩

リスク:低

リターン:低

期待値:有効


通路内長時間待機

リスク:中

リターン:低

期待値:非推奨


まだ進むべきだ。

俺は足を止めず、後ろへ声を抑えて伝える。



「もう少し進みます。きつい人は、前後の人に支えてもらってください」



母親が男の子の手を握り直す。

芹沢さんが隣に寄り、男の子へ小さく頷いた。



「あと少しだけ頑張ろう。ゆっくりで大丈夫だから」



男の子は涙をこらえながら頷いた。

その様子を見るたび、俺の胸は重くなる。

俺の判断で、この子をここまで連れてきた。


もし間違っていたら。

その考えは何度も頭をよぎる。

けれど、通常ルートの危険を知った以上、戻る選択肢はなかった。


通路の先に、薄い光が見えた。

青白い鉱石の光ではない。

もっと広く、淡く、空気そのものが明るくなるような光だった。


誰かが息を呑む。



「光……?」



その一言で、列の空気が変わった。

疲れ切っていた乗客たちの顔が、わずかに上がる。

俺も一瞬、胸が跳ねた。


出口かもしれない。

そう思ってしまった。


だが、すぐに自分を抑える。

期待しすぎるな。

ここはダンジョンだ。


光があるから安全とは限らない。

広いから正しい道とも限らない。

左通路で、それはもう思い知らされている。


それでも、足は自然と速くなりかけた。

俺は意識して速度を落とす。

白球を先に出し、通路の先を照らすように進ませた。


やがて、隠しルートが終わった。


目の前に、大きな空洞が広がっていた。

電車が丸ごと入りそうなほどの広さ。

天井は高く、ところどころから淡い光が降っている。


奥には、外の光のような明るさがあった。

白でも青でもない。

出口で見る昼の光に似ている。


乗客たちの間から、声が漏れた。



「出口だ……」



誰かがそう言った瞬間、空気が一気に緩んだ。

母親が男の子を抱きしめる。

男の子の顔にも、初めて小さな笑みが浮かんだ。


高齢の男性が、震える声で言う。



「助かるのか……」



その言葉に、何人かが泣きそうな顔になった。

無理もない。

ここまでずっと、暗い通路と恐怖の中を歩いてきた。


俺も、その光を見つめた。

出口に見える。

本当に、外へ続いているように見える。


だからこそ、怖かった。

見えすぎている。

あまりにも分かりやすい希望だった。


視界に文字が浮かぶ。


直進

リスク:高

リターン:高

期待値:保留


周辺確認

リスク:中

リターン:高

期待値:推奨


俺は足を止めた。

出口候補はある。

だが、直進は推奨されていない。


保留。

今まで何度も見てきた有効や推奨とは違う。

高いリターンはあるが、危険も高い。


三崎さんが俺の隣に来る。



「久遠さん?」



「止まってください。全員、まだ前へ出ないでください」



俺の声は、自分で思ったより強く出た。

何人かが驚いて振り返る。

だが、前へ進もうとしていた乗客はすぐには止まらなかった。


出口が見えている。

早く出たい。

その気持ちは分かる。


中年の男性が苛立った声を上げた。



「なんで止めるんだよ! 出口だろ、あれ!」



別の乗客も続く。



「もう少しなんだから、早く行こうよ!」



母親も男の子を抱えたまま、不安そうに俺を見る。

出口が見えているのに止まれと言われれば、誰だって不安になる。


俺は喉の奥を鳴らした。

ここで曖昧に言えば、何人かは走り出す。

止めるなら、強く言うしかない。



「動かないでください。周辺を確認します。まだ出口とは限りません」



「そんなこと言ってる場合かよ!」



男性が一歩前へ出た。

俺は反射的に黒球をその前に滑らせる。

刃ではない。


ただ、進路を塞ぐように浮かせた。

男性が足を止める。



「今、勝手に進んだら全員を危険に巻き込みます。お願いです。止まってください」



部屋の空気が張り詰めた。

俺の声も震えていたと思う。

それでも、視線は逸らさなかった。


三崎さんが前へ出た。



「従いましょう。ここまで久遠さんの判断で助かってきたんです」



芹沢さんも頷く。



「左通路の時も、隠し部屋の時もそうでした。今は止まった方がいいです」



その言葉で、数人が足を止めた。

完全な納得ではない。

けれど、動き出す勢いは削がれた。


俺は白球を前へ出し、床を照らす。

奥の光へ続く道は、なだらかに下っている。

一見すると普通の石床だった。


だが、光を当てると細い亀裂が見えた。

直線ではない。

蜘蛛の巣のように広がっている。


俺は息を止めた。

危ない。


そう思った瞬間だった。


出口候補へ続く床が、低く唸った。

石が軋む。

次の瞬間、前方の床が一気に崩れ落ちた。


轟音が空洞に響く。

砕けた石が、暗い穴の中へ吸い込まれていく。

さっきまで歩けそうに見えた道が、大きな裂け目に変わった。


悲鳴が上がった。

母親が男の子を抱きしめる。

高齢の男性が腰を抜かし、近くの乗客が支えた。


もし誰かが走っていたら。

もし、俺が止めるのを躊躇していたら。

その人は今、穴の中へ落ちていた。


俺の背中に冷たい汗が流れた。

能力の表示がなければ、俺もあの光へ向かっていたかもしれない。


崩れた穴の奥から、低い音が響いた。

石が転がる音ではない。

何かが動く音。


白球の光を穴の縁へ向ける。

暗闇の中で、複数の影がうごめいた。

小型モンスターだ。


一体ではない。

三体、四体。

さらに奥にも動く影がある。


牙を鳴らすような音。

石壁を爪で掻く音。

穴の下に、モンスターの群れがいた。


芹沢さんが息を呑む。



「下に……いる……」



三崎さんの顔から血の気が引く。



「直進してたら、床ごと落ちてたってことか」



誰も答えなかった。

答える必要はなかった。

全員が理解していた。


出口候補は見えた。

だが、その手前には罠があった。

そして下にはモンスターが待っていた。


俺は奥の光を見た。

近い。

確かに出口に見える。


けれど、まだ安全ではない。

最後まで気を抜けば終わる。


視界に表示が浮かぶ。


出口候補確認

リスク:中

リターン:高

期待値:推奨


正面突破

リスク:高

リターン:高

期待値:非推奨


周辺確認継続

リスク:中

リターン:高

期待値:推奨


乗客たちの視線が、再び俺へ集まった。

さっきとは違う。

疑いよりも、次の判断を待つ目だった。


その視線の重さに、胸が詰まる。

止められた。

危険は避けられた。


でも、出口が遠ざかったわけではない。

むしろ、ここからが本番だ。


俺は白球と黒球を手元へ引き寄せた。

穴の下では、モンスターたちがこちらを見上げている。

奥の光は、静かに揺れていた。


出口は近い。

けれど、その前にまだ越えなければならない障害がある。


俺は息を整え、全員を背にして空洞の奥を見据えた。

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