13話 レアな宝箱
隠し部屋へ戻ると、全員の視線がこちらへ向いた。
俺は息を整えてから、見つけた道のことを説明した。
崩れた壁の奥に、人が一人ずつ通れる細い通路があること。
通常ルートより危険は低いが、狭くて時間がかかること。
部屋の中に不安が広がる。
当然だった。
大人でも怖い道だ。
子供や負傷者を連れて進むなら、なおさらだ。
母親は男の子を抱き寄せ、高齢の男性は唇を結んでいる。
負傷した男性も、腕を押さえたまま黙っていた。
視界に表示が浮かぶ。
隠しルート利用
リスク:中
リターン:高
期待値:推奨
通常ルート利用
リスク:高
リターン:中
期待値:非推奨
ここまで来ても、表示は変わらない。
正面ではなく、狭い道を使えと言っている。
怖い道でも、そちらの方が助かる可能性が高い。
俺は入口側に立ち、できるだけ落ち着いた声を出した。
「一人ずつ進みます。荷物はできるだけ減らしてください。負傷している人とお子さんは、前後を挟んで支えます」
三崎さんがすぐに頷く。
「俺は後ろ側につきます。押す必要があれば支えます」
芹沢さんも男の子の前にしゃがんだ。
「怖かったら、私の服を掴んでいいよ。急がなくていいから」
男の子は泣きそうな顔でうなずいた。
母親が何度も頭を下げる。
俺はその光景を見て、胸の奥が重くなった。
俺の判断で、この人たちを暗い穴へ進ませる。
もし間違っていたら。
もし途中で何かが来たら。
考えれば考えるほど足が止まりそうになる。
けれど、通常ルートの危険も分かっている。
ここで迷い続ける方が危ない。
俺たちは隠し通路へ向かった。
白球を先に入れて、奥を照らす。
黒球は最後尾側に置いた。
通路は狭かった。
壁が肩に触れる。
足元も平らではなく、石の出っ張りに何度もつまずきそうになる。
それでも、進めないほどではない。
男の子は母親に支えられながら、必死に歩いていた。
高齢の男性には、若い乗客が肩を貸している。
負傷した男性は三崎さんに支えられ、歯を食いしばって進んでいた。
芹沢さんは前後を行き来しながら、小さな声で声をかけ続けている。
誰も大声を出さない。
隠し通路の中では、声が壁に反響する。
余計な音を立てれば、何かに気づかれるかもしれない。
その恐怖が全員に共有されていた。
しばらく進むと、通路の右側に小さな横穴が見えた。
人が一人入れるかどうかの幅。
普通なら、ただのくぼみにしか見えない。
俺は一度通り過ぎかけた。
今は脱出が優先だ。
横道を調べている時間はない。
その瞬間、視界に文字が浮かぶ。
宝箱放置
リスク:低
リターン:低
期待値:有効
宝箱確認
リスク:低
リターン:高
期待値:推奨
俺は足を止めた。
宝箱。
その言葉に、思わず横穴の奥を見る。
白球の光を向けると、奥に小さな箱があった。
壁の影に隠れるように置かれている。
目立たない。
三崎さんが小声で言う。
「どうしました」
「奥に箱があります」
三崎さんは眉を寄せた。
「今、箱を開けてる場合ですか」
正論だった。
俺もそう思う。
今は宝探しをしている状況ではない。
負傷者がいる。
子供もいる。
狭い通路で足を止めること自体が危険だ。
それでも、表示は宝箱確認を推奨している。
リスクは低い。
リターンは高い。
俺は奥歯を噛んだ。
金目当てなら無視する。
だが、この能力は今まで金だけを示してきたわけではない。
休める場所。
安全な道。
避けるべき危険。
必要なものへ導いてきた。
なら、この箱にも意味があるかもしれない。
「短時間で確認します。全員はそのまま待機。音を立てないでください」
三崎さんは不安そうだったが、頷いた。
「分かりました。急ぎましょう」
俺は横穴に身をかがめて入った。
白球を箱の上に浮かせる。
黒球は細い刃に変えず、棒状のまま前へ出した。
箱は木製に見えるが、表面に薄い魔力の膜がある。
古いが、腐ってはいない。
蓋には簡単な留め具がついているだけだった。
視界に表示が出る。
ノワールで開封
リスク:低
リターン:高
期待値:推奨
素手で開封
リスク:中
リターン:高
期待値:保留
俺はノワールの先端で留め具を押した。
かち、と小さな音がした。
大きな反応はない。
蓋がゆっくり開く。
中には、数枚の札が入っていた。
紙ではない。
薄い金属と符紙を重ねたような質感。
表面には防御系の術式が刻まれている。
探索者用品のカタログで見たことがあった。
携帯型結界札。
一定時間だけ、小範囲を守る防御アイテム。
攻撃には使えない。
けれど、避難時や撤退時には非常に価値がある。
三崎さんが覗き込んで、目を見開いた。
「それ、役に立つんですか」
「かなり。短時間なら、小さな範囲を守れます。出口前で襲われた時に、子供や負傷者を守れるかもしれません」
芹沢さんが息を呑んだ。
「じゃあ、今の私たちに必要なものじゃないですか」
その言葉に、俺は札を見つめた。
本当にそうだ。
今この状況で、高価な素材よりも意味がある。
金ではない。
戦利品でもない。
生き残るための道具だ。
視界に文字が浮かぶ。
結界札取得
リスク:低
リターン:高
期待値:推奨
俺は札を慎重に取り出し、鞄の内側へ入れた。
枚数は三枚。
多くはない。
だが、あるのとないのでは大きく違う。
出口前で足止めを受けた時。
負傷者を守る必要がある時。
この札が、全員の生存率を上げる可能性がある。
能力はそれを見越していたのかもしれない。
俺は箱の中をもう一度確認した。
他には何もない。
余計なものを探す時間もない。
横穴を出ると、待っていた乗客たちの視線が集まった。
俺は札を見せすぎないようにしながら、短く説明する。
「防御用の探索者アイテムです。いざという時に使います」
高齢の男性が小さく息を吐いた。
「そんなものまであるのか」
「はい。まだ助かったわけではありません。でも、少しだけ選択肢が増えました」
選択肢。
口にして、自分でも納得した。
この能力は、ただ得をする道を選ばせているわけではない。
生き残るために必要なものへ、少しずつ俺たちを寄せている。
リターンとは、金額だけではない。
逃げ道。
休める場所。
守るための札。
全部、生存率を上げるものだ。
視界に文字が浮かぶ。
隠しルート進行再開
リスク:中
リターン:高
期待値:推奨
結界札保管
リスク:低
リターン:高
期待値:達成
達成。
その言葉を見て、俺は小さく息を吐いた。
やはり、この宝箱は開けるべきものだった。
無駄な寄り道ではなかった。
今はそう信じられる。
俺は白球を前へ出した。
狭い通路の先は、まだ暗い。
出口は見えない。
それでも、鞄の中には結界札がある。
この札は、きっとまだ必要になる。
俺は全員へ進む合図を出し、隠しルートの奥へ歩き出した。




