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12話 隠しルート

魔法陣の光は、少しずつ弱くなっていた。


俺は石碑に残る文字をもう一度確認する。

出口へ向かう魔力の流れ。

通常ルートに集まり始めているモンスターの気配。


分かったことは多い。

けれど、出口そのものが見えたわけではない。


正面から進む道は危険。

別の道が必要。

その結論だけが、重く胸に残っていた。


三崎さんが通路の奥を見ながら、低い声で言う。



「通常ルートは駄目、でしたよね」



俺は頷いた。



「はい。出口の方向はあちらです。でも、そのまま進むのは危険です」



芹沢さんが不安そうに周囲を見る。



「じゃあ、別の道を探すんですか」



「探します。見つかる保証はありません。でも、探す価値はあります」



そう言いながら、自分でも分かっていた。

保証なんてない。

俺に見えているのは、あくまで選択肢ごとの評価だけだ。


未来が決まっているわけじゃない。

失敗する可能性は残っている。

それでも、今は立ち止まるより探すしかなかった。


視界に文字が浮かぶ。


通常通路

リスク:高

リターン:中

期待値:非推奨


周辺調査

リスク:低

リターン:高

期待値:推奨


俺は白球アルバを少し高く浮かせた。

青白い光と白球の淡い光が混ざり、周囲の壁を照らす。

黒球ノワールは手元で短剣の形を保っていた。


まず壁を見る。

次に床を見る。

天井の亀裂も確認する。


魔法陣の小部屋周辺は、普通の通路より古い造りに見えた。

石の継ぎ目が不規則で、ところどころ崩れている。

発生したばかりのダンジョンなのに、古びた遺跡のような部分がある。


三崎さんが瓦礫の山を見て、足を止めた。



「ここ、崩れてますね。通れそうには見えませんけど」



通路の右側。

壁の一部が崩れ、大小の石が積み重なっていた。

普通なら、ただの崩落跡として見落とす場所だ。


俺も最初はそう思った。

崩れた壁を調べるより、他の通路を探した方が早い。

そう考えた直後、視界の表示が切り替わる。


崩落壁調査

リスク:中

リターン:高

期待値:推奨


通常通路確認継続

リスク:高

リターン:中

期待値:非推奨


俺の足が止まった。

ここだ。

能力は、はっきりこの崩落壁を示している。


風があるからではない。

知識で見抜いたからでもない。

最初に俺を止めたのは、視界に浮かんだ評価だった。


芹沢さんが俺の顔を見て、すぐに察したようだった。



「また、何かあるんですか」



「あるかもしれません。ここを調べます」



三崎さんは瓦礫を見る。



「これ、ただ崩れてるだけに見えますけど」



「俺にもそう見えます。でも、表示……いや、今までの勘がここを見ろと言っています」



三崎さんは何か言いかけて、飲み込んだ。

右通路。

待避スペース。

隠し部屋。


ここまで見てきたものがあるからだろう。

完全には納得していなくても、否定はしなかった。


俺は瓦礫の手前にしゃがみ込む。

耳を澄ませると、石の隙間からほんのわずかに空気が流れていた。


冷たい風ではない。

隠し部屋の水場のような湿った匂いでもない。

少し乾いた、通路の奥から抜けてくるような風だった。


能力が示した後だから、気づけた。

普通なら、こんな細い風は見落としていた。


十年間、俺はダンジョンに入れなかった。

その代わり、配信も攻略動画も見続けた。

初心者が見落とす場所。


風の流れ。

不自然な瓦礫。

壁の奥に空間がある時の音。


画面越しに覚えた知識が、能力の表示に遅れて追いついてくる。

だからこそ、ここを調べる理由がようやく形になった。


俺は黒球を細い刃から、短い棒状に変形させる。

瓦礫を切るのではなく、押してどかすためだ。



「少しだけどけます。大きく崩れそうならすぐ止めます」



三崎さんが鞄を床に置いた。



「手伝います。ただ、無理はしないでください」



「お願いします。芹沢さんは後ろを見ていてください」



芹沢さんは頷き、通路の奥へ視線を向けた。

俺はノワールで小さな石から順に動かす。

三崎さんが手で拾える石を横へ寄せる。


大きな石は動かさない。

支えになっている可能性がある。

崩せば、隙間ごと潰れるかもしれない。


俺はアルバの光を瓦礫の奥へ差し込んだ。

小さな隙間が見える。

その奥に、黒い空間があった。


ただの壁ではない。

奥がある。


心臓が強く跳ねた。

俺はさらに瓦礫の隙間へノワールを差し込み、軽く叩く。

返ってきた音は空洞のものだった。


三崎さんが息を呑む。



「本当に、奥があるのか」



「たぶん。通れそうな幅があるか確認します」



ノワールで石を少しずつずらす。

埃が落ちる。

白球の光が奥へ伸びる。


やがて、人ひとりが横向きなら通れそうな隙間が現れた。

その先には、細い通路が続いている。

自然にできた亀裂ではない。


壁面が削られ、床がならされている。

誰かが通ることを前提に作られた道。

通常の通路よりずっと狭いが、確かに通路だった。


芹沢さんが小さく声を漏らす。



「隠し通路……」



その言葉が、狭い空間に落ちた。

俺は奥を見つめた。

白球の光は途中で届かなくなる。


それでも、見つけた。

見落としていた瓦礫の奥に、正面ルートとは別の道があった。

怪しい魔法陣を調べた意味が、ここでつながった。


視界に文字が浮かぶ。


隠し通路進行

リスク:中

リターン:高

期待値:推奨


通常ルート進行

リスク:高

リターン:中

期待値:非推奨


俺は深く息を吐いた。

これが、魔法陣の示した別ルートなのかもしれない。

能力がなければ、俺はこの崩落壁を調べなかった。


三崎さんも、ただの瓦礫だと思っていた。

芹沢さんも気づかなかった。

普通なら通り過ぎていた。


だからこそ、この発見は大きい。

出口が見えたわけではない。

それでも、危険な正面ルート以外の選択肢を手に入れた。


ただし、問題は残っている。

通路は狭い。

一人ずつしか通れない。


負傷者がいる。

高齢の男性もいる。

子供が怖がって途中で止まれば、後ろが詰まる。


全員で通るには、時間がかかる。

その間に何かが来たら危険だ。

出口に近づく道だとしても、楽な道ではない。


三崎さんが現実的な声で言った。



「ここを全員で通すのは、かなり大変ですよ。怪我人もいます」



「分かっています」



芹沢さんも不安そうに隙間を見る。



「途中で戻れなくなったら、怖いですね」



その通りだった。

狭い道は逃げにくい。

前から来ても、後ろから来ても危険だ。


視界に表示が浮かぶ。


隠しルート利用

リスク:中

リターン:高

期待値:推奨


通常ルート利用

リスク:高

リターン:中

期待値:非推奨


隠し部屋へ戻って報告

リスク:低

リターン:中

期待値:推奨


今すぐ全員を連れてくるのではない。

まず戻る。

説明して、順番を決める。


通路の幅。

負傷者の状態。

荷物の量。


全部を整理してから動かす。

焦れば、この道も危険になる。


俺はノワールを手元へ戻した。



「一度戻ります。この道を使うために、通る順番を決めます」



三崎さんが頷く。



「正面ルートよりは、こっちなんですね」



「はい。今ある選択肢の中では、こっちが一番可能性があります」



芹沢さんが隠し通路をもう一度見る。



「みんな、怖がると思います」



「怖がって当然です。俺も怖いです」



それは本音だった。

狭い通路に入るのは怖い。

戻れなくなる想像だけで、背筋が冷える。


それでも、通常ルートにはモンスターが集まり始めている。

正面突破するより、この道の方がいい。

能力もそう示している。


俺は白球を引き寄せ、通路の奥を照らしながら踵を返した。

隠し部屋へ戻る。

そこで、全員に説明する。


十年間、俺は自分の一歩すら決められなかった。

今は、他人を狭い暗闇へ導こうとしている。

その重さは、簡単には飲み込めない。


けれど、飲み込まなければ進めない。

俺は通路の奥を振り返った。

崩落壁の向こうに、細い暗闇が口を開けている。


そこが出口へ続く保証はない。

それでも、今ある選択肢の中では一番期待値が高い。


俺は三崎さんと芹沢さんへ頷き、隠し部屋へ戻る道を歩き出した。

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