今度は思いっ切り事故ったぞ!! 1回のパリィで救急車2台召喚!!
「じゃあ……ちょっと、その……変えてみようか、前後から同時にバットで殴ってくれる?」
監督が、とんでもない事を言い出した。
「え……?」
「えっと……」
スタントマンさん2人は、戸惑い気味。
「じゃあ、リハーサルのリハーサルで……。一応、殴りかかる時は、声を出して……ちょっと待って。前と背後でタイミング少し、ずらしてもらえる」
監督さんが、そう指示を出す。
「じゃ……じゃあ、まずは、俺から先でやってみますか?」
背後から襲う役のスタントマンさんが、そう言った。
「じゃあ、『1、2の3』で開始ね、1、2の……3」
「うきゃ〜っ‼」
背後のスタントマンさんが、そう怒鳴った次の瞬間、空手家さんは最小限の動き……そう、体の向きを少し変えるだけで背後からのバット攻撃を回避……。
「うわああああッ」
ガシャンっ‼
えっと……流石、スタントマンさんだ。……空手家さんが化物過ぎたんで、実力を見せる機会が無かっただけで……。
前方から襲う役のスタントマンさんは、自分のバットで自分の頭に激突しかけたバットを自分のバットで受ける。
いや、パリィなんて、これ位でいいんだよ。
この延長線上でチートに見えるネタさえ仕入れる事が出来れば……俺も「パリィだけで無双」モノのラノベが書ける。
「パリィしただけで救急車召喚」なんてのは、勘弁してくれ。怪我人がかわいそうなだけじゃなくて、「パリィだけで無双」ラノベのネタとして使えない。
「え……えっと、その……このシーン、相手はチンピラって設定なんで……」
「いや、でも……その……チンピラでも2人がかりじゃ……その……」
スタントマンさんの片方が、当然の指摘。
「何て言うかさぁ……ええっと……武道とか格闘技をやってない人からすると『チンピラ相手に、かろうじて勝つ』だけど、判ってる人からすると『すごい事やってる』のが判る感じが理想なんだけど……」
無理だろ。
どう考えても無理だろ。
監督さんの、この注文「辛いモノが苦手な人でも美味しく食べられる激辛麻婆豆腐」くらい無理が有る。
「先生にとって、自分より強い相手に出会したら、どうなります?……えっと、参考までになんですけど……」
主演俳優さんが、空手家さんにそう訊いたけど……この空手家さんより強い人なんて……そうそう……。
「そうですね……」
待て、この空手家さんより強い人が居るのか……あ、多分、まだ弱かった頃の経験とか……。
「自分より多少強い相手なら……どれ位の差が有るかは何となく判るんで、喧嘩になるのを避けます」
おい。
「もっと強い相手なら……『相手の腕前が判らない』ので、不気味に感じて、やっぱり喧嘩になるのを避けますね」
おい。
待て。
「あの……居るんですか? 先生より強い人……?」
俺も思わず訊いてしまった。
「居ますよ。山程」
「どこにッ⁇」
「そうですね……一番近くだと……ここから2〜3駅ぐらいの所で空手の道場をやってる方です」
おい、あっさり居やがったのかよ?
「今日も、ここの仕事が終ったら、稽古を付けてもらう予定で……」
わかった、わかった……たしかに、この空手家さんは、本人基準では「自分より強い奴なんて山程居る」なんだろ。
でも、もう、完全に「自分以上のチートなどウジャウジャ居て当り前」の世界の住人になってる。
そして……多分……自分より弱い人間の心を理解出来なくなってる。自分が弱かった頃(有ったとすればだが)の事を忘れ去ってる。それも、悪意も傲慢さも無しに……。
視野が狭いとさえ言えないかも知れない……単に見えてる世界が違うようになったんなら、視野が広いの狭いのと言っても意味が無いだろう。
異世界転生なんてモノじゃない。死なずに現世転生だ。もし、この空手家さんに「弱かった頃」が有ったとしても、本人にとっては「前世の記憶」同然の曖昧な代物になってても、おかしくない。
もう、ネットミームの「お前が、そう思うんなら、そうなんだろう。お前ん中ではな」の画像を貼り付けても意味が無い。
並のスタントマンさえ雑魚扱いの、この空手家さんにとってさえ「自分なんて、まだまだ」って界隈は「お前ん中」ではなく、「現実の世界」に実在してるらしいんだから……。
そして、延々と続いた……。
強いとは言っても人間と、下級神とは言え神の……そう思って見てると色々と噛み合っていないようにしか見えない「リハーサルのリハーサル」が……。
そして……言い方が変だけど、「本当のリハーサル」が開始された。
いや、何度「リハーサルのリハーサル」をやっても意味が無いと薄々察していた時点で……こうなるのは……いや、止めた方が良かったのか?
でも、俺は見学を許されてるだけの部外者だ。
くそ……多分、俺は会社でも同じ事やらかす。
俺だけが「マズい事」に気付いた場合に、誰か他の奴──上司とか──に知らせずに……面倒事を避けた結果、それ以上の面倒事を間接的とは言え引き起し……。
「うわあああ……」
前後、ほぼ同時に空手家さんに殴りかかったスタントマンさんの片方が、例の「捌き技と称する投げ技」で吹き飛び……空手家さんの頭上を飛び越え。
「うわあああ……」
もう1人のスタントマンさんは反射的に金属バットでパリィしようとするが……成功する筈が無い。
その攻撃は……攻撃と言えればだが……刃物でも鈍器でもない。
肉弾だ。
人間の体そのものが、そのまま打撃技・打撃武器と化した。
十数分後。
今度は救急車が2台やって来た。




