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逃げろ、逃げろ、早く逃げろ。それで、これ以上、怪我人が出なくて済む。

 やって来た救急隊員は監督さんに再度のお小言。

 そして、1回のパリィで2台も召喚された救急車は去って行き……。

「え……えっと……『急に人手が要るようになった』って事以外は聞いてないんですけど……」

 新しいスタントマンさんがやって来た。

 救急車が去ってから、結構、時間が経ってから来たのが運の尽きだ。

 サイレンの音を聞いてたら、何か変だと思った筈だ。

「詳しい事は、後で事務所の方に連絡するんで、とりあえず……その……」

「事務所の方?」

「それが、どうしたの?」

「あの……俺と、これから、この現場に来る筈の同僚にも説明欲しいんすけど……」

「わかった、おいおい説明するから……」

「ところで、ここの現場、ウチの事務所の他の奴も来てた筈ですけど……」

 あ……察しが良過ぎる人が来てしまったらしい。

「それは……その……」

 監督さんは、辺りを見回す。

 そして……新しく来たスタントマンさんに近付き、耳元で何か囁き……。

 その時、便所に行ってた主演俳優さんが戻って来た。

 スタントマンさんは、主演俳優さんをモノ凄い目で睨み……キョトンとする主演俳優さん……。

 おい、まさか……。

 たしか、主演俳優さんの所属事務所は芸能関係に興味の無い俺でも名前ぐらいは聞いた事が有る所だった筈……。

 監督さん、何やってんだよ?

 主演俳優さんの所属事務所の名前、勝手に使って「この現場の仕事断わったら、あんたんとこの事務所、干されるから」とか言ったんじゃね〜だろ〜な……。

 ムズムズする……。

 共感性羞恥だか何だかってヤツだ。

 子供の頃に、アニメや特撮で主人公が大ピンチになった時に、思わずTVを消そうとしたアレだ。

 いや、それよりも、軽いラブコメのつもりで観てたドラマやアニメで「このままじゃ主人公が浮気してたのがバレて、エラい事になる」って気付いた時に感じる例の嫌な感じって言った方が良いかも知れない。

 職場でも時々感じるアレだ。

『このままじゃ、ロクデモないオチになる』

 それが判ってるのに……自分には、それを止める手段が無い。仮に、手段が有っても、行使する勇気が無い。ただ、最悪のオチが来るのを黙って見てる事しか出来ない。

 逃げ出したい。逃げ出したい。逃げ出したい。

 助けて。助けて。助けて。

「じゃあ、まずは、君が、この人を攻撃して、この人が、その攻撃を捌くシーンを撮影したいんだけど……」

 監督は、そう言って空手家さんの方を指差し……。

 スタントマンさんは、軽く首を傾げる。

 何か、考え込む。

「すいません、ちょっと、相手の方の力量を知りたいんで、寸止めで軽く練習試合もどきをやっていいっすか?」

 うん、このスタントマンさん、勘が鋭い。

 このまま逃げてもらった方が……。

 ん?

「わかりました」

 空手家さんは、あっさり応じて……。

 ゆっくりとした……先入観も何も無しに見れば……素人には「どっちが強いのか?」「どっちが優勢なのか?」さえ良く判らない攻防が……。

「待って下さいッ‼」

 スタントマンさんは、映画版の「ホビットの冒険」のオークより血の気が無い顔色になって、そう叫んだ。

「この人、無茶苦茶化物でしょッ⁉」

「い……いえ……僕より強い人なんて……」

「いや、貴方にとっては、そうでしょうけど、我々からすると、十分に化物ですよ」

「そ……そうだよッ‼」

 監督さんが叫んだ。

「だからッ‼ 君は安心していいッ‼ 今からやるシーンではッ‼ その人はッ‼ 君の攻撃をッ‼ 避けたりッ‼ 受けたりッ‼ 捌いたりするだけだッ‼ 攻撃するのはッ‼ 君だけだッ‼ その人は怪我しないッ‼ 君も怪我しないッ‼」

 周囲の人間の顔色を悪くするのに十分な大嘘だった。

 成程。

 嘘ってのは、こ〜ゆ〜感じで吐けば良いのか……。

 最初は、100%本当。

 最後は、100%嘘。

 嘘が混り始めたのがどこからかは、事情を良く知ってるヤツにしか判らない。

 スタントマンさんは、また、首を傾げる。

「わかりました。アクションの段取りは?」

「君達で決めて」

「はぁ?」

「あの、えっと……色々とやってみたんだけど……どれもイマイチで、アイデアが尽きちゃってさ……」

 あ……。

 もう完全にスタントマンさんの顔には「不信感」以外の表情が浮かんでない。

 監督は、また、スタントマンさんに近付いて、何かを囁き……。

 スタントマンさんの顔に浮かぶ不信感は……さっきまでが100点満点で95ぐらいだとすると、今は100点満点で200を超えてる。

 スタントマンさんは、キョロキョロと誰かを探し……。

 あれ?

 居ない。

 居ない。

 さっきまで居た筈の人が、少なくとも1人居ない。

 居る筈の人が居ない。

 主演俳優さんは……どうやら、このスタントマンさんと同じ位、察しのいいスタッフさんによって、どっかに連れてかれたようだった。

 全ての状況証拠は……俺の推測が正しい事を示していた。

 助けてくれ……。

 胃が痛い。

 俺は、あくまでも取材を許されてる部外者だ。

 他人事だけど、これ、ウチの会社でも良く有るパターンだ……。

 問題が起きたら……一番、安易な手を使ってしまう。

 その結果は、一番マシでも「何で俺が?」って奴が休日出勤する羽目になり……最悪は、お客さんから雷が落ちる。

 この監督さん……確実に、主演俳優さんの所属事務所の名前を勝手に使って、この現場で仕事するよ〜に、スタントマンさんに強要してやがる。

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