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第23話 神域の円卓、そして愚かな査察官

 咆哮の余韻が消えぬまま、シンは再び指を鳴らした。

 ゴゴゴゴ……。

 床から漆黒の黒曜石が隆起し、巨大な円卓と、十五の座席が形成される。

 シンは玉座に深く腰掛け、配下たちを見回した。

「座れ。最初の軍議を始める」

 許可が下りると同時に、衣擦れの音一つさせず、全員が一斉に着席する。

 先ほどまでの熱狂は鳴りを潜め、冷徹なプロフェッショナルとしての空気が場を支配していた。

「まず、この場所の守護の理について共有しておく」

 シンが指先で空間をなぞる。

 パチン、と乾いた音が響くと、円卓を囲む壁面が波打ち、星空の映像が揺らいだ。

 空間そのものが、物理的な座標から切り離された感覚。

「ここは俺が座標を切り取った影の次元だ。物理的な干渉は一切通じない。たとえSランク……いや、その上のLランク(伝説級)の存在であっても、俺の許可なくこの空間を認識することすら不可能だ」

 Lランク。

 それは魔物や人という枠を超え、神話や天災そのものと定義される理外の存在。

 最強のドラゴン種ですらSSランクが頂点と言われるこの世界において、Lランクを遮断するという言葉の重みは計り知れない。

 美青年の姿となったジェイドが、感嘆の息を漏らす。

「まさに、神域。我々は、神の懐に抱かれているわけですな」

「その通りだ。ここへの通行証は、お前たちに刻まれた蜘蛛の刻印のみ。選ばれた者だけの特権と思え」

「さて、本題だ」

 シンは真紅の瞳を細め、円卓に座る三人の幹部――諜報のネモ、軍事のヴィンセント、経済のジェイドに視線を向けた。

「裏取りは済んでいるな」

 その問いかけに、三人が同時に頷く。

 事情を知らないアレスやヴォルカンといった武闘派の面々が、何事かと顔を見合わせる中、まずは諜報のネモが立ち上がった。

 道化師の仮面の下から、鈴を転がすような少女の声が響く。

「はッ。ご命令通り、王城の動きを監視しておりました。……宰相バルバロス、動き出しましたわ」

 ネモの報告に続き、軍事のヴィンセントが重々しく口を開く。

「ギルドの方も確認が取れました。本日未明、王城より騎士団の配置転換命令が届いております。東の森方面の警備を薄くし、逆に貴族街の警備を厚くする、不可解な配置です」

 最後に、経済のジェイドが優雅に扇子を開いて補足した。

「市場の動きも連動していますね。宰相派の商会が、回復薬や食料を買い占め始めています。まるで、これから何かが起きるのを知っているかのように」

 三人の報告が出揃ったところで、シンは満足げに頷いた。

「ご苦労。確定だな」

 シンは空中にネメシス周辺の幻影地図を展開した。

「宰相は、我々レギオンを目障りな存在として認識した。だが、正面から潰すにはギルドの反発が怖い。そこで奴は、我々に濡れ衣を着せようとしている」

「濡れ衣……ですか」

 アレスが眉をひそめる。

「ああ。本日正午、王城より特別査察官が派遣される。名目は違法兵器の隠匿容疑だ。もちろん捏造だが、奴らは最初から聞く耳を持たん。強引に地下へ押し入り、証拠をでっち上げ、組織ごと取り潰す算段だ」

 アレスの全身から、怒りの炎が噴き上がる。

「下衆が……ッ。正義を司る騎士団を使い、そのような謀略を巡らせるとは。不愉快だ。消し炭にしてやりたい」

 ヴォルカンもハンマーを握りしめ、ギリギリと歯噛みしている。

 だが、シンだけは――楽しげに口角を吊り上げた。

「怒るな、アレス。これは好機だ」

 シンは笑った。

「向こうから喧嘩を売ってきたのだ。まずは正当防衛の大義名分を得る。そして、その先にある国盗りのシナリオを始めるぞ」

 シンは立ち上がり、円卓の全員を見据えた。

「我々は、この世界の捕食者となる。宰相も、騎士団も。全て網にかけて喰らい尽くせ」

 一瞬の静寂。

 そして、爆発的な咆哮。

「「「御意ッ!! 我らが王、シン様に永遠の忠誠を!!」」」

 その時だった。

 円卓の中央に浮かぶ幻影の窓に、警告の波紋が表示された。

 地上のレギオンハウスの入り口に、白銀の鎧を纏った一団が到着した映像が映し出される。

「……来たか」

 シンは視線を移動要塞ガレオンに向けた。

「ガレオン。客人の出迎えだ。丁重にな」

「ハッ。心得ました」

 巨漢のガレオンが立ち上がり、ニタリと笑う。

 その笑顔は、頼もしい門番のものではなく、獲物を見つけた猛獣のものだった。

          ◇

 場所は変わり、地上のレギオンハウス、エントランス。

 そこには、嫌味な笑みを浮かべた細身の男――査察官と、白銀の鎧に身を包んだ二名の聖騎士が立っていた。

「おい。責任者はまだか。王城からの使者だぞ、頭が高い」

 査察官が喚き散らす中、受付の奥からゆっくりと姿を現したのは、身長二メートルを超える巨漢、ガレオンだ。

 彼は若返りによって全盛期の肉体を取り戻しており、ただ立っているだけで岩山のような威圧感を放っている。

「お待たせしました。私が警備責任者のガレオンですが」

「ふん、デカいだけの木偶の坊か」

 査察官は鼻で笑い、羊皮紙を突きつけた。

「単刀直入に言おう。貴様らの組織には違法な古代兵器を隠匿している容疑がかかっている。直ちに地下倉庫への立ち入りを許可せよ」

 言いがかりだ。

 だが、ガレオンは表情一つ変えずに答えた。

「お断りします。地下は当組織の最重要機密。王命であっても、正規の手続きなしには通せません」

「なっ……貴様、逆らう気か。聖騎士様、やってしまいなさい」

 査察官の号令と共に、護衛の聖騎士の一人が前に出た。

 腰の聖剣を引き抜き、切っ先をガレオンに向ける。

「異端者め。神の名において、その不敬な態度を正してやる」

 聖騎士が踏み込み、鋭い突きを放つ。

 ヒュンッ。

 風を切る音。それは、一般の冒険者には視認すら難しい神速の刺突だった。

 ランクB上位。この国でも指折りの精鋭騎士による、殺意に満ちた一撃。

 並の冒険者なら、突かれたことにすら気づかずに絶命するだろう。

 だが。

 ガィィィンッ。

 硬質な音が響き渡り、折れた剣先がくるくると宙を舞った。

 聖騎士が目を見開く。

「な……に……?」

 ガレオンは、一歩も動いていなかった。

 ただ、胸の前で腕を組んでいただけ。

 聖剣は、ガレオンの鍛え上げられた大胸筋に弾かれ、あろうことか根元からへし折れていたのだ。

「なんだ、今の蚊刺しのような攻撃は」

 ガレオンは退屈そうに欠伸をした。

 その体は、シンの魔力供給により、物理攻撃を無効化する金剛外殻アダマンタイト・スキンへと進化している。

 ランクB程度の騎士の剣など、今の彼には爪楊枝ほどの脅威もない。

「ひ、ひぃぃぃッ!?」

 腰を抜かす査察官。

 ガレオンは一歩踏み出し、冷徹に見下ろした。

「お引き取りを。次は、腕ごとへし折りますよ」

 圧倒的な格の差。

 査察官たちは悲鳴を上げ、這うようにして逃げ出した。

 その無様な背中を、監視の眼である小さな蜘蛛が、静かに見つめていた。

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