第22話 |胎動《たいどう》する十四の心臓、あるいは|細蟹《クモ》の誕生
地下宮殿。
現世の座標から切り離された、絶対支配者の聖域。
その最深部に位置する玉座の間は、かつてないほどの濃密な魔素と、張り詰めた緊張感に満たされていた。
磨き上げられた黒曜石の床には、十四の影が跪いている。
ネメシスの表と裏、経済と武力、その全てを掌握する傑物たちだ。
最前列には、シンの直属精鋭である【四天】。
アレス、ミラ、チェルシー、ボルトス。
彼らの背中には、組織の頂点に立つ者としての矜持と、主への絶対的な忠誠が滲んでいる。
その後ろには、各分野を統括する十名の幹部――【十王】が控えていた。
枯れ木のようだった老人は、月光の如き銀髪の美青年ジェイドへと若返り、片眼鏡の奥で冷徹な理知を光らせている。
疲弊した老将だったヴィンセントは、筋肉の鎧を纏った全盛期の「軍神」へと変貌し、赤い闘気を放っている。
道化師の仮面を被ったネモは、不気味な笑みを浮かべて周囲を観察している。
かつては温厚な薬師だったサフィナは、白衣を鮮血で染めたマッドサイエンティストとなり、恍惚とした表情を浮かべる。
スラムの暴君ランドルフは、さらにビルドアップされた肉体に黒革のジャケットを纏い、首輪をつけた「狂犬」として唸り声を上げている。
頑固な鍛冶師ヴォルカンは、神々しい光を放つハンマーを手にした「魔鋼の創造主」となり、髭を逆立てている。
そして少年発明家シノは、機能的な黒いコートと無数の工具を身につけた「直感の天才」として、不敵な笑みを浮かべている。
最後列には、先ほど洗礼を終えたばかりのガレオン、セレン、クロウの姿もあった。
黒き甲冑の城塞、氷の女王、影の暗殺者。
彼らもまた、主の刻印によって生まれ変わり、十王の席次を与えられた「怪物」たちだ。
総勢十四名。
これが、現時点においてシンが選び抜き、育て上げ、あるいは屈服させた「選ばれし駒」の全てである。
最奥の玉座に座るシンは、頬杖をついたまま、深紅の瞳で彼らを見下ろした。
一八歳の真の姿。
その全身から立ち昇る覇気は、以前にも増して鋭く、重い。
「……揃ったな」
シンの低い声が、静寂に満ちた大広間に響き渡る。
十四人が一斉に顔を上げ、主の言葉を待つ。
「今日、この時を持って、全ての駒は揃った。我々は個の集まりではなく、一つの巨大な生命体となる」
シンは、玉座からゆっくりと立ち上がり、右手を彼らに向けた。
五指の先から、目に見えない魔力が揺らめき、やがてそれは鮮血のように赤い光の糸となって実体化した。
――【支配の神糸】。
シンの魂と配下の魂を物理的・霊的に接続し、魔力を循環させる絶対支配のパス。
「我は蜘蛛。世界に網を張り、全てを手繰り寄せる者」
シュルルッ。
シンの指先から放たれた十四本の赤い糸が、生き物のように空を舞い、跪く配下たちの心臓めがけて殺到した。
「「「ぐ、うぅぅぅぅッ!?」」」
糸が胸に突き刺さった瞬間、彼らの体が大きく跳ねた。
痛みではない。奔流のような魔力が、魂の深淵に注ぎ込まれる愉悦と衝撃。
「接続完了。……理更新」
シンが冷徹に告げる。
「十王たちよ。貴様らの器は『位階A(英雄級)』にて固定された。
人の身で到達しうる限界点だ。その力、存分に振るうがいい」
ジェイドたちの体が輝き、その魂に刻まれた【第一恩恵】が完全に定着する。
彼らは理解した。自分たちが、もはや人間という枠組みを超えた「英雄」の領域に踏み込んだことを。
「だが、組織の頂点に立つ『矛』と『盾』は、さらにその上を行かねばならん」
シンの視線が、最前列の四名――四天へと移った。
「受け取れ、アレス、ミラ、チェルシー、ボルトス。
十王という土台が完成した今、そこから吸い上げた魔力を貴様らへ還元する」
ドクンッ。
四天の心臓が、早鐘を打つように激しく脈動する。
十王とのパスが繋がったことで、組織全体を循環する膨大な魔力が、中核である四天へと一気に流れ込んだのだ。
「ぐ、おおおおおおッ!! 熱いッ! 体が、燃えるッ!!」
アレスが絶叫する。
彼の真紅の鎧が、内側から溢れ出す暴走寸前の魔力によって、ガタガタと震え始めた。
背中から紅蓮の炎が噴き出し、巨大な翼の形を成す。
ミラの周囲に黄金の光輪が出現し、ボルトスの体が白銀の城壁のように硬化し、チェルシーの影が底なしの沼となって広がる。
限界突破。
彼らの魂の奥底に、新たな領域への扉が開かれる。神域の権能である【第二恩恵】の種が植え付けられ、魔力回路が強制的に拡張されていく。
「おめでとう。貴様らは人の枠を超え、【位階A+(準災害級)】へと至った」
シンは玉座から彼らを見下ろし、満足げに告げた。
「はぁ、はぁ……ッ」
光が収まった時、アレスは自分の拳を握りしめた。
軽く握っただけで、空気が破裂する音が響く。
彼は理解した。今の自分なら、かつて苦戦したドラゴンの群れすら、単騎で焼き尽くせることを。単独で軍隊を壊滅させ、小国ならば一夜にして地図から消し去ることができるほどの力。
「A+……準災害級、でございますか……!」
「慢心するなよ。『準』がついているうちは、まだ半端者だ。……精進しろ。いずれ、本物の災害(Sランク)へと引き上げてやる」
「「「はッ!!」」」
床が割れるほどの勢いで平伏する四人。
その瞳には、悔しさと、さらなる進化への渇望が宿っていた。
四天と十王。
合計十四名の怪物がここに誕生した。
「仕上げだ。……最後に、一つだけ掟を定める」
空気が張り詰める。
「我々の組織名は、表向きには『レギオン・蜘蛛』とする。……だが、それは世間を欺くための仮面に過ぎない」
シンは深紅の瞳を細め、ニヤリと嗤った。
「我々の真の名は――『細蟹』とする」
細蟹。
その響きが、地下宮殿の冷たい空気に溶けていく。
本来は「ササガニ」と読む古語だが、彼らはそれをあえて「クモ」と呼称する。
「この名は、この場にいる者たちと私だけの秘密とする。今後、地下宮殿でのみ、この名を口にすることを許す」
シンの声に、殺気が混じる。
「もし、地上のどこかで……あるいは部外者の口から『細蟹』という言葉が漏れた時。……それは、我々の中に『裏切り者』が紛れ込んでいる証拠だ」
戦慄が走る。
この名は、組織の誇りであると同時に、裏切り者を炙り出すための「踏み絵」なのだ。
口にすれば、即ち死。
その秘密を共有することこそが、彼らがシンの共犯者である絶対の証明となる。
「心せよ。我らは闇に網を張る蜘蛛。……光の下でその名を晒す愚は犯すな」
シンは、アレスの号令を待たずに、彼らの魂を覗き込んだ。
そこにあるのは、一点の曇りもない忠誠。
シンは満足げに頷き、脳内で彼らの新たな存在証明を確認した。
【解析結果 組織名:細蟹・幹部一覧】
■最高幹部 四天
ランク:A+(準災害級)
※シン直属のため序列なし
NAME:アレス・ランバート
クラス:紅蓮の魔人
才能:【紅蓮の炎】
1stギフト:【不滅の炉心】
2ndギフト:【炎界の覇王】
詳細:物理法則を無視して燃え盛る消えない炎を操る。2ndギフトにより、周囲一帯を自身の領域(焦熱地獄)へと書き換える固有結界を展開可能。
NAME:ボルトス・グラハム
クラス:不落の城塞
才能:【金剛の守護】
1stギフト:【物理反射】
2ndギフト:【絶対守護領域】
詳細:皮膚および装備している鎧の硬度を、伝説級金属と同等まで引き上げる。2ndギフトは背後の守護対象への攻撃を概念的に遮断する絶対防御。
NAME:ミラ・ユースティス
クラス:慈愛の聖女
才能:【聖域】
1stギフト:【代償の天秤】
2ndギフト:【魂の救済】
詳細:最高位の治癒魔法および浄化魔法。2ndギフトは生死の境界を操作する禁忌の力。死後数分以内なら蘇生が可能であり、逆に敵対者の魂を肉体から強制剥離(即死)させることも可能。
NAME:チェルシー・エバンズ
クラス:影の住人
才能:【影移動】
1stギフト:【影渡り】
2ndギフト:【深淵の顎】
詳細:影を実体化させ、敵を拘束あるいは刺突する。2ndギフトにより影の世界への完全潜行が可能となり、物理干渉を受け付けない状態から一方的に敵を捕食する。
■幹部 十王
ランク:A(英雄級)
序列1位:ジェイド・バーンズ 【商】
才能:【鑑定・極】
1stギフト:【黄金律】
序列2位:ヴィンセント・グレイ 【軍】
才能:【格闘・極】
1stギフト:【覇王の威圧】
序列3位:ネモ・ローズ 【諜】
才能:【変装・極】
1stギフト:【完全擬態】
序列4位:サフィナ・ダルトン 【医】
才能:【医術・極】
1stギフト:【神のメス】
序列5位:ランドルフ・ノックス 【暴】
才能:【怪力・極】
1stギフト:【破壊衝動】
序列6位:セレン・フォックス 【魔】
才能:【冷却・極】
1stギフト:【絶対零度】
序列7位:クロウ・ラッセル 【隠】
才能:【軽業・極】
1stギフト:【影潜み】
序列8位:ガレオン・ドイル 【壁】
才能:【防御・極】
1stギフト:【巨体化】
序列9位:ヴォルカン・マイヤー 【鍛】
才能:【神業鍛造】
1stギフト:【魔鋼錬成】
序列10位:シノ・コリンズ 【工】
才能:【直感設計】
1stギフト:【天啓の回路】
「壮観だな」
これだけの戦力が揃えば、国一つ落とすのに三日とかからないだろう。
だが、シンの目的は単純な破壊ではない。
この手駒たちを使い、世界を裏側から支配し、かつて自分を追放した世界の理そのものを嘲笑うこと。
「行け、我が愛しき蜘蛛たちよ。この世界に、逃れられぬ巣を張り巡らせろ」
「「「御意!! 我らが王・シンに栄光あれ!!」」」
十四人の咆哮が、地下宮殿を揺るがした。
最強のステータス、最強の布陣、そして最強の主。
Fランクの少年が作り上げたその組織の胎動が、今まさに始まろうとしていた。
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続きます。




