第21話 沈黙の謁見、絶対者の座
冷たい石床の感触が、意識を覚醒させた。 ガレオンが重い瞼を開けると、そこは見たこともない巨大な空間だった。 天井は見えないほど高く、壁面は黒曜石で覆われている。空気は氷室のように冷たく、濃密な魔素が肌にまとわりつく。
「……ッ、ここは……?」
痛む体を起こそうとして、ガレオンは愕然とした。 治っている。 ボルトスのデコピンで粉砕されたはずの左腕も、肋骨も、内臓も。傷一つなく完治しているのだ。 隣を見れば、セレンとクロウも同様に、青ざめた顔で周囲を見回している。
「目が覚めたか、ゴミ共」
頭上から降ってきた声に、三人は弾かれたように顔を上げた。 そこは、玉座の間だった。 深紅の絨毯の先、一段高い場所に鎮座する漆黒の玉座。 その両脇には、先ほど自分たちを蹂躙した四人の怪物――アレス、ミラ、チェルシー、ボルトスが、石像のように直立不動で控えている。
そして、玉座の中央。 頬杖をつき、退屈そうに眼下を見下ろす一人の男がいた。
黒髪に、真紅の瞳。 年齢は十八歳ほどに見えるが、その存在感は年齢という概念を超越していた。 ただ座っているだけ。 魔力を放出しているわけでも、殺気を放っているわけでもない。 なのに、直視できない。
本能が、激しく警鐘を鳴らしている。 草食動物がライオンの前に立った時のような、絶対的な「死」の予感。 ガレオンたちの魂が、震えていた。 ――動くな。目を合わせるな。さもなくば、喰われるぞ。
「……主。回収した廃棄物です」
アレスが恭しく一礼し、シンに報告した。 あの傲岸不遜な『紅蓮の獅子』が、まるで忠実な家臣のように頭を垂れている。 その事実が、玉座の男の異常性を何よりも雄弁に物語っていた。
「……ご苦労」
シンが短く、低く呟く。 その瞬間。
「ハッ!!」
四人の怪物が、一糸乱れぬ動きでその場に跪いた。 カッ、と鎧の音が重なり、深い敬礼を捧げる。 その光景は、宗教的な儀式のように美しく、そして絶望的だった。
(あ、ありえない……)
セレンはガタガタと震え、呼吸を忘れた。 あの四人は、一人一人が国を滅ぼせるほどのAランク冒険者だ。 それが、この男の前では「ただの駒」に過ぎないというのか。 ならば、この男は一体何だ? Sランク? いや、そんな既存の枠で測れる存在ではない。 これは――
「……見ろ」
シンの声が、静寂を切り裂いた。 命令口調ですらない。ただの単語。 だが、三人の体は糸で操られる人形のように、強制的に顔を上げさせられた。
真紅の瞳と、視線が交差する。 瞬間。 ガレオン、セレン、クロウの脳内に、鮮烈なイメージが流れ込んだ。
――自分が、解体されるビジョン。 ――魂ごと、咀嚼される感覚。 ――抵抗など無意味な、絶対的な「無」への回帰。
恐怖が限界を超えた時、人は叫ぶことさえ忘れる。 逃げることも、戦うことも許されない。ただ嵐が過ぎ去るのを待つ石になるしかないのだ。
「あ……ぅ……」
ガレオンの喉から、空気の漏れるような音がした。 かつて「ネメシスの鉄壁」と謳われたプライドは、粉々に砕け散っていた。 勝てない。逃げられない。逆らえない。 理解してしまった。 自分たちは「井の中の蛙」ですらなかった。 深淵の縁に立つ、ただの羽虫だったのだ。
「三匹とも、素材としては悪くない」
シンは値踏みするように目を細めた。
「だが、身の程を知らぬ無能はいらない。……選べ」
シンが指を二本立てる。
「ここで死んで、ただの肉塊として俺の蜘蛛の餌になるか。それとも――」
言葉の続きを待つまでもなかった。 生きたい。 その原初的な欲求だけが、彼らの体を突き動かした。
ガタガタと崩れ落ちるように、三人は床に額を擦り付けた。 涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、必死に声を絞り出す。
「服従……しますッ! 何でもしますッ!!」 「ど、どうかお慈悲を……! 一生、貴方様の奴隷になりますからぁッ!!」 「俺の命、捧げます……! だから、殺さないでくれぇぇッ!!」
無様な命乞い。 だが、誰もそれを笑わない。 神の前では、人は等しく無力なのだから。
シンは満足げに口角を上げた。 その笑みは、慈悲深い王のようであり、同時に獲物を網にかけた蜘蛛のようでもあった。
「よろしい。その忠誠、受け入れよう」
シンが指を鳴らす。 それは、彼らが『レギオン・アラクネ』の末席に加えられた瞬間であり―― 同時に、人間としての平穏な日常が終わった合図でもあった。
こうして、ネメシスの裏社会を統べる最強の布陣。 『十王』の全ての駒が、盤上に揃ったのである。
本日も最後まで読んでいただき、ありがとうございます! ついに……「わからせ」完了です。 前回まで「自分たちが最強」だと信じていたガレオンたちが、本物の怪物を前にして、恐怖と本能でガタガタ震えて命乞いをする姿。 書いていて、一番筆が乗る瞬間でした(笑)。
これで、知略のネモ、技術のヴォルカン&シノ、資金のジェイド、権力のヴィンセント、そして武力の3人が揃い、組織の基盤がガッチリと固まりました。 最強の布陣となったシンの組織が、これからどう世界を侵食していくのか。 これからの展開にも、ぜひご期待ください!
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