case15 一人にしないでくれ
握られた姉ちゃんの拳は震えていた。
怒りに耐えているのか、悲しみに耐えているのか分からない表情で俺を見る。俺と同じ、赤い瞳が俺をしっかりと映した。
「アンタと仲がよかったって言う、警察学校時代の同期の子のことも、アンタが苦手そうなのに仲良くなった亜麻色の髪の子も……空君も。私、見たことがあるんだよ。アンタは、そこまでアタシ達に話さなかったかもだけど、偶然街で見かけたんだ」
「……」
「アンタすっごく楽しそうな顔して、中学生ぐらいの男子みたいなバカやって楽しい、みたいな顔してた。凄く、空君含めた3人のこと大事だったんでしょ」
と、姉ちゃんは言う。
本当に何処で見られていたんだと思うぐらいに、しっかりと特徴も言って、姉ちゃんの言っていることが嘘ではない事が分かった。
だが、それを言って何になるのだろうかと。
確かに、家に喪服を取りに行くために戻ったことはあったが誰の葬式とも、まず鉢合わせないように、顔を合わせても喪服を持って出ていくことをバレないよう配慮した。なのに、何故あの神津と明智が死んだことを知っているのだろうかと。
「アンタは隠してるつもりだっただろうけど、こっちは全部知ってんだからね。知ってて何も言わなかった。そりゃあ、面識がなかったからさ。でも、弟であるアンタによくしてくれた友達とあれば、葬式にも通夜にも出ただろうね」
「何が言いたいのかさっぱり、俺にはわかんねぇ」
そういえば、姉ちゃんは「だから」と続ける。
今度こそ、俺は言葉を失った。
姉ちゃんは泣き出しそうな、でも泣くまいと堪えるような声で言った。
俺よりも辛くて、苦しくて堪らないと言うように。俺はその言葉をただ聞いていることしか出来なかった。だって、その通りだったから。
「アンタが泣かなかったの、腹立ったの。アンタが泣き虫なこと知ってるから」
「ああ……」
そんなことか……と俺は視線を逸らした。
神津の時は、明智が1番悲しいだろうと思って泣かなかった。明智の時は、空が悲しむだろうと思って泣かなかった。今回、空の時は、空の家族に申し訳ない気がして泣か
ないと決めていた。
涙が枯れた非情な人間ではない。ただ我慢しているのだ。
それを真っ正面から指摘され、俺は面倒くさいと思った。姉ちゃんの熱いところは俺も似ているし、逆の立場だったら言っただろう。だが、この立場だからこそいって欲しくなかった。泣きたい気持ちでいっぱいなのを、どうにか溢れないようにそっと抱いているのだから。
「ああって、アンタが無理してるのを見るのがこっちは辛いの。アンタ達は『親友』であることを選んだかも知れない。でも、アンタは後悔してるんでしょ」
「後悔……?」
「それだけじゃない。もっと色々沢山、後悔してもしきれないぐらいにいっぱい」
と、姉ちゃんは必死に言った。姉弟喧嘩でもしているのかと白い目で見られたが、姉ちゃんは止らなかった。
姉ちゃんの言うとおり、後悔など数えだしたら止らなかった。
神津の時も、明智の時も、空の時も。
沢山後悔してきた。かけたい言葉、気づけばよかったこと、しておけばよかったこと……そんなの数えだしたら切りがない。沢山後悔して、我慢して、前を向こうと泣き虫な自分を殺そうとした。でも――――
「後悔なんていっぱいしてるに決まってんだろうが!」
俺は叫んだ。
塞き止めたものがあふれ出したように、あの喧嘩の時よりも酷く感情があふれ出す。
「当たり前は当たり前だと思っていた、ずっととか永遠もあるものだと思っていた。でも現実はそんな甘くなかった。あの時、神津とダチになれてよかったとか、明智のいつもと違う様子に気づけばよかった、空をもっと抱きしめて、キスすればよかった。本当はなれるのなら恋人にだってなりたかった!俺は、俺は……何で俺だけ置いていかれなきゃいけないんだよ!」
それは、ずっとずっとしまい込んでいたものだった。
出てくるなと釘を刺していたもの、だがそれが一気に決壊して、止まることなく流れていく。
空がいなくなった事実を受け止めきれていないのは自覚している。
もう会えないと分かっている。
でも、認めたくなくて、受け入れたくなかった。
だから、こんなにも苦しいのだ。
空がいないことが、こんなにも寂しい。
神津に言えなかった言葉を後悔してる。明智の変化に気づいていればもっと頼って貰えたかもと後悔している。彼奴らにかけたい言葉は沢山あった、伝えたい思いも沢山あった。でももう何も届かない。
俺を置いて3人とも逝っちまった。
泣かないと意地を張っていたくせに、叫び散らかした後には涙で視界は歪み、目からも鼻からも水が洪水のように流れ出ていた。それは止ることもなくて、俺は親とはぐれてしまった子供のように泣いた。
「アンタは、無理に我慢しなくていい。誰かが悲しむから泣かないとか、そんな頑固にならなくて良い。元々アンタは、格好悪くて泣き虫なんだから。格好つけなくていい。澪、泣けば良いんだよ」
ギュッと正面から姉ちゃんに抱きしめられ、周りの目なんて気にせず俺は年甲斐もなく泣いた。
溢れた思いは止らなかった。でも、それをすくってくれる人はもういない。
「空ぁ、空ぁああ――――ッ!」
俺はその日、火葬が終わるまで泣き続けた。赤く目は充血し腫れ、声もからからに枯れてしまっていた。
雨は優しく、静かに降り続けていた。




