ep.3 距離感
幹線道路からそれて、線路沿いの古い倉庫の前でバイクを止めた。
コンクリートの壁は黒ずみシャッターには錆が浮いている。見慣れた風景。
涼子は、俺のバイクの後ろにピッタリ着けて停車した。
バイクを降りて黒いクーペの運転席に近づいて行くと、涼子は運転席側の窓を開けた。
「ここなら駐禁、来えへんから」
涼子に声を掛ける。
「ここ? うん。わかった。ちょっと待ってね」
涼子は車の窓を閉めドアを開けると、手にしていたハイヒールを地面の上に並べる。
スニーカーを脱ぎ、体をひねって両足を外に出し、細い足首にハイヒールを履かせる。
その動きが無駄にゆっくりに見えた。
「お待たせ」と言うと、『カツン』と乾いた音を鳴らして立ち上がった。
冷えた空気の中で、その音だけがはっきり耳に残る。
駐車した所から道を渡り、さびれた商店街へと歩いた。シャッターの降りた店が多くてアーケードの下は少し薄暗い。
「どこ行くの?」
「俺のいつも行ってるとこ」
「こんなトコに商店街あったんやね」
「いかにも下町って感じやろ。涼子みたいなんはけえへんやろ」
「『涼子みたいなん』ってなに?」
「涼子って、表通りの明るくて華やかなトコにしか行けへん感じやん」
「そんな事ないよ。さっきも住む世界が違うとか何とか……。あたしのこと、どんな風に見えてんのよ」
商店街の中ほどまで歩き、『お好み焼き』ののれんが掛かった店の前で足を止める。ソースと出汁の匂いが外までふわっと漂ってきた。
店の扉をガラガラっと開けて、
「おかあちゃん、二枚焼いてー」
と言い、カウンター席に腰掛けた。
「はい、いらっしゃ…… あ! コウちゃんか! はいはい二枚ね。で? 誰よそのベッピンさんは?」
「あ、そこでナンパして来た」
「あんた、こんなトコに連れて来やんと、もっとシャレたトコ行かな逃げられるよ」
「嘘うそ。順子さんの友達よ」
「あー、ジュンちゃんの……。ジュンちゃん今日行ったん?」
「見送り行って来た。そしたらこの人おってメシ行こうって言うから」
「そうやったん。寂しくなるね。で? あんたどうするん?」
「3月までは今のアパートに住めるから。……その後どうしよか?」
笑って言いながら、自分でもその先のことは全然見えてへんな、と思う。
「もう、ちゃんと考えなあかんよ。なんならここの二階に住むか?」
「いやいやいやいや、遠慮しとくわ」
おかあちゃんは「あんたはもう」と言い、
「コウちゃんの事、よろしくお願いしますね」
涼子の方を向いてニコッと笑った。
「なに言っとん? 俺の保護者か!」
鉄板の上でお好みの生地がジューッと音を立てている。ソースの匂いが腹のあたりを直撃した。
「あんた、こないなベッピンさんなかなかおらんで! ジュンちゃんの友達やろ? 仲良くなっとかな!」
「この人『さん』付けろとかめんどくさいし……」
「涼子です。こちらこそよろしくお願いします」
涼子はニコッと笑って、おかあちゃんに軽く頭を下げた。
「涼子、なに言ってんの?」
「なんかそういう流れかな? と……」
「あほか!」
「てか、コウ……なんかあたしの事さけてる?」
「……べつに」
「そかな? なんか距離あるよね?」
「距離って……さっき会ったばっかしやん。それに……」
「それに?」
「あのね、鏡見てみ。どう見ても釣り合ってないやろ。美人のお姉さんと小汚い小僧みたいな」
自分で言いながら、ちょっとだけ本気のことも混ざっていた。
「美人のお姉さん? うそ! それは嬉しいかも」
涼子は嬉しそうにニコニコと笑っている。
「調子乗ったな。俺、タバコ買ってくる」
のれんをくぐって外に出る。
ひんやりとした風が吹きつけて来た。火照った頬を一気に冷ましてくれる。
タバコを買って店の前まで戻ると、美味そうなソースの焼けた匂いが漂ってきた。
二人の楽しげな笑い声が聞こえる。
店の中だけ、少しあったかい世界みたいやった。
「コウ、せっかく知り合ったんやし、もうちょっと仲良くしよー」
そんなふうに真っすぐ言われると、どこを見ていいか分からん。
「え? なに? どうゆうこと? 別に避けてないし」
「そうなん?」
「避けてはないけど……涼子、俺みたいのと仲良くなってもメリットなくない?」
「そんな事ないよー。怖いもの見たさみたいな」
「なんやそれ」
「まぁいいやん。今まであたしの身近にいなかったタイプ。興味津々」
「どんな理由やねん」
お好み焼きを食べ終え、カウンターの上に代金を置いて、
「おかあちゃん、また来るわ」
と言い席を立つ。腹も落ち着いたけど、胸のあたりだけはまだざわざわしていた。
涼子のほうを向いて、
「涼子、ひまやったら、ちょっと付き合ってくれへん?」
と言い店を出た。




