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ここにいた  作者: KOH
3/4

ep.3 距離感

 幹線道路からそれて、線路沿いの古い倉庫の前でバイクを止めた。


 コンクリートの壁は黒ずみシャッターには錆が浮いている。見慣れた風景。


 涼子は、俺のバイクの後ろにピッタリ着けて停車した。

 バイクを降りて黒いクーペの運転席に近づいて行くと、涼子は運転席側の窓を開けた。


「ここなら駐禁、来えへんから」

 涼子に声を掛ける。


「ここ? うん。わかった。ちょっと待ってね」


 涼子は車の窓を閉めドアを開けると、手にしていたハイヒールを地面の上に並べる。


 スニーカーを脱ぎ、体をひねって両足を外に出し、細い足首にハイヒールを履かせる。


 その動きが無駄にゆっくりに見えた。


「お待たせ」と言うと、『カツン』と乾いた音を鳴らして立ち上がった。


 冷えた空気の中で、その音だけがはっきり耳に残る。


 駐車した所から道を渡り、さびれた商店街へと歩いた。シャッターの降りた店が多くてアーケードの下は少し薄暗い。


「どこ行くの?」


「俺のいつも行ってるとこ」


「こんなトコに商店街あったんやね」


「いかにも下町って感じやろ。涼子みたいなんはけえへんやろ」


「『涼子みたいなん』ってなに?」


「涼子って、表通りの明るくて華やかなトコにしか行けへん感じやん」


「そんな事ないよ。さっきも住む世界が違うとか何とか……。あたしのこと、どんな風に見えてんのよ」


 商店街の中ほどまで歩き、『お好み焼き』ののれんが掛かった店の前で足を止める。ソースと出汁の匂いが外までふわっと漂ってきた。


 店の扉をガラガラっと開けて、

「おかあちゃん、二枚焼いてー」

 と言い、カウンター席に腰掛けた。


「はい、いらっしゃ…… あ! コウちゃんか! はいはい二枚ね。で?  誰よそのベッピンさんは?」


「あ、そこでナンパして来た」


「あんた、こんなトコに連れて来やんと、もっとシャレたトコ行かな逃げられるよ」


「嘘うそ。順子さんの友達よ」


「あー、ジュンちゃんの……。ジュンちゃん今日行ったん?」


「見送り行って来た。そしたらこの人おってメシ行こうって言うから」


「そうやったん。寂しくなるね。で? あんたどうするん?」


「3月までは今のアパートに住めるから。……その後どうしよか?」

 笑って言いながら、自分でもその先のことは全然見えてへんな、と思う。


「もう、ちゃんと考えなあかんよ。なんならここの二階に住むか?」


「いやいやいやいや、遠慮しとくわ」


 おかあちゃんは「あんたはもう」と言い、

「コウちゃんの事、よろしくお願いしますね」

 涼子の方を向いてニコッと笑った。


「なに言っとん? 俺の保護者か!」


 鉄板の上でお好みの生地がジューッと音を立てている。ソースの匂いが腹のあたりを直撃した。


「あんた、こないなベッピンさんなかなかおらんで! ジュンちゃんの友達やろ? 仲良くなっとかな!」


「この人『さん』付けろとかめんどくさいし……」


「涼子です。こちらこそよろしくお願いします」

 涼子はニコッと笑って、おかあちゃんに軽く頭を下げた。


「涼子、なに言ってんの?」


「なんかそういう流れかな? と……」


「あほか!」


「てか、コウ……なんかあたしの事さけてる?」


「……べつに」


「そかな? なんか距離あるよね?」


「距離って……さっき会ったばっかしやん。それに……」


「それに?」


「あのね、鏡見てみ。どう見ても釣り合ってないやろ。美人のお姉さんと小汚い小僧みたいな」

 自分で言いながら、ちょっとだけ本気のことも混ざっていた。


「美人のお姉さん? うそ! それは嬉しいかも」

 涼子は嬉しそうにニコニコと笑っている。


「調子乗ったな。俺、タバコ買ってくる」


 のれんをくぐって外に出る。

 ひんやりとした風が吹きつけて来た。火照った頬を一気に冷ましてくれる。


 タバコを買って店の前まで戻ると、美味そうなソースの焼けた匂いが漂ってきた。


 二人の楽しげな笑い声が聞こえる。

 店の中だけ、少しあったかい世界みたいやった。


「コウ、せっかく知り合ったんやし、もうちょっと仲良くしよー」


 そんなふうに真っすぐ言われると、どこを見ていいか分からん。


「え? なに? どうゆうこと? 別に避けてないし」


「そうなん?」


「避けてはないけど……涼子、俺みたいのと仲良くなってもメリットなくない?」


「そんな事ないよー。怖いもの見たさみたいな」


「なんやそれ」


「まぁいいやん。今まであたしの身近にいなかったタイプ。興味津々」


「どんな理由やねん」


 お好み焼きを食べ終え、カウンターの上に代金を置いて、

「おかあちゃん、また来るわ」

 と言い席を立つ。腹も落ち着いたけど、胸のあたりだけはまだざわざわしていた。


 涼子のほうを向いて、

「涼子、ひまやったら、ちょっと付き合ってくれへん?」

 と言い店を出た。

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