【BL異世界小説】花嫁は知らない世界で咲く 第六話 「妻の前で見せ場を作ること」
山を下り、村へ戻る。
村の入口に一番近い家。
そこが俺と朝日の家だった。
村の外れに建つ、小さな藁葺きの家。
庭は広くないが、脇には野菜を育てられる程度の畑が付いている。
この家は、父が分家する時に用意してくれたものらしい。
元の藤原蒼が、
「甥や姪の泣き声がうるさい」
と何度も家で暴れた結果、仕方なく家を分けたのだという。
……本当にどうしようもない。
家一軒建てるだけでも、父はかなり無理をしたらしい。
兄嫁たちが面白く思っていないのも当然だ。
「……その借りは返さないとな」
俺は心の中で小さく呟いた。
まだ金はない。
でも、いつか必ず返そう。
そう思いながら家へ近付くと、庭先の藁むしろに小さな人影が見えた。
朝日だ。
擦り切れた着物を膝に広げ、針を動かしている。
縫っているのは……
俺の着物だった。
「……」
あいつ。
ここまで酷い扱いを受けても、まだ俺の着物を繕ってくれるのか。
胸が少し痛くなる。
俺に気付いた朝日は顔を上げた。
そして。
俺の背中いっぱいの竹籠を見るなり、目を丸くする。
「……!」
慌てて立ち上がり、籠を受け取ろうと駆け寄ってきた。
「だ、大丈夫です。持ちます……!」
「いやいや」
俺は笑いながら首を振る。
「重いから俺が下ろす」
どすん。
竹籠を庭へ下ろす。
「それよりさ」
俺はもう我慢できなかった。
子どもが親へ戦利品を見せるみたいに、籠の中を広げる。
「今日は大当たりだぞ!」
まずは大きな雉。
続いて葉っぱに包んだ雉の卵。
さらに、籠いっぱいの筍。
「見て見て!」
朝日は口をぽかんと開けた。
「す……すごい……」
その声には、素直な驚きが滲んでいた。
「筍……」
朝日は籠を覗き込み、小さく呟く。
「この前、僕が行った時はもう残っていませんでした……」
「そりゃ村の近くだろ?」
俺は少し得意げに胸を張る。
「もっと奥まで入ったんだよ」
「山の奥……?」
朝日の瞳がさらに大きくなる。
尊敬。
そんな感情が少しだけ混じっている気がした。
「えへへ」
思わず鼻を擦ってしまう。
三十歳のおっさんなのに。
褒められると普通に嬉しい。
「あ、そうだ」
俺は籠の上へ大事に乗せていた葉包みを取り出した。
「これ」
朝日の手へそっと乗せる。
「食べてみ」
葉を開く。
中には真っ赤な野いちごが並んでいた。
「山で採れたんだ。ちゃんと沢の水で洗ってある」
朝日は固まった。
手に持ったまま動かない。
……食べない。
いや。
食べられないんだ。
きっと、俺が先に食べろと言うまで勝手に口へ入れたことなんて一度もないんだろう。
俺は苦笑した。
「もう」
野いちごを一粒つまむ。
そのまま朝日の口元へ運び――
「はい」
ぱくっ。
小さな口が反射的に開いた。
朝日は目を丸くしたまま固まる。
数回もぐもぐと噛んで。
やがて。
「……あまい」
小さく呟いた。
その瞬間。
ぱっと花が咲くように表情が柔らかくなる。
「すごく……甘いです」
「だろ?」
俺まで嬉しくなる。
藁むしろの上には。
山で採ってきた筍。
大きな雉。
雉の卵。
そして真っ赤な野いちご。
朝日は何度もそれらを見ては、また俺を見る。
まるで夢でも見ているような顔で。
そして最後には。
信じられないものを見るような目で、自分の夫をじっと見つめ続けていた。




