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【BL異世界小説】花嫁は知らない世界で咲く 第五話 「山登り」

食事を終えると、俺は玄関に置かれていた竹籠を背負った。


「スマホがあったら、写真撮りまくってただろうな」


竹籠を背負って山へ入る。


そんな生活は、前世で一度はやってみたいと思っていた憧れの一つだった。


都会では絶対に味わえない体験だ。


「朝日、留守番頼むな」


朝日は何も言わず、小さく頷いた。


その拍子に、擦り切れた着物の裾が揺れる。


……ぼろぼろだ。


俺の着物も継ぎ当てだらけではあるが、朝日のものはそれ以上だった。


家の中には金らしい金もない。


一文たりとも。


まずは金を稼ぐ方法を考えなければ。


歩きながら、この世界の貨幣制度を思い返す。


古い日本と同じで、物々交換が基本。


税も米や塩、布、海産物で納める。


それすら払えない農民は労役が税になる。


貨幣は存在する。


銅貨。


銀貨。


金貨。


だが普段使うのは銅貨だけだ。


港や町で荷運びをすれば、一日二十文ほど。


白米一斗で百文。


粟なら五十文。


俺と朝日の二人暮らしなら、一年分の粟だけなら四百文ほどで足りる計算になる。


もちろん毎日粥生活だけど。


塩は高い。


一合ほどで十五文。


山菜を採りながら生活するとしても、一年六百文くらいは欲しい。


銀貨一枚あれば、かなり楽になる。


父たちの家は二反ほどの田畑を持っている。


豊作なら年間八〜十枚ほどの銀貨相当にはなるが、税を納め、六人で暮らせば余裕など残らない。


「農民って、本当に大変なんだな……」


山道を歩きながら考える。


元の藤原蒼の記憶を探っても、役に立つ情報はほとんど出てこない。


働かない。


遊ぶ。


酒。


博打。


それだけ。


朝日は村の裕福な家で鴨番をして、一日二文ほど稼ぐことがあるらしい。


その金も、全部この身体の持ち主が取り上げていた。


「本当に最低だ」


思わず呟いてしまう。


山菜でも採って町で売るか?


今いる村は、前世の故郷によく似ていた。


近くの山も『朝霧山』。


村の名前は加野村。


町は矢野町。


さらにその上には奈良という大きな町がある。


どこか懐かしくて。


どこか少しだけ違う。


そんな世界だった。


二時間歩けば矢野の市場へ着くらしい。


山へ入ると、景色が一変した。


竹林のあちこちから、小さな筍が顔を出している。


「おお……!」


春だ。


春の筍だ。


ここまで奥へ入る人は少ない。


山が深く、猪や蛇が出るからだ。


そのおかげで、誰にも採られていない。


見渡す限り筍だらけだった。


「これは当たりだ」


俺は籠から古びた鍬を取り出し、一つずつ丁寧に掘り始めた。


土は柔らかい。


夢中になって掘っているうちに、竹籠はあっという間にいっぱいになった。


「ふぅ……」


額の汗を拭う。


朝は粥しか食べていない。


さすがに腹が減った。


周囲を見回すと、小さな赤い実が目に入った。


野いちごだ。


鳥につつかれた跡もある。


「食べられるな」


一粒口へ放り込む。


「……甘っ!」


思わず笑みがこぼれた。


その瞬間。


家で留守番している小さな少年の顔が浮かぶ。


「朝日にも食べさせてやろう」


俺は大きな葉を数枚摘み、その上へ野いちごを丁寧に並べて包む。


籠の一番上へそっと置いた。


喜んでくれるかな。


そんなことを考えながら歩いていると、柿によく似た木が目に入った。


まだ青い実ばかりだ。


確認しようと木へ登りかけた、その時だった。


「……!」


少し離れた藪の中。


一羽の雉が身を潜めていた。


今はちょうど抱卵の季節。


「運がいい」


現代日本なら保護鳥。


もちろん捕まえたりしない。


でも、ここは違う。


俺は静かに木から降りる。


拳ほどの石を拾い上げた。


小学生の頃は野球部。


中学から高校までは弓道部。


狙いを定めるくらい朝飯前だ。


息を止める。


振りかぶる。


投げる。


ヒュッ――


風を切る音が一瞬だけ響いた。


ゴッ。


石は雉の頭へ正確に命中した。


鳴き声一つ上げることなく、その場へ倒れる。


「よし」


俺は駆け寄り、雉を回収する。


巣には卵が十個。


どれも傷一つない。


「今日は大収穫だな」


筍。


野いちご。


雉。


雉の卵。


籠はすっかり春の恵みでいっぱいになっていた。


自然と足取りも軽くなる。


俺は笑顔のまま、山を下り始めた。


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