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【BL異世界小説】花嫁は知らない世界で咲く 第一話 「次の停留所はカノ村入口です」

「――次は、加野村入口。加野村入口です」


車内に流れたアナウンスを聞き、俺――藤原ふじわら そうはスマホから顔を上げた。


遊んでいたゲームを終了し、スマホをポケットへしまう。


今夜からは、誰にも邪魔されず思う存分ゲーム三昧だ。


年に一度しかない年末年始の長期休暇。


そう思うだけで、自然と口元が緩んでしまう。


今年で三十歳。


独身、恋人なし。


東京にある中堅IT企業で働く、どこにでもいるシステムエンジニアだ。


八歳の頃に両親を事故で亡くし、それ以来は叔父夫婦の家で育った。


優しい人たち……とは正直言えない。


それでも、両親が残してくれた遺産のおかげもあって、大学を卒業するまで面倒だけはちゃんと見てもらえた。


だから、感謝もしている。


従妹は一人。


俺みたいな異世界オタクではなく、生粋のBLオタクだ。


……まあ、俺がゲイだなんて知ったら卒倒するだろうけど。


もちろん、その秘密を知っているのは俺と神様くらいのものだ。


東京駅から新幹線で京都へ。


京都から特急で奈良。


さらにローカルバスで一時間以上。


実家のある加野村へ帰るだけで、ちょっとした旅行並みの距離になる。


長時間の移動で、身体はもうくたくただ。


バス停は村の入口。


祖母の家――今は叔父一家が住んでいる家までは歩いて十分もかからない。


若い男の足なら散歩程度の距離だ。


この村は一軒一軒の敷地が広く、畑や田んぼも多い。


家同士の間隔もかなり空いている。


人口は今では千人にも満たない。


近くには朝霧山が静かに村を見守るようにそびえ立ち、時間そのものがゆっくり流れているようだった。


時刻は午後三時。


とはいえ十二月の終わり。


冬の日差しは弱く、畑で作業している人影も見当たらない。


家の前まで来たが、誰もいない。


買い物にでも出掛けているのだろう。


合鍵は持っているので、気にせず玄関を開ける。


荷物を置き、手を洗い、部屋着へ着替える。


さて、電話でもしてみるか。


そう思った瞬間だった。


着信音が鳴る。


画面には従妹の名前。


「もしもし?」


『お兄ちゃん、今どこにいると思う?』


「街に買い物?」


『ぶっぶー。不正解。玄関開けてみて』


「え?」


車の音なんて聞こえなかったけど。


不思議に思いながら玄関の引き戸を開ける。


……誰もいない。


「誰もいないぞ?」


『ちゃんと開けた?』


「開けたって」


『どこの玄関?』


「どこのって……うちの玄関だけど?」


『え……お兄ちゃん、もしかしてもう村に帰ってるの!?』


「ああ。休みだからな」


数秒の沈黙。


そして、


電話の向こうから叔父と叔母の笑い声が聞こえてきた。


『私たち、お兄ちゃんを驚かせようと思って東京まで来たのに、今マンションの前なんだけど!』


「あー……俺もそっちを驚かせようと思って帰ってきた」


完璧にすれ違った。


ここまで見事だと笑うしかない。


「今日は東京で泊まってくれ。合鍵は郵便受け。暗証番号は俺の誕生日」


『了解ー』


「あ、それと俺の部屋のヒーター壊れてるから、従妹の部屋にあるやつ借りるぞ」


『いいよー。でも部屋は漁らないでね』


「俺を何歳だと思ってる」


「じゃ、ゲームしたいから切るぞ」


電話を切る。


夕飯にはまだ早い。


俺はヒーターを取りに従妹の部屋へ向かった。


……


相変わらず女の子らしさの欠片もない部屋だった。


化粧品もぬいぐるみも花もない。


あるのは漫画。


床一面に漫画。


「散らかしすぎだろ……」


昔から放っておけない性格だ。


洗濯物を洗濯かごへ放り込み、床に散らばる漫画を拾って本棚へ戻していく。


もちろん全部BL。


「アルファ……オメガ?」


聞いたことのない単語が気になって、一冊開いてみた。


……


男が妊娠して子どもを産む世界。


「…………」


「え、今こんなのあるの?」


キャラクターも驚くほど可愛い。


気付けば俺はヒーターのことなど忘れ、ベッドへ寝転び、夢中になってページをめくっていた。


面白い。


普通に面白い。


そして物語はいよいよクライマックスへ――


その時だった。


ゴゴゴゴゴ……


突然、ベッドが大きく揺れた。


「地震?」


本棚に並べたばかりの漫画が次々と落ちてくる。


まあ、そのうち収まるだろ。


そう思った次の瞬間。


ミシッ……


天井が、割れた。


「……え?」


二階の床ごと。


俺の真上へ落ちてきた。


「……終わった」


逃げられない。


いや、それより。


最後まで読めなかった。


結局オメガくんは男の子を産むのか、女の子を産むのか。


……俺も、あんな可愛いオメガが恋人だったら幸せだったのかな。


それと。


俺の死体が従妹の部屋から見つかったら――


あいつ、部屋を漁ったって怒るかな。


それとも、泣いてくれるかな。


そんなことを考えているうちに。


激しい痛みとともに、俺の意識はゆっくりと闇へ沈んでいった。


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