表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/13

【BL異世界小説】花嫁は知らない世界で咲く 第十一話 「ラード作り」

ヤノ町から家へ戻る道は、昼近い日差しのせいで少しずつ暑くなり始めていた。


竹籠の中には、粟一斗。


豚肉の包み。


骨。


内臓と筋。


そして塩一合。


残った金は、銅貨二十五枚ほど。


「今日は商売成功って言っていいな」


俺は満足げに呟いた。


隣を歩く朝日は、まだ小さな銭袋を両手で大事そうに抱えている。


朝日にとって銅貨百枚以上なんて、夢の中でも見たことがない額だったのだろう。


その大半をあっという間に使ってしまったことに、少し胸を痛めているようにも見えた。


「蒼様……」


「ん?」


「このお金、本当に僕が持っていていいんですか?」


俺は笑った。


「当たり前だろ。二人で稼いだ金なんだから」


朝日は俯く。


「僕は……何もしていません」


「誰がそんなこと言った?」


俺は足を止めた。


「朝日がいなかったら、俺一人であんなに手際よく売れなかった」


「金を預けたのも、朝日を信じてるからだ」


「それに家だって、朝日がいるから綺麗に保たれている。着物だって、いつでも着られるように直してくれてる」


「だからこれは、俺たち二人で稼いだ金だ」


朝日の丸い目が、ゆっくりと大きくなる。


炊事や洗濯は、女や宿人がして当然。


きっとこの世界では、そう考えられている。


けれど当然の仕事なんてない。


誰かがやっているから、生活は回っている。


朝日は今まで「役立たず」と言われることはあっても、そんなふうに言われたことはなかったのだろう。


小さな手が、銭袋をさらにぎゅっと握った。


家に着くと、俺はすぐに豚肉の包みを開いた。


「蒼様……もう料理するんですか?」


「いや」


俺は包丁を手に取り、三枚肉から脂身を丁寧に切り分ける。


「まずはこっちが先だ」


「脂を……取るんですか?」


「うん」


朝日は不思議そうに見つめている。


この世界では、脂身は肉と一緒に焼いて食べるものらしい。


わざわざ切り分けるのを見たことがないのだろう。


俺は小さな土鍋に脂身を入れ、弱い火へ掛けた。


「火を強くしすぎないように」


「はい……」


しばらくすると。


脂の塊から、透明な液体がじわじわと滲み出してきた。


「……!」


朝日の目が見開かれる。


「これは……?」


「ラードだ」


俺は笑った。


「豚脂を煮出しているんだよ」


「らーど……?」


「これがあれば、野菜を炒められる」


「炒める……?」


また朝日が首を傾げた。


この世界では、肉は焼くもの。


野菜は煮るもの。


油で炒めるという発想は、まだほとんどないらしい。


土鍋の中に溜まった透明な脂を、別の小さな壺へ慎重に移す。


そして鍋底に残った脂身は、少しずつ黄金色に変わっていった。


「これは食べられる」


「本当に……?」


俺は揚げかすのようになった脂身を皿へ移し、塩を少し振る。


「ほら、味見してみ」


朝日は恐る恐る一つ摘み、口へ入れた。


かりっ。


小さな音がした。


外は香ばしく、内側はじゅわっと柔らかい。


「……!」


朝日の目がきらきらと輝いた。


「どう?」


「すごく……すごく美味しいです」


俺は思わず笑った。


「これで驚いてたらまだ早いぞ。明日は卵焼きを作ってやる」


「卵……焼き?」


朝日は今日一日で、知らない言葉をいくつも聞いている。


けれど、その言葉の先には必ず美味しいものがある。


それだけは、少しずつ覚え始めているようだった。


食べ終わった後、俺は市場でもらってきた豚の腸、肝、心臓、筋を取り出した。


水と木灰を使い、丁寧に洗っていく。


朝日は隣に立ったまま、不安そうに見つめていた。


「それ……灰で洗ったら、もっと汚れませんか?」


「大丈夫」


「でも……」


「灰を使うと、ぬめりや臭みが落ちるんだ」


俺は腸を裏返しながら答える。


「ちゃんと下処理すれば、肉より美味いものもある」


「……本当に?」


「大事なのは調理法だよ」


朝日はまだ信じられない顔をしていた。


村では、こういうものは犬の餌。


もしくは捨てるものなのだろう。


俺は内臓を洗いながら考える。


この辺りの人たちは、食材の使い方をあまり知らない。


いや、知らないというより、試す余裕がないのかもしれない。


野菜も少ない。


畑にあるのは大根くらい。


果物も、柿、柚子、梅。


せいぜいそれくらいだ。


けれど。


俺は庭から見える朝霧山を見上げた。


山には、まだ使えるものがあるはずだ。


山菜。


木の実。


香草。


きのこ。


自然を味方にすれば、いくらでも工夫できる。


「明日、少し探ってみるか」


俺の目が自然と輝く。


「朝日」


「はい」


「市場に食事処は何軒くらいあった?」


朝日は少し考えた。


「二軒……三軒くらいです。汁物を売っていました」


「なるほど」


俺の口角が、ゆっくり上がる。


食材を知っている。


料理を知っている。


そしてこの世界には、まだ知られていない味がある。


なら。


金を稼ぐ道は、そこにあるかもしれない。


朝日はまだ何も分かっていない顔で蒼を見ていた。


けれど、蒼のこの笑顔を見るたびに。


不思議と、何か良いことが起こる気がしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ