【BL異世界小説】花嫁は知らない世界で咲く 第十一話 「ラード作り」
ヤノ町から家へ戻る道は、昼近い日差しのせいで少しずつ暑くなり始めていた。
竹籠の中には、粟一斗。
豚肉の包み。
骨。
内臓と筋。
そして塩一合。
残った金は、銅貨二十五枚ほど。
「今日は商売成功って言っていいな」
俺は満足げに呟いた。
隣を歩く朝日は、まだ小さな銭袋を両手で大事そうに抱えている。
朝日にとって銅貨百枚以上なんて、夢の中でも見たことがない額だったのだろう。
その大半をあっという間に使ってしまったことに、少し胸を痛めているようにも見えた。
「蒼様……」
「ん?」
「このお金、本当に僕が持っていていいんですか?」
俺は笑った。
「当たり前だろ。二人で稼いだ金なんだから」
朝日は俯く。
「僕は……何もしていません」
「誰がそんなこと言った?」
俺は足を止めた。
「朝日がいなかったら、俺一人であんなに手際よく売れなかった」
「金を預けたのも、朝日を信じてるからだ」
「それに家だって、朝日がいるから綺麗に保たれている。着物だって、いつでも着られるように直してくれてる」
「だからこれは、俺たち二人で稼いだ金だ」
朝日の丸い目が、ゆっくりと大きくなる。
炊事や洗濯は、女や宿人がして当然。
きっとこの世界では、そう考えられている。
けれど当然の仕事なんてない。
誰かがやっているから、生活は回っている。
朝日は今まで「役立たず」と言われることはあっても、そんなふうに言われたことはなかったのだろう。
小さな手が、銭袋をさらにぎゅっと握った。
家に着くと、俺はすぐに豚肉の包みを開いた。
「蒼様……もう料理するんですか?」
「いや」
俺は包丁を手に取り、三枚肉から脂身を丁寧に切り分ける。
「まずはこっちが先だ」
「脂を……取るんですか?」
「うん」
朝日は不思議そうに見つめている。
この世界では、脂身は肉と一緒に焼いて食べるものらしい。
わざわざ切り分けるのを見たことがないのだろう。
俺は小さな土鍋に脂身を入れ、弱い火へ掛けた。
「火を強くしすぎないように」
「はい……」
しばらくすると。
脂の塊から、透明な液体がじわじわと滲み出してきた。
「……!」
朝日の目が見開かれる。
「これは……?」
「ラードだ」
俺は笑った。
「豚脂を煮出しているんだよ」
「らーど……?」
「これがあれば、野菜を炒められる」
「炒める……?」
また朝日が首を傾げた。
この世界では、肉は焼くもの。
野菜は煮るもの。
油で炒めるという発想は、まだほとんどないらしい。
土鍋の中に溜まった透明な脂を、別の小さな壺へ慎重に移す。
そして鍋底に残った脂身は、少しずつ黄金色に変わっていった。
「これは食べられる」
「本当に……?」
俺は揚げかすのようになった脂身を皿へ移し、塩を少し振る。
「ほら、味見してみ」
朝日は恐る恐る一つ摘み、口へ入れた。
かりっ。
小さな音がした。
外は香ばしく、内側はじゅわっと柔らかい。
「……!」
朝日の目がきらきらと輝いた。
「どう?」
「すごく……すごく美味しいです」
俺は思わず笑った。
「これで驚いてたらまだ早いぞ。明日は卵焼きを作ってやる」
「卵……焼き?」
朝日は今日一日で、知らない言葉をいくつも聞いている。
けれど、その言葉の先には必ず美味しいものがある。
それだけは、少しずつ覚え始めているようだった。
食べ終わった後、俺は市場でもらってきた豚の腸、肝、心臓、筋を取り出した。
水と木灰を使い、丁寧に洗っていく。
朝日は隣に立ったまま、不安そうに見つめていた。
「それ……灰で洗ったら、もっと汚れませんか?」
「大丈夫」
「でも……」
「灰を使うと、ぬめりや臭みが落ちるんだ」
俺は腸を裏返しながら答える。
「ちゃんと下処理すれば、肉より美味いものもある」
「……本当に?」
「大事なのは調理法だよ」
朝日はまだ信じられない顔をしていた。
村では、こういうものは犬の餌。
もしくは捨てるものなのだろう。
俺は内臓を洗いながら考える。
この辺りの人たちは、食材の使い方をあまり知らない。
いや、知らないというより、試す余裕がないのかもしれない。
野菜も少ない。
畑にあるのは大根くらい。
果物も、柿、柚子、梅。
せいぜいそれくらいだ。
けれど。
俺は庭から見える朝霧山を見上げた。
山には、まだ使えるものがあるはずだ。
山菜。
木の実。
香草。
きのこ。
自然を味方にすれば、いくらでも工夫できる。
「明日、少し探ってみるか」
俺の目が自然と輝く。
「朝日」
「はい」
「市場に食事処は何軒くらいあった?」
朝日は少し考えた。
「二軒……三軒くらいです。汁物を売っていました」
「なるほど」
俺の口角が、ゆっくり上がる。
食材を知っている。
料理を知っている。
そしてこの世界には、まだ知られていない味がある。
なら。
金を稼ぐ道は、そこにあるかもしれない。
朝日はまだ何も分かっていない顔で蒼を見ていた。
けれど、蒼のこの笑顔を見るたびに。
不思議と、何か良いことが起こる気がしていた。




