表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/13

【BL異世界小説】花嫁は知らない世界で咲く 第十話 「町市場」


俺は家族全員へ向かって、思い切り首を横に振った。


「何言ってるんだよ」


そして、隣にいる朝日をちらりと見てから言う。


「どうして俺の妻を売らなきゃいけないんだ」


その瞬間。


場の空気が止まった。


母も。


兄たちも。


兄嫁たちも。


そして朝日まで。


全員が、俺を疑わしげに見ている。


……いや、分かる。


俺でも今の発言は少しむず痒い。


妻。


俺の妻。


口に出してから、舌がかゆくなるような感覚がした。


隣の朝日は、耳どころか首筋まで真っ赤になっている。


俺は誤魔化すように笑った。


「筍を売りに行くんだよ」


「筍?」


蓮兄さんが眉を上げる。


「村の近くのはもう採り尽くされてるだろ。どこで採ったんだ?」


俺は蓮兄さんの肩をぽんと叩き、にやりと笑う。


「俺だけが知ってる秘密の場所があるんだよ」


「秘密の場所?」


「小さい場所だけど、誰も入ってなかったから春筍がけっこう採れた」


「蒼」


今度は樹兄さんの声が低くなる。


「それ、まさか山奥じゃないだろうな」


「…………」


「この馬鹿弟。どういう度胸でそんな奥まで入ったんだ」


まずい。


完全に説教の流れだ。


俺はにこっと笑い、籠を背負い直した。


「市場が遅くなるから、そろそろ行くよ!」


「おい、蒼!」


背後から声が飛ぶ。


けれど俺は聞こえないふりをして、朝日の手を取り、足早に藤原家を後にした。


少し歩いてから手を離すと、朝日は三歩ほど後ろへ下がった。


……なぜだ。


怒っているわけでもなさそうなのに、どうして後ろを歩くんだ、この子は。


「朝日」


「はい」


「隣に来て。話しにくい」


朝日は小さく頷いて近付いてきた。


けれど、並んで歩くというよりは、半歩後ろ。


まあいい。


少しずつだ。


「朝日はこの道、よく歩いたことあるのか?」


「はい。祖母がいた頃は、一月に一度くらい、一緒に市場へ売りに行っていました」


「そっか。じゃあ、町市場のこと教えてくれ。どんな場所?」


朝日は不思議そうに俺を見上げた。


まあ、当然だ。


元の藤原蒼は町へ遊びに行く常連だった。


「俺、町には行ったことあるけど、売ったことはないからさ」


少しだけ嘘を混ぜると、朝日は納得したように頷いた。


朝日の説明によれば、町市場は二つに分かれているらしい。


決まった店を構える区画。


そして、空いた場所を早い者勝ちで使う露店区画。


場所取りで揉めないように、税を集める役人が巡回している。


値段は決まっておらず、口約束と交渉がすべて。


銅貨で売買することもあれば、品物同士を交換することもある。


朝日の小さな声を聞きながら、俺は頭の中で計算を始めた。


その時だった。


春霞の向こうから、牛車の音が聞こえてくる。


「若いの。乗っていくかい?」


優しそうな老人が、牛車の上から声を掛けてきた。


加野村から矢野町までは歩いて二時間ほど。


山道と林道を抜けるので、荷物を背負って歩けばかなり疲れる。


本来なら牛車に乗るには一人二文。


二人で四文。


今の俺たちには痛すぎる出費だ。


だが、老人は筍を二本渡すだけで乗せてくれると言った。


ありがたい。


俺たちは牛車に揺られ、思っていたよりずっと早く矢野町へ着くことができた。


市場の入口で老人へ礼を言い、大きく育った筍を二本渡す。


「助かりました」


「なに、こちらも良い筍をもらったからな」


老人と別れ、俺と朝日は露店区画へ急いだ。


山菜売りが集まる一角に、小さな空き場所を見つける。


朝日は背負っていた古い藁むしろを広げた。


古いが、清潔だった。


昨日のうちに日に干し、端も縫い直してある。


本当に、この子は仕事が丁寧だ。


俺は家で洗ってきた大きな葉をむしろの上へ敷いた。


その青々とした葉の上へ、筍を大きさごとに並べていく。


太いものは手前。


中くらいは横。


小さいものはまとめて奥。


それだけで、ただの筍が少し高そうに見えた。


朝日は俺の動きをじっと見ている。


時々、ぽかんと口が開いていた。


春筍は秋の筍より柔らかく、甘みがある。


秋の筍は硬く香りも強いから、漬物や煮物向き。


春筍はそのまま炊き込みご飯にすると最高だ。


前世で祖母や叔母を手伝った経験。


一人暮らしで自炊していた経験。


今になって、こんなところで役立つとは思わなかった。


俺は大きく息を吸い込んだ。


「春筍だよー!」


市場に声を響かせる。


「柔らかくて甘い、採れたての春筍だよー!」


周囲の人がちらりとこちらを見る。


「そこのお兄さんの腕くらい太いのもあるよ! 春の終わりに最後に採れた、柔らかい筍だ! 早い者勝ちだよー!」


隣で朝日の口が、英語のOみたいな形になっていた。


いいんだよ。


売るためには声を出さなきゃいけない。


金を稼ぐって、そういうことだ。


しばらくすると、一人の中年女性が足を止めた。


「若いの、ずいぶん柔らかそうな筍じゃないか」


「はい。朝霧山で採ってきました」


「春筍はもう終わったと思っていたよ。どこまで行ったんだい?」


「季節の終わりなので、少し奥まで入りました」


「なるほどね。だから大きいのに柔らかそうなのか。値段は?」


「大きいものは一本三文です。小さな家なら二食分はありますよ」


「干して保存したいから、五本ほしいね。少しまけてくれないかい?」


「すみません。値引きはできません」


俺は笑顔を崩さず、隣の中くらいの筍を一本持ち上げた。


「その代わり、これを一本おまけします」


女性は少し考えた後、ふっと笑った。


「いいよ。あんたも苦労して採ってきたんだろうしね」


「ありがとうございます!」


俺は筍を丁寧に女性の竹籠へ入れた。


受け取った銅貨は、隣に座る朝日の手元の小さな布袋へ入れる。


「お客さんが来るから、朝日はお金を持ってて」


「ぼ、僕が……?」


「うん。頼んだ」


朝日は信じられないものを見るように、布袋と俺を交互に見た。


けれど最後には、その袋を両手でぎゅっと握り締めた。


その仕草が、なぜかたまらなく可愛く見えた。


それから二時間ほど。


筍は面白いように売れた。


残ったのは小さなものが数本だけ。


手元には銅貨百枚以上。


肩を擦りむきながら運んできた甲斐があった。


俺にとって百文はまだ少なく感じる。


けれど朝日は、ずしりと重くなった布袋を宝物みたいに両手で抱えていた。


「片付けよう。残りはうちで食べよう」


「はい」


「多かったら干し筍にすればいいし」


露店の場所代は二文だけだった。


今の町役人は、かなり良心的らしい。


すでに税は払っているので、俺は手早く店を片付けた。


「よし。家に必要なものを買おう」


食べることが好きな俺にとって、家に食料がないのは大問題だ。


本音を言えば白米が食べたい。


しかし白米は一斗で百文。


しかも金持ち向けなので、一合単位では売っていない。


前世のスーパーが恋しい。


一キロ袋、偉大だった。


仕方なく雑穀屋へ向かう。


粟は貧しい家の主食だから、十合から買える。


十合で五文。


一日二合として計算すれば、一月で六十合は必要だ。


今、手元には百五文ほどある。


俺は胸を張って言った。


「粟を一斗ください」


銅貨五十枚が消えた瞬間、朝日の顔が分かりやすく曇った。


「朝日」


俺は穏やかに言う。


「穀物は毎日食べるものだ。今買わなくても、後で必ず買うことになる。だから大丈夫」


「……はい」


粟の袋を竹籠へ入れる。


十五キロほどだろうか。


今の身体でも何とか運べる。


前世の本当の身体なら、もう少し余裕だったかもしれない。


「次は肉だな」


肉売り場へ行くと、豚肉と山羊肉の店が多かった。


鶏や鴨は生きたまま売られている。


猟師が獣肉を売る日もあるらしいが、今日は見当たらない。


鳳凰国が本物の古代日本でなくて助かった。


もし肉食禁止の時代だったら、俺の食生活はさらに地獄になっていた。


元の蒼の記憶によれば、この世界にはまだ植物油がほとんどない。


使われる油は豚脂くらい。


料理も煮る、焼く、干すが中心。


味は塩味、酸味、苦味。


甘味はあるが、砂糖はかなり貴重だ。


砂糖は隣国の明国から船が来た時にだけ入る。


その船は八か月に一度ほど。


当然、高い。


明国。


現代でいう中国か、もしくは朝鮮半島あたりだろうか。


そんなことを考えながら、俺は豚肉屋へ入った。


「この三枚肉、どれくらいですか?」


店主が肉を量る。


「一斤ちょっとあるな。だが一斤分でいい。二十文だ」


一斤は五百グラムほど。


二人なら悪くない量だ。


でも、肉は高い。


毎日食べるのは無理だな。


「骨はありますか? あと、そこに積んである内臓と筋も買いたいんですけど」


「は?」


店主が変な顔をした。


「冗談か、若いの」


「え?」


「骨は残り二本だけだ。背骨だから肉もほとんどない。三文でいい」


店主はさらに、内臓と筋の山を顎で示す。


「それは何に使うんだ? 家で犬でも飼ってるのか?」


なるほど。


この世界では、内臓や筋を食べる習慣がほとんどないらしい。


俺は一瞬悩み、それから笑顔で嘘をついた。


「はい。犬に」


「なら持っていけ。どうせ捨てるものだ」


「ありがとうございます!」


二十三文で、俺はかなりの量の肉と骨と内臓を手に入れた。


大勝利である。


店を出ると、朝日が不安そうに見上げてきた。


「蒼様……犬を飼うんですか?」


「飼わないよ」


「では……」


「俺たちが食べる」


朝日の顔が固まった。


たぶん今、こう思ったに違いない。


蒼様は、僕に犬の餌を食べさせる気なのだ、と。


大丈夫。


俺を信じろ。


いや、まだ信じられないよな。


次に入ったのは雑貨屋だ。


残りは三十文ほど。


まず塩は絶対に必要だ。


一合で十五文。


高い。


高すぎる。


砂糖は値段を聞く勇気すらなかった。


朝日に新しい着物を一着買ってやりたい。


けれど今の所持金では無理だ。


やはり、安定して稼ぐ方法を見つけなければ。


一日三食が当たり前だった俺にとって、昼を抜くのは耐えられない。


「何か食べよう」


「え?」


朝日が目を丸くする。


「朝ご飯は食べました」


「昼ご飯だと思え」


一日一食すら安定しなかった朝日にとって、昼飯なんて金持ちの習慣なのだろう。


それでも俺に逆らう勇気はないらしく、黙って後ろをついてきた。


市場の軽食は多くない。


焼いた小麦餅。


焼き餅。


豆餡を塗った団子。


干し芋。


干し柿。


少しだけ豚肉が入った汁物。


値段は一文から三文ほど。


俺は甘いものが得意ではない。


けれど、朝日が団子をじっと見ていた。


だから一本買った。


一文。


「ほら、食べな」


「蒼様は……?」


「俺は甘いの苦手」


ならどうして買ったのですか。


そんな視線が返ってきたが、俺は気付かないふりをした。


小麦餅は三枚で二文。


一枚は俺の掌より少し大きい。


粗い粉で作っているから、少し喉に詰まりそうだが、汁物と一緒なら悪くない。


俺は一枚をすぐに食べ、残り二枚は夕飯用に籠へ入れた。


ふと見ると、朝日はまだ団子を持ったまま固まっていた。


「なんで食べないんだ?」


「……可愛くて、食べられません」


団子は米ではなく粟で作られているから、少し茶色い。


決して綺麗な色ではない。


けれど朝日にとっては、十分に特別なのだろう。


もし現代みたいに三色団子や桜色の団子を見せたら、この子は部屋に飾って保存しそうだ。


そう思ったら、笑ってしまった。


俺は朝日の頭をぽんと軽く叩く。


「今は食べな」


「また今度、別の色の団子も作ってやるから」


「……別の、色?」


「うん。楽しみにしてろ」


そう言って、俺は帰り道へ向かって歩き出した。


俺は気付かなかった。


その小さな仕草を見て、近くの人たちが微笑んでいたことに。


そして。


朝日の顔が、団子よりもずっと赤く染まっていたことに。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ