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偏差値は戦である  作者: 受験孔明
スピンオフ
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49/50

スピンオフ③「同じ座標」

# スピンオフ③「同じ座標」


 入学初日。


 掲示板の前で、藤堂優駿は足を止めた。


 クラス分け。


 名前を追う。


(ここか)


 自分の名前は、新高のクラスにあった。


 ひとクラスだけ。


 他のクラスは、中学からの持ち上がり。


 中上がり。


 新高。


 構造は分かりやすかった。


 同じ学校。


 同じ学年。


 だが、同じ地点から始まるわけではない。


(分かれてるな)


 優駿は紙の上をもう一度見る。


 見慣れた名前もある。


 英修館で見た名前。


 模試で見た名前。


 入試会場で見た名前。


 そして。


 森岡悠真。


(来たな)


 特に驚きはなかった。


 来ると思っていた。


 南の最難関を取った時点で、そうなる気はしていた。


 教室へ入る。


 席に座る。


 空気は静かだった。


 誰も浮かれていない。


 入学したことよりも、その先を見ている。


 そんな空気だった。


(当たり前だ)


 ここはゴールじゃない。


 全員が知っている。


 新高の教室には、どこか同じ匂いがあった。


 外から来た者の匂い。


 入試を突破してきた者の匂い。


 だが同時に、まだ学校の内側を知らない者の匂い。


 勝ってここに来た。


 だが、ここではまだ何も持っていない。


 そのことを、全員が薄く理解している。


 窓の外を見る。


 別の教室が見えた。


 中上がり。


 廊下を歩く生徒たちの動きが自然だった。


 教師と話す距離も近い。


 校舎の中の空気に、もう慣れている。


(先にいるな)


 三年間。


 その差は大きい。


 才能ではない。


 時間だ。


 入学式が終わり、最初のホームルーム。


 担任が教室に入ってきた。


「お前らは新高だ」


 最初にそう言った。


 優駿は顔を上げる。


「入試を突破したことは評価する。だが、ここではそれは昨日までの話だ」


 教室が静かになる。


「中上がりは、すでに先を進んでいる。お前らは追う側だ」


(だろうな)


 優駿はそう思った。


 悔しさはない。


 驚きもない。


 ただ、現在地を確認しただけだった。


 追う側。


 それは嫌いではない。


 見えるものがある。


 前にいる者。


 差。


 距離。


 埋めるべき場所。


 何をすればいいかがはっきりする。


 授業が始まる。


 数学。


 教師が黒板に書く。


「ここは前提として知ってるな」


 ペンが動く。


 優駿も書く。


 だが、一瞬だけ分かる。


 この教室全体が、まだ学校の速度に慣れていない。


 何人かの手が止まる。


 何人かが慌てて書き写す。


 何人かは、理解よりも記録を優先している。


(速い)


 それは優駿も感じた。


 入試の速さではない。


 授業の速さ。


 日常の速さ。


 毎日この速度で進むという圧。


 中上がりは、これをすでに知っている。


 新高は、今からここに合わせる。


 昼休み。


 廊下で声が聞こえた。


「新高、きつそうだな」


「まあ、最初はな」


 軽い会話。


 悪意はない。


 ただの事実だ。


(どうでもいい)


 優駿は興味を失う。


 他人の評価など意味がない。


 大事なのは順位だ。


 結果だ。


 そして、その結果をどう使うかだ。


 新高の教室に戻る。


 悠真が席に座っていた。


 ノートを開いている。


 顔は静かだった。


 焦っているようには見えない。


 だが余裕があるわけでもない。


 追う側であることを、もう受け入れている顔だった。


「同じだな」


 優駿が言う。


 悠真が顔を上げる。


「何が」


「追う側」


 一瞬だけ、悠真の目が止まった。


 そして小さく頷く。


「だな」


 それだけだった。


 だが、十分だった。


 放課後。


 優駿は机に向かった。


 新しい教科書。


 新しいノート。


 学校のプリント。


 課題一覧。


(やるだけだ)


 特別なことはない。


 中学の時から、ずっと同じだった。


 小テスト。


 模試。


 校内順位。


 全国順位。


 入試。


 場所は変わる。


 相手も変わる。


 だが、やることは変わらない。


 取る。


 落とさない。


 次へ進む。


 数日後。


 数学の小テストがあった。


 問題が配られる。


 開始。


(取る)


 優駿はすぐに手を動かした。


 迷いは少ない。


 一問目。


 通る。


 二問目。


 少し重い。


 だが止まらない。


 三問目。


 条件を整理する。


 最後まで走る。


 見直す。


(通る)


 ペンを置く。


 結果は、廊下の掲示板に張り出された。


 名前。


 点数。


 順位。


 優駿は上位に自分の名前を見つけた。


(普通だな)


 安心もしない。


 喜びもしない。


 ただ確認する。


 今の位置。


 今の基準。


 今の距離。


 その時だった。


 少し下にある名前が目に入った。


 森岡悠真。


(……来てるな)


 一瞬だけ目が止まる。


 新高の中では明らかに上位。


 全体ではまだ中位。


 だが、入学してまだ数週間。


 それでここまで来ている。


(速い)


 思わずそう思った。


 昔からそうだった。


 追う側の時の悠真は強い。


 中学受験の後も。


 高校受験の時も。


 負けた後の方が伸びる。


 届かなかった場所を見た後の方が、形を変えてくる。


(面倒だな)


 少しだけ笑う。


 だが、嫌ではない。


 むしろ。


 そういう相手の方が面白い。


 廊下で会う。


「どうだ」


 短く聞く。


「普通」


 返ってくる。


 昔と同じ答え。


「だな」


 優駿も返す。


 それだけ。


 それ以上は必要なかった。


 教室へ戻る。


 ノートを開く。


 新しいページ。


 書く。


 位置:上位


 その下に。


 変化:あり


 ペンが止まる。


 窓の外を見る。


 新高の教室。


 中上がりの教室。


 同じ校舎の中に、違う時間が流れている。


 中上がりは前にいる。


 新高は追う。


 そして新高の中でも、追う者と追われる者が生まれ始めている。


(上がってくる)


 感覚で分かる。


 今はまだ差がある。


 だが、このままでは終わらない。


 悠真は来る。


 必ず。


 優駿は静かに息を吐いた。


 追われる側は楽ではない。


 前だけ見ていればいいわけではない。


 後ろから来る足音も聞かなければならない。


 ただし、それは悪いことではない。


 後ろに足音があるから、速度が落ちない。


 前に中上がりがいるから、基準が下がらない。


 同じ座標にいる者がいるから、自分の位置が分かる。


 優駿はノートの端に、もう一行書いた。


 同じ座標


 同じ場所に立っている。


 だが、同じ順位ではない。


 同じ学校にいる。


 だが、同じ時間を生きているわけではない。


 だから面白い。


 ふと、頭の奥に言葉が浮かぶ。


 敵は、前だけにいるものではない。


 優駿は小さく笑った。


「……来いよ」


 誰に言うでもなく呟く。


 問題集を開く。


 ペンを持つ。


(次だ)


 やることは変わらない。


 距離は縮まっている。


 だからこそ。


 面白くなってきた。


 ――スピンオフ③「同じ座標」・完――


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