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偏差値は戦である  作者: 受験孔明
スピンオフ
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48/50

スピンオフ②「これからの戦場」

# スピンオフ②「これからの戦場」


 中学に入って、生活は一気に変わった。


 制服。


 通学路。


 新しい教室。


 新しい先生。


 新しい友達。


(始まったな)


 そう思った。


 小学校とは何もかも違う。


 だが、不思議と嫌ではなかった。


 剣道部に入った。


 理由は単純だった。


 なんとなくやってみたかった。


 それと少しだけ。


(何かやりたかった)


 兄のように、とは思わない。


 だが、何もないままなのは嫌だった。


 道場の匂い。


 竹刀の音。


 汗の匂い。


 大きな声。


「声出せ!」


 打ち込みの音が響く。


 パン。


 パン。


 パン。


(速いな)


 見ているだけで分かる。


 先輩たちは別世界だった。


 最初は全然当たらない。


 竹刀は重い。


 足はもつれる。


 打とうとした瞬間には、もう相手がいない。


「遅い!」


(分かってる)


 何度も言われる。


 何度も打つ。


 何度も外す。


 やり直す。


(難しいな)


 それでも、少しずつ慣れていく。


 同じクラスの男子に言われた。


「お前、あの人の弟だろ」


 兄の名前だった。


「ああ」


「すげえよな」


 相手は当然のように言う。


「うちの兄貴と同じ学校だわ」


(……そうか)


 自分の知らないところで、兄は知られている。


「高校範囲とか普通にやってるらしいし」


(やってるな)


 容易に想像できた。


 夜の机。


 開いた参考書。


 カリ、カリという音。


 ずっと見てきた。


「お前も行くの?」


 突然聞かれる。


 少し考える。


「分からん」


 正直に答えた。


(まだそこじゃない)


 今はまだ。


 部活の帰り道。


 兄のことを思い出す。


(あの人は、ずっと机にいた)


 今なら分かる。


 あれは簡単じゃない。


 毎日続けること。


 負けても続けること。


 勝っても続けること。


 多分、一番難しい。


 部活。


 素振り。


 足さばき。


 打ち込み。


 繰り返す。


 少しずつ。


 本当に少しずつ。


 当たらなかった竹刀が、当たるようになる。


 ある日。


(……あ)


 一瞬だけ噛み合った。


 間合い。


 タイミング。


 体の動き。


(今だ)


 打つ。


 入る。


「いいぞ!」


 先生の声。


(今のか)


 自分でも分かった。


 ただ速く振ったわけではない。


 ただ強く打ったわけでもない。


 相手が動く前。


 自分が入れる場所。


 その一瞬が見えた。


 勉強も似ていた。


 国語。


 長文を読む。


(ここだな)


 文章の中心が見える。


 何を言いたいのか。


 どこが対比なのか。


 どこが具体例なのか。


 どこから筆者の本音に近づくのか。


 なんとなく分かる。


 設問を見る。


(答えはこれだ)


 自然と分かる。


「正解」


(分かる)


 理由は説明できない。


 だが分かる。


 逆に。


 英語は全然分からない。


 単語で止まる。


 文で止まる。


 意味が繋がらない。


(……分からん)


 同じ長文なのに。


 国語とは別の競技だった。


 日本語なら、行間が見える。


 英語になると、目の前に壁が立つ。


 模試を受けた。


 初めての全国模試。


 知らない会場。


 知らない顔。


 知らない学校。


(こういうのか)


 兄が受けていた世界。


 問題が配られる。


 国語。


(読める)


 文章の流れは分かる。


 設問の聞き方も見える。


 迷いは少ない。


 英語。


(無理だな)


 単語で止まる。


 文の形が見えない。


 時間だけが削られる。


 数学。


(普通)


 解けるものは解ける。


 解けないものは止まる。


 特別に悪くもない。


 だが、武器というほどでもない。


 終わる。


 結果が返ってくる。


 紙を見る。


 国語 偏差値78


 英語 偏差値42


 数学 偏差値60


(……すげぇな)


 自分でも思う。


(偏りが)


 苦笑いが出た。


 家に帰る。


 母が言う。


「国語すごいじゃない」


 父も頷く。


「英語はこれからだな」


 兄は結果を見て一言。


「偏ってるな」


(分かってる)


 それは自分が一番分かっていた。


 夜。


 机に向かう。


 結果の紙を置く。


(武器はある)


 国語。


(足りないものもある)


 英語。


 ノートを開く。


 書く。


 現状 偏り


 国語 強


 英語 弱


 数学 普通


 剣道 未熟


 ペンが止まる。


(どうする)


 廊下に出る。


 兄の部屋の前。


 ドアは少しだけ開いている。


 光が漏れている。


 カリ、カリ。


 ペンの音。


(同じだな)


 安心する。


 兄は、勝った後も机にいる。


 負けた後も机にいた。


 選んだ後も机にいる。


 なら、自分も戻ればいい。


 心太は自分の部屋へ戻る。


 椅子に座る。


 英単語帳を開く。


 一ページ目。


 一単語目。


(あの人みたいには、ならない)


 そう思う。


 兄は兄だ。


 自分は自分だ。


 兄の戦い方を、そのまま真似する必要はない。


 兄は盤面を見て、配置で勝つ人だ。


 自分はたぶん、空気や流れを見る方が得意だ。


 剣道でも、国語でも。


 見えた瞬間だけ、体が先に動く。


 だが。


(逃げない)


 それだけは同じでいい。


 単語を見る。


 書く。


 覚える。


 また見る。


 すぐに忘れる。


 もう一度見る。


(面倒くさいな)


 正直に思う。


 だが、閉じない。


 国語だけで勝てるほど、全国は甘くない。


 英語を放っておけば、いつか必ず足を引っ張る。


 それくらいは分かる。


 外は静かだった。


 夜の街。


 誰も知らない。


 だが、その静けさの中で、確かに何かが始まっていた。


 兄が受験という戦場を歩いたように。


 そして、高校という次の戦場へ向かったように。


 今度は――


 心太の番だった。


 ノートの最後に、一行だけ書く。


 目標


 そして少し考えたあと、続けて書いた。


 全国


 自分でも理由は分からない。


 ただ、その言葉を書いていた。


 ペンを置く。


 窓の外を見る。


 遠くの街の灯りが揺れている。


 戦場は、もう用意されている。


 そして。


 物語は、まだ終わらない。


 ――スピンオフ②「これからの戦場」・完――


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