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運命のつがいは鬼畜な上司  作者: 白井夢子
第四章

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20.断食道場の道のりに思うこと


「そろそろ行くか。ほら、乗れよ」


いよいよ断食修行が始まる日の朝、ヒヨクがナナミーに背を向けて、屈んでくれた。


道場までの移動日として、前後に一日ずつ取っていたが、断食修行の話を聞いたヒヨクが送り迎えを申し出てくれた。

ちょうど同じ方面に、同じ日程の出張が入っていたらしい。


奇跡に近いほどの偶然は、ナナミーがヒヨクの運命のつがいだからだろうか。


(断食修行を頑張って、自信あるお腹を手に入れたら、運命のつがいを名乗り出てみようかな……)


少し、そんなふうに考えている。


ナナミーは、これからの10日間、断食修行生活と真剣に向き合うつもりだ。


「よろしくお願いします」


そう声をかけて、ヒヨクの肩に掴まり、体を起こしてスウッ……と息を吸い込んだ。

お腹の引っ込みはしばらくしか続かないが、ヒヨクの背中になるべく体を預けないようにしている。


「……行くぞ」


ヒヨクの低く呟くような声で、ナナミーの断食修行の旅が始まった。



ラニカたちとは現地で会う予定だ。

断食修行にはラニカたちがいるが、他の種族の子たちもきっといる。強い種族の、意地悪な子もいるかもしれない。


男女を問わず参加できる修行だから、男子の参加者もいるはずだ。

運命のつがいがいるナナミーは、つがい以外の異性から好意以上の想いを向けられると、胸がムカムカして気持ちが悪くなってしまう。


ヒヨクの屋敷に居候するようになってから、そんな思いをすることはなくなっていて忘れていたが、ここへ来て少し不安を感じていた。


(『こんな子と一緒にいたら、こっちがトロくさくなっちゃうわ』とか言われるのも怖いし、男の子に『一緒にご飯食べよう』なんて誘われるのも嫌だな……)


そんなことを考えていたら、少し気持ちが重くなって、知らずふう……とため息がもれた。


(でも……)


ナナミーは、被っている帽子をそっと撫でる。


今日被ってきたのは、ヘビの刺繍が入った帽子だ。

ヒヨクの選んでくれた帽子は、もし『その帽子、よこしなさいよ』と言われて取られるのが嫌で、この帽子を選んでいた。

それに、この帽子には迫力のある刺繍が入っている。とぐろを巻いて舌を出すこのヘビの刺繍で、怖い子も嫌な子も遠ざけるつもりだ。


ザッ、ザッ、と歩くヒヨクの足音が聞こえる。

その力強い足音に、ナナミーはどこか安心していた。




* * *




背負った瞬間、背中越しにナナミーがわずかに距離を取ったのが分かった。

ナナミーはまだ、ヒヨクを許すつもりはないらしい。


それとも――


(本気で嫌われたか……?)

(いや、考えるな)

(そんなはずはねえ)


何度も打ち消してきた不安が、またヒヨクの胸に浮かぶ。

心は重く沈んでいった。


今日ナナミーは、ヘビの刺繍が入った帽子を被っている。

これまではヒヨクの選んだ、ツバの広い帽子を被っていたというのに、出かける今日ナナミーが選んだのは、チレッグの選んだ帽子だった。


ナナミーの帽子は、『ヒヨクを選ばない』という意思表示なんだろうか。


(まさか……オレを捨てるつもりか……?)


付き合っていたわけではない。

だが、「上司と部下」という関係以上の絆はあると思っていた。

むしろ――ナナミーはヒヨクのことを想っているとさえ思い込んでいた。


『お前、チレッグを選ぶつもりかよ』


帽子を見た瞬間、問いただしたい思いに駆られたが、聞くことはできなかった。


もしそんなことを聞いて、『そうなんです。実はチレッグ様が好きなんです』なんて言われたら、チレッグを消しに行く衝動を抑えられるはずがない。


ぐっと口を引き結んだまま、ヒヨクは歩き続けた。

背中のナナミーは、今日も歌わない。

ザッ、ザッ、と歩く足音だけがやけに大きく響いていた。



断食道場の建つ森は、それほど離れていない。

何も話さないまま歩くうちに、森が見えてきた。

――もうすぐナナミーを下ろさなくてはいけない。

そう思った矢先だった。


「あ……森だ。ヒヨク様、送ってくれて、ありがとうございます」


まだ森が見え始めたばかりだというのに、もうお礼を告げられた。


『早くオレと離れてえのかよ』

――問いただしたい言葉は、やはり喉に張り付いた。



ゴソ……と背中でナナミーが動く。


(もう下りる準備かよ)


そんな思いで、ぐっと口を引き結ぶと、ナナミーが背中越しに何かを差し出した。


「あの、これ。よかったらどうぞ」


「なんだ?」


受け取った物に視線を向けると、小さな缶だった。

『復刻版!非加熱はちみつアメ』とプリントされている。


「……アメ?」


思ってもいない物を受け取り、目を瞬かせた。


「それ、この前ラニカさんたちと行ったカフェで買ったんです。ベアゴーくんが頼んだ『非加熱はちみつジュース』、すごくおいしいって話してたから。レジ横で見つけて、二つ買っちゃいました」



溢れ出しそうだった怒りが、サッと霧散した。

砂糖の塊などうまいと思ったことなどないが、ナナミーからの物なら別だ。


だが、ふっと影が差す。

ナナミーはアメを二つ買ったと言った。

ならば――もう一つは誰のための物なのか。


「……二つ?」


「はい。私もお揃いで買ったんです。もし、修行でどうしてもお腹が空いたときのために、非常食に持ってきました」


「……そうかよ」


飴はお揃いだった。

サアッと光が差すようだった。


「もっと早く渡そうと思ってたけど、ヒヨク様、最近お仕事忙しそうで会えなかったですし……。昨日も夜遅かったんですよね?」


「まあな。この出張で、向こうの仕事を空けるからな」


続いたナナミーの言葉に、胸が弾む。

ナナミーと同じ日程で休みを取るために、ずっと必死に仕事を片付けていた。

部下たちにも『キリキリ仕事しろや』と追い立てたほどだ。


昨日の朝は、先に休みに入ったナナミーを送る必要もなかったので、顔を合わせることもできず、さらに機嫌が悪かった。

連日の残業に付き合わせていた部下は、今日からヒヨクがいなくなって、ホッとしているだろう。


今日からの10日間は、クリフから買い取ったこの森で、バーベキュー開発を進める予定だ。

仕事の名目はあるが、ナナミーの近くにいられるのだから、実質遊びに来たようなものだった。



「ナナミー、その帽子なんだよ。ツバの広い、オレが選んでやった帽子の方がよかったんじゃねえか?」


心が軽くなり、つい饒舌になる。

思わず口から出た言葉に、(余計なこと言っちまった)と緊張が走る。


もし、『チレッグ様の選んだ帽子だから』なんて言われたら――


ヒヨクは無意識に息を止める。



「強い子に取られちゃうと困るから……」


ポツリと呟くナナミーの声は、どこか悲しそうだった。

チレッグの帽子を選んだのは、ヒヨクの帽子を取られないためだったようだ。


「あ?そんなふざけた野郎はオレが片付けてやるよ」


抑えきれないほどの喜びが湧き上がり、声まで弾んでしまう。




機嫌良く歩くうちに、森の中の断食道場に着いた。


「なんだ?オレの出張場所のすぐ隣じゃねえか。ナナミー、オレはこっちの建物で、この森のバーベキュー開発の仕事入ってんだ。試し焼きとかするから、メシはこっちで食えよ」


ヒヨクのかけた声に、パァッとナナミーの顔が明るくなる。


「まあ、この森でオレの屋敷ほどのもんは採れねえだろうが、オレの料理の腕は知ってんだろ?」


大きく頷くナナミーに、さっきまで胸を塞いでいた重さが、嘘みたいに消えていた。


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― 新着の感想 ―
読者様の中にお医者様はいらっしゃいませんかー!!! 断食道場の存在意義さんが心肺停止してるんです!!!!
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