21.断食道場宿泊のはじまり
「それでは道場からの説明は、ここまでとさせていただきます。何かご質問等はございませんか?」
断食道場のミーティング室で行われた説明に、集められた参加者たちに沈黙が流れた。
「――ではみなさん、ここから10日間の肉断食生活で、心身共に美しく健やかな体を手に入れましょう」
道場スタッフの説明が終わると、室内にざわめきが広がる。
部屋のあちこちにいるグループには、ナナミーよりずっと体格のいい種族が多かった。
男子グループも女子グループも、みんなしっかりした体つきをしている。
「昨日は、しっかりお肉を食べ溜めたわ」
「成功したら、帰りは焼肉でお祝いしようよ」
「もう腹減ってきたぜ……」
皆がそれぞれに話していた。
係員の説明によると、この断食道場での基本ルールはひとつ。
それは『施設内では絶対に肉を食さないこと』だ。
肉への誘惑を断ち、それぞれが心穏やかに過ごすこと。それが、この断食道場の推奨する修行らしい。
食事は四回。
朝と昼とおやつと夕食。
バイキング形式で、それぞれの体格に合わせて好きに食べていいという。
ざっくりプランでストレスなく修行をすることが、この断食道場の売りのようだった。
ナナミーはこの肉断食生活で、心身共に疲れを癒し、美しく健やかなお腹を手に入れるつもりだ。
「要は道場でお肉さえ食べなかったら、あとは好きに過ごしていいってことよね?」
「それが難しいんじゃない」
ラニカの言葉にワニエルがため息をつく。
「ふふ。ワニエルちゃん、知ってるわよ。そんなこと言いながら、今日の夕食の後で、早速ベアゴーくんが差し入れ持ってきてくれるんでしょう」
「まあ……ね」
スネイが笑うと、ワニエルが満更でもない顔で頷く。
どうやら今日、ベアゴーがこの道場に立ち寄るらしい。
「ワニエル。差し入れ食べるなら、道場の外にしなさいよ」
「もう、ラニカったら分かってるわよ。私だって道場の規則は守るつもりよ?この修行で、もっと美しくなりたいもの」
ワニエルが艶やかな唇を尖らせた。
「ねえ、それより夕食までどうする?森を散歩でもする?」
スネイがみんなに尋ねる。
昼過ぎに始まった説明会は、すぐに終わった。
夕食までは時間があった。
「そうね……私は道場のジムに行こうかしら。ちょっと走ってくるわ」
「ラニカ、ジム行くの?じゃあ私、エアロビコースに参加してみようかしら」
「それいいかも。私もワニエルちゃんと、エアロビコース選ぶわ。ナナミーちゃんも一緒にどう?」
ナナミーはフル……フル……と首を振る。
好きに過ごしていい時間に運動なんて、罰ゲーム以外の何ものでもない。
それに過ごし方はもう決めている。
「私は部屋で瞑想して過ごそうと思うんです」
道場スタッフも言っていた。
『静かな場所に座り、何も考えずにリラックスする瞑想も推奨します』と。
ナナミーはこの10日間、割り当てられた部屋で瞑想し続ける予定だ。
部屋は1人部屋だし、心置きなく瞑想できる。
何も考えずに、ただぼんやりとして過ごすつもりでいる。
「瞑想?ナナミーちゃん、瞑想なんてするつもり?確かにスタッフさんは推奨してたけど、そんなの呑気な修行で……あっ」
怪訝そうに話していたスネイが、何かに気づいたように目を見開く。
「……さすが『捕獲のナナミー』ね。私ったらまた、あなたに油断させられちゃったわ。……最高よ、ブレがないわね」
ふうっとスネイが感嘆したかのように息をつくと、ラニカが呆れたように口を開く。
「もう。ナナミーったら、どこまで仕事脳なの?瞑想は集中力を高めるものだから、確かに頭脳派のナナミーらしいやり方だけど……仕事のこと考えすぎじゃない?」
ワニエルも軽く両手をあげて首を振る。
「もう、降参。私ったら、ついナナミーの罠にハマって、『呑気な子ね』なんて思っちゃった」
瞑想を選んだナナミーの前で、三人が盛り上がっていた。
「ほんとナナミーちゃんって計算高い女ね」
「でも私、そういうとこ嫌いじゃないわ」
「私も。野心のある女は好きよ」
三人の勢いに入り込むこともできず、ナナミーはただぼんやりと立っていた。
「じゃあナナミー、また夕食にね」と聞こえたと思ったら、気づけばミーティングルームに一人だった。
ノロ……とナナミーは、部屋に向かって歩き出す。
割り当てられた部屋は、ポツンとベッドが置かれた、狭く簡素な一人部屋だ。部屋の奥には大きな窓があり、窓からは道場の中庭が見えた。中庭の先には、生い茂る薮と森の木々が見える。
人の手を加えられていない、自然の森だった。
――どこか故郷の森に似ていた。
窓を開けると、サァ……ッと風が森の匂いを運んできた。新芽と、少し湿った土の香りが混ざり合う、初夏の香りだ。
「わぁ……」
心が落ち着いていく。
鬼畜な上司が君臨しかけた瞬間はあったが、クリーンな上司に生まれ変わったヒヨクは、こうしてナナミーに12日もの休暇をくれた。
しかも有給休暇だ。
ふと思い出して、カバンからゴソ……と小さな缶を取り出す。
『復刻版!非加熱はちみつアメ』と印字された缶から、ひとつアメを取り出して口に入れると、口いっぱいにはちみつ味が広がった。
ナナミーは別にアメ好きではないが、はちみつ色の缶が可愛くて、ついヒヨクとお揃いで買った缶だった。
(ヒヨク様も、はちみつアメ食べてくれてるかな……)
そんなことを考えると、少し恥ずかしくて少し嬉しい。
ベッドの上に座って、はちみつアメを口の中でコロ……と転がしながら、揺れるカーテンを見ていた。
森の香りのする風が気持ちいい。
雲ひとつない空の水色と、風にゆったりと揺れるカーテンが、ナナミーを瞑想の世界へ誘い込む。
(眠たいな……)
何も考えずにリラックスすること。
ナナミーの断食修行はすでに始まっていた。
実はコレ、100話目なんです。
100ものお話のお付き合い、ありがとうございます!
100話でピタリと着地しようと思っていたのですが、宿泊初日じゃん…なところです。
もう少しお付き合いいただけると嬉しいです〜




