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運命のつがいは鬼畜な上司  作者: 白井夢子
第四章

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22.ワイルドバーベキュー


「ナッナミーちゃーん」


誰かが遠くでナナミーを読んでいる。


「ナッナミーちゃーん!!」


さらに声が大きくなった。


(何……?)


ナナミーはぼんやりした頭で目を開く。


「ナッナミーちゃーん!!!起きてー!お・き・て・よー!!」


(怖っ……!)


次第に大きくなる声に危険を感じ、ナナミーはサッと布団を頭まで被り、身を隠した。

ドキドキドキドキと心臓の音が耳の奥に響いている。


(窓……!)


窓が開けっぱなしだった。

そっと布団の外を覗くと、薄闇が広がり出した部屋で、カーテンが揺れていた。


――怖いものが入ってきてしまう!


ナナミーは急いで起き上がり、寝起きと恐怖でフラつく足を叱咤して、たどり着いた窓に手をかけた。




「……あ。ベアゴーくん」


「あ〜いた!ナナミーちゃんの部屋、そこだったんだね。も〜こんな早くから寝てたら、夜寝れないよ?」


窓の外にある中庭に、ベアゴーが立っていた。

寝起きの声のナナミーを、まるで修行を怠けている者のように言ってきた。


「寝てたんじゃないよ。瞑想修行中だったんだよ」


ナナミーはすかさず否定した。


怠け者と思われるのは、ナマケモノ族として光栄なことだ。

けれど今のナナミーは違う。

素敵なお腹を手に入れるため、ちゃんと修行をしている最中だった。

決して怠けていたわけじゃない。



「ふうん?それよりナナミーちゃん、外出てきてよ。『そろそろバーベキュー始めるか』ってヒヨク様言ってるの聞いたから、呼びに来たんだ。この場所でするんだって」


「この場所」とベアゴーが地面を指差した。

中庭でバーベキューをするらしい。


「じゃあ今からそこに行くね。……あ」


ふと気がついた。

ベアゴーは、ここにバーベキューをしに来たわけではないはずだ。


「ベアゴーくん、ワニエルさんに――」


「ワッニエッルさーん!ワッニエッルさーん!!」



『ワニエルさんに差し入れに来たんじゃなかったの?』と続けた言葉は、ベアゴーの元気な声にかき消された。

ワニエルに差し入れを手渡すのは、これかららしい。


「まあ!ベアゴーくん、待ってたわよ!」


ワニエルの弾んだ声が、少し離れたところから聞こえた。

見れば、いくつか先の部屋の窓からワニエルが顔を出している。

ベアゴーが、声の方へ駆けていった。




部屋を出て、長い廊下を歩く足取りは軽かった。


(楽しみだな……)


ここ最近―― ナナミーの有給休暇が決まってから、ヒヨクはとても忙しそうだった。

ピリピリした空気を漂わせていて、話しかけることもできなかった。


『お仕事忙しそうですね』と、何度も声をかけそうになった。

だが、弱小種族としての勘が、『それは危険だ。空気を読め』と告げていた。


朝、背負ってもらっている時に、そんな呑気な言葉をかけようものなら。

『当たり前のこと聞くなよ』と苛々させて、『腹、当たってんぞ』と舌打ちされるかもしれない。


書類にガリガリとペンを走らせている仕事中に、そんなねぎらいを見せようものなら。

『わかってんなら、見てねえで手伝えよ』と、分厚い書類を手渡されてしまうかもしれない。


書類では済まされず、『有休は取り消しだ』とお給料付きの休みどころか、『連休もだ』と連休さえも取り消されてしまうかもしれない。


だからナナミーは、ただ遠くから、目をつけられないよう、目を合わせないようにヒヨクを見守ることしかできなかった。


今朝送ってもらうときも機嫌が悪そうに見えたが――森での仕事がいい気分転換になるのか、いつの間にかヒヨクの機嫌が直っていた。


『その腹なんだよ』とも『連休消すぞ』とも言わない、機嫌のいいヒヨクは好きだ。

そんなヒヨクに早く会いたくて、ナナミーはスタ……スタ……と足早に歩いた。




中庭に出たときには、すでにバーベキューは始まっていた。

中庭に入ってすぐの場所に、焚き火台が用意され、網の上には大きな肉の塊が焼かれている。


――肉の塊。

そう。網の上で焼かれているのは、ナナミーよりも大きなお肉だ。

ゴウゴウと燃え盛る火の中で、バチバチ音を立てながら、お肉の影が揺らめいていた。


ヒュッと背筋が凍る。


(お肉は無理……!)


たとえヒヨクが焼いてくれた料理でも、お肉だけは無理だ。

そんな料理を食べさせようとするなんて、ヒヨクは鬼畜な料理人になってしまったようだ。


(怖い……!)


怖いのに、目が離せない。

炎の中で揺らめく肉の塊を見つめながら、ナナミーは中庭の入り口で立ち尽くした。




「おい、ナナミーどこ見てんだよ。こっちだ」


「あ、ヒヨク様」


名前を呼ばれて視線を向けると、少し離れた場所にヒヨクがいた。

ヒヨクの目の前にはバーベキューコンロが置かれ、その上にはおいしそうな料理が並んでいる。


アスパラガスもニンジンもリンゴも干し芋も並んでいた。

――ナナミーの好物ばかりだ。


(ご馳走だ……!)


どうやらお肉の塊料理は、ナナミーのための料理ではないらしい。あまりに強烈な見た目に、焼けるお肉しか見えていなかった。

ホッ……とナナミーは安堵の息をつく。


「向こうのお料理かと思いました〜。向こうのは、ヒヨク様の夜ごはんですか?」


ヒヨクのところに向かい、えへへと笑って誤魔化すと、「は?んなわけねえだろ」と返された。


「あんな訳分からん料理、オレが作るわけねえだろ。毛も剥がねえから、匂いが強えし」


(毛……)


恐ろしい言葉を聞いてしまった。

怖い匂いが強いなと思っていたら、お肉の毛までも燃えている匂いだったようだ。


「ソウデスネ……」


適当に相槌を打つ声が震えると、ヒヨクがナナミーの背後を見て声を荒げた。


「テメェら、どっか行けよ!匂いがうぜえ!場所近けえんだよ!」


「わ〜ヒヨク様、ごめんなさーい!もうだいぶん焼けたから、すぐに火を消しますね〜」


焦ったような声が聞こえて振り返ると、ベアゴーが火を消していた。

ダンダンダンと燃える炭を、激しく踏んでいる。


中庭の入り口で焼いていたお肉は、ベアゴーのものだったらしい。

さっきはお肉しか見ていなくて気が付かなかったが、ベアゴーがバーベキューをしている周りには、ワニエルもラニカもスネイもいた。


「すごーい!ベアゴーくん、火の消し方がワイルド!」


ワニエルの弾む声と、えへへと笑うベアゴーの笑い声が、風に乗って聞こえてくる。


「ワニエルさん、ミディアムレアな感じで焼けてるから、これもう食べられるよ。僕、このくらいの焼き方が好きなんだ〜」


「まぁ!私もよ、ベアゴーくん!」


「頭どうする?ちょっと食べる?狩りたてで新鮮だから、このトロッとしたとこおいしいよ」


「わあ、私もそこ好きなの!お願いするわ!」


盛り上がるベアゴーとワニエルの会話が怖かった。


(頭……)


怖いけれど、気になって聞いてしまう。


「ちょっと、ワニエルちゃんとベアゴーくん、気が合いすぎじゃない?」


「食の好みが合うなんて、相当の相性よ?」


スネイとラニカが、笑いながら揶揄っていた。




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