22.ワイルドバーベキュー
「ナッナミーちゃーん」
誰かが遠くでナナミーを読んでいる。
「ナッナミーちゃーん!!」
さらに声が大きくなった。
(何……?)
ナナミーはぼんやりした頭で目を開く。
「ナッナミーちゃーん!!!起きてー!お・き・て・よー!!」
(怖っ……!)
次第に大きくなる声に危険を感じ、ナナミーはサッと布団を頭まで被り、身を隠した。
ドキドキドキドキと心臓の音が耳の奥に響いている。
(窓……!)
窓が開けっぱなしだった。
そっと布団の外を覗くと、薄闇が広がり出した部屋で、カーテンが揺れていた。
――怖いものが入ってきてしまう!
ナナミーは急いで起き上がり、寝起きと恐怖でフラつく足を叱咤して、たどり着いた窓に手をかけた。
「……あ。ベアゴーくん」
「あ〜いた!ナナミーちゃんの部屋、そこだったんだね。も〜こんな早くから寝てたら、夜寝れないよ?」
窓の外にある中庭に、ベアゴーが立っていた。
寝起きの声のナナミーを、まるで修行を怠けている者のように言ってきた。
「寝てたんじゃないよ。瞑想修行中だったんだよ」
ナナミーはすかさず否定した。
怠け者と思われるのは、ナマケモノ族として光栄なことだ。
けれど今のナナミーは違う。
素敵なお腹を手に入れるため、ちゃんと修行をしている最中だった。
決して怠けていたわけじゃない。
「ふうん?それよりナナミーちゃん、外出てきてよ。『そろそろバーベキュー始めるか』ってヒヨク様言ってるの聞いたから、呼びに来たんだ。この場所でするんだって」
「この場所」とベアゴーが地面を指差した。
中庭でバーベキューをするらしい。
「じゃあ今からそこに行くね。……あ」
ふと気がついた。
ベアゴーは、ここにバーベキューをしに来たわけではないはずだ。
「ベアゴーくん、ワニエルさんに――」
「ワッニエッルさーん!ワッニエッルさーん!!」
『ワニエルさんに差し入れに来たんじゃなかったの?』と続けた言葉は、ベアゴーの元気な声にかき消された。
ワニエルに差し入れを手渡すのは、これかららしい。
「まあ!ベアゴーくん、待ってたわよ!」
ワニエルの弾んだ声が、少し離れたところから聞こえた。
見れば、いくつか先の部屋の窓からワニエルが顔を出している。
ベアゴーが、声の方へ駆けていった。
部屋を出て、長い廊下を歩く足取りは軽かった。
(楽しみだな……)
ここ最近―― ナナミーの有給休暇が決まってから、ヒヨクはとても忙しそうだった。
ピリピリした空気を漂わせていて、話しかけることもできなかった。
『お仕事忙しそうですね』と、何度も声をかけそうになった。
だが、弱小種族としての勘が、『それは危険だ。空気を読め』と告げていた。
朝、背負ってもらっている時に、そんな呑気な言葉をかけようものなら。
『当たり前のこと聞くなよ』と苛々させて、『腹、当たってんぞ』と舌打ちされるかもしれない。
書類にガリガリとペンを走らせている仕事中に、そんなねぎらいを見せようものなら。
『わかってんなら、見てねえで手伝えよ』と、分厚い書類を手渡されてしまうかもしれない。
書類では済まされず、『有休は取り消しだ』とお給料付きの休みどころか、『連休もだ』と連休さえも取り消されてしまうかもしれない。
だからナナミーは、ただ遠くから、目をつけられないよう、目を合わせないようにヒヨクを見守ることしかできなかった。
今朝送ってもらうときも機嫌が悪そうに見えたが――森での仕事がいい気分転換になるのか、いつの間にかヒヨクの機嫌が直っていた。
『その腹なんだよ』とも『連休消すぞ』とも言わない、機嫌のいいヒヨクは好きだ。
そんなヒヨクに早く会いたくて、ナナミーはスタ……スタ……と足早に歩いた。
中庭に出たときには、すでにバーベキューは始まっていた。
中庭に入ってすぐの場所に、焚き火台が用意され、網の上には大きな肉の塊が焼かれている。
――肉の塊。
そう。網の上で焼かれているのは、ナナミーよりも大きなお肉だ。
ゴウゴウと燃え盛る火の中で、バチバチ音を立てながら、お肉の影が揺らめいていた。
ヒュッと背筋が凍る。
(お肉は無理……!)
たとえヒヨクが焼いてくれた料理でも、お肉だけは無理だ。
そんな料理を食べさせようとするなんて、ヒヨクは鬼畜な料理人になってしまったようだ。
(怖い……!)
怖いのに、目が離せない。
炎の中で揺らめく肉の塊を見つめながら、ナナミーは中庭の入り口で立ち尽くした。
「おい、ナナミーどこ見てんだよ。こっちだ」
「あ、ヒヨク様」
名前を呼ばれて視線を向けると、少し離れた場所にヒヨクがいた。
ヒヨクの目の前にはバーベキューコンロが置かれ、その上にはおいしそうな料理が並んでいる。
アスパラガスもニンジンもリンゴも干し芋も並んでいた。
――ナナミーの好物ばかりだ。
(ご馳走だ……!)
どうやらお肉の塊料理は、ナナミーのための料理ではないらしい。あまりに強烈な見た目に、焼けるお肉しか見えていなかった。
ホッ……とナナミーは安堵の息をつく。
「向こうのお料理かと思いました〜。向こうのは、ヒヨク様の夜ごはんですか?」
ヒヨクのところに向かい、えへへと笑って誤魔化すと、「は?んなわけねえだろ」と返された。
「あんな訳分からん料理、オレが作るわけねえだろ。毛も剥がねえから、匂いが強えし」
(毛……)
恐ろしい言葉を聞いてしまった。
怖い匂いが強いなと思っていたら、お肉の毛までも燃えている匂いだったようだ。
「ソウデスネ……」
適当に相槌を打つ声が震えると、ヒヨクがナナミーの背後を見て声を荒げた。
「テメェら、どっか行けよ!匂いがうぜえ!場所近けえんだよ!」
「わ〜ヒヨク様、ごめんなさーい!もうだいぶん焼けたから、すぐに火を消しますね〜」
焦ったような声が聞こえて振り返ると、ベアゴーが火を消していた。
ダンダンダンと燃える炭を、激しく踏んでいる。
中庭の入り口で焼いていたお肉は、ベアゴーのものだったらしい。
さっきはお肉しか見ていなくて気が付かなかったが、ベアゴーがバーベキューをしている周りには、ワニエルもラニカもスネイもいた。
「すごーい!ベアゴーくん、火の消し方がワイルド!」
ワニエルの弾む声と、えへへと笑うベアゴーの笑い声が、風に乗って聞こえてくる。
「ワニエルさん、ミディアムレアな感じで焼けてるから、これもう食べられるよ。僕、このくらいの焼き方が好きなんだ〜」
「まぁ!私もよ、ベアゴーくん!」
「頭どうする?ちょっと食べる?狩りたてで新鮮だから、このトロッとしたとこおいしいよ」
「わあ、私もそこ好きなの!お願いするわ!」
盛り上がるベアゴーとワニエルの会話が怖かった。
(頭……)
怖いけれど、気になって聞いてしまう。
「ちょっと、ワニエルちゃんとベアゴーくん、気が合いすぎじゃない?」
「食の好みが合うなんて、相当の相性よ?」
スネイとラニカが、笑いながら揶揄っていた。




