23.食レポナナミー
「テメェら、うるせえんだよ!静かにしろよ!」
すぐ近くから聞こえる鋭い声に、息をのむ。
ベアゴーに向いていた意識が、瞬時に目の前に戻った。
いつの間にか差し出されていた皿には、美味しそうに焼かれたにんじんが乗っている。
にんじんに付いた焼き色が絶妙だった。
見た目からしておいしそう感しかない。
ふわんと食欲をそそる香りに、ごくりと唾をのむ。
早く食べたい。
早く食べたいが――
しん……と静まり返ったこんな場で、空気も読まずに食べ始めることなどできるはずがない。
今は様子を見るべきだ。
ナナミーはじっとにんじんを見つめた。
そこに、はあ……と、ラニカが大きなため息をついた。
「もう、ヒヨクさんったら。私たちがベアゴーくんのところに集まってるからって、そんなに怒らないでよ。
私たち、早めに夕食食べ終わってるの。だから今は、友達のワニエルの夜食に付き合ってるだけ。ベアゴーくんの料理を選んでいるわけじゃないの。嫉妬しないで」
「ああ?黙れ。んなとこでしゃべんな、って言ってんだよ」
ラニカの呆れ声に、ヒヨクの声に凄みが増した。
ラニカが「もう……」と言いながら再びため息をつく。
「しょうがない人ね。……でも、そんなに寂しがるなら分かったわ。そっちで話すわよ。――みんな、椅子を持って。ヒヨクさんのところに移動しましょう?」
ラニカに促され、みんなが座っていた切り株を抱えて立ち上がる。
みんな、ここに集まるらしい。
「ベアゴーくん、お肉はそのまま運んだらいいわ。向こうで切り分けたらいいじゃない」
続いてラニカがベアゴーに出した指示に、にんじんを受け取ったナナミーの皿が震えた。
(お肉が来る……!)
あの怖い肉が、ナナミーのところにやってくる。
――頭つきのやつだ。
「おい、ベアゴー、肉こっちに持ってくんじゃねえぞ!分かってんだろうな!」
ヒヨクの凄む声に、ベアゴーが「はーい」と答える。
「怒られちゃった〜。ワニエルさん、先に食べちゃおうよ」
「そうね。冷めないうちにいただくわ」
ナナミーの平和は守られたようだ。
ベアゴーとワニエルは向こうで食べるらしい。
二人の弾む会話が聞こえてきて、ナナミーはホッと胸を撫で下ろした。
「ほら、あんな奴ら見てねえで、目の前見ろよ。料理が冷めちまうだろ?」
ヒヨクに促され、じっくりと焼かれたにんじんをかじろうとした瞬間――懐かしい香りが鼻をかすめた。
(この香り……!)
どれだけ洗っても取れない土の香り。
ナナミーの故郷の森で採れるにんじん特有の匂いだ。
幼いころから食べ慣れたにんじんの香りだ。
思わずモグ……とかじりつくと、どこか青くさいにんじんの風味が鼻を抜けた。
(この味……!)
カッ……と目を見開く。
じっくりと炭火で焼かれたそれは、野生の風味を残しながらも、にんじんの甘味を極限まで引き出していた。
野生でありながら、野生ではない。
懐かしい味わいながらも、新しい味だ。
ヒヨクの屋敷で採れるにんじんが、にんじん界の王様ならば、今目の前にあるものは、にんじん界のプリンスだ。
王様ほど洗練されていない。
けれど、森育ちの誇り高さがある。
モグ……モグ……と夢中になってかじりつく。
「にんじんうまいか?」
ヒヨクに尋ねられ、コクリと頷く。
口がいっぱいで、「おいしいです」と話すこともできない。
「……そうかよ。次はズッキーニ食うか?」
また尋ねられ、コクリと頷く。
ヒヨクの屋敷で食べるズッキーニより格段に細いそれは、きっと野生のズッキーニだ。
ズッキーニのプリンスも、ぜひ食べてみたい。
「とうもろこしは……全部食うと、他が食えなくなるよな。干し芋もりんごもあるしな。小さく切ってやろうか?」
とうもろこしも干し芋も、りんごも食べたい。
またコクリと頷いた。
もう、目の前のにんじんしか見えない。
ラニカたちが近くに座っているようで、何か話し声が聞こえるような気もしたが――
今はとても忙しい。
話を聞いていたら食べる手が止まって、お腹が膨れてしまう。
モグ……モグ……と一心に、順番にお皿の上に置かれていくご馳走を平らげていった。
「ふう……お腹いっぱい」
これ以上はもう食べられない。
満腹になってようやく顔を上げると、外はもう日が落ちていた。
周りには、ヒヨク以外に誰もいなかった。
いつの間にか、みんなは帰ってしまったらしい。
夢中になって食べてしまった。
お腹に手を当てると、ぽこんと膨らんでいた。
さす……さす……とお腹をさする。
「ナナミーにしたらよく食ったじゃねえか」
(お腹……!)
迂闊にもヒヨクの前で膨らんだお腹をさすってしまった。服を押さえた手が、その膨らみを際立たせていた。
(見てたかな……?)
ビクビクしながらヒヨクを見ると、ヒヨクはお腹ではなく、ナナミーの顔を見ていた。
「そんなにうまかったのかよ。明日も作ってやろうか?」
「お願いします!」
思わず答えた返事に、ヒヨクが、「おう、毎日もっとしっかり食えよ」と機嫌よく答えてくれた。
今日のヒヨクはナナミーのお腹を見ても、『なんだよそのお腹』なんて言ってこなかった。
それどころか、『もっとしっかり食えよ』とまで言っている。
ふと可能性に気づく。
もしかして――
(瞑想修行したから……?)
お昼に瞑想修行を頑張った成果が、早くも効果を表したらしい。
凄まじいまでのダイエット効果だった。
まだ半日も経っていないが、効果は確実に出ている。
たった一度の修行でこれほどの成果だ。
瞑想修行さえ続ければ、ぽこりと出たお腹はなかったことになる。
(明日から……ううん。この後も瞑想修行しよっと)
修行に勤しむなど、ナマケモノ族としては恥ずべき行為だ。
けれど古いしきたりに捉われすぎないことも、これからの時代には必要なことだろう。
ナナミーはこれから、瞑想修行に力を入れていくつもりだ。




