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運命のつがいは鬼畜な上司  作者: 白井夢子
第四章

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23.食レポナナミー


「テメェら、うるせえんだよ!静かにしろよ!」


すぐ近くから聞こえる鋭い声に、息をのむ。


ベアゴーに向いていた意識が、瞬時に目の前に戻った。

いつの間にか差し出されていた皿には、美味しそうに焼かれたにんじんが乗っている。


にんじんに付いた焼き色が絶妙だった。

見た目からしておいしそう感しかない。

ふわんと食欲をそそる香りに、ごくりと唾をのむ。


早く食べたい。

早く食べたいが――

しん……と静まり返ったこんな場で、空気も読まずに食べ始めることなどできるはずがない。

今は様子を見るべきだ。


ナナミーはじっとにんじんを見つめた。



そこに、はあ……と、ラニカが大きなため息をついた。


「もう、ヒヨクさんったら。私たちがベアゴーくんのところに集まってるからって、そんなに怒らないでよ。

私たち、早めに夕食食べ終わってるの。だから今は、友達のワニエルの夜食に付き合ってるだけ。ベアゴーくんの料理を選んでいるわけじゃないの。嫉妬しないで」


「ああ?黙れ。んなとこでしゃべんな、って言ってんだよ」


ラニカの呆れ声に、ヒヨクの声に凄みが増した。

ラニカが「もう……」と言いながら再びため息をつく。


「しょうがない人ね。……でも、そんなに寂しがるなら分かったわ。そっちで話すわよ。――みんな、椅子を持って。ヒヨクさんのところに移動しましょう?」


ラニカに促され、みんなが座っていた切り株を抱えて立ち上がる。

みんな、ここに集まるらしい。


「ベアゴーくん、お肉はそのまま運んだらいいわ。向こうで切り分けたらいいじゃない」


続いてラニカがベアゴーに出した指示に、にんじんを受け取ったナナミーの皿が震えた。


(お肉が来る……!)


あの怖い肉が、ナナミーのところにやってくる。

――頭つきのやつだ。



「おい、ベアゴー、肉こっちに持ってくんじゃねえぞ!分かってんだろうな!」


ヒヨクの凄む声に、ベアゴーが「はーい」と答える。


「怒られちゃった〜。ワニエルさん、先に食べちゃおうよ」


「そうね。冷めないうちにいただくわ」


ナナミーの平和は守られたようだ。

ベアゴーとワニエルは向こうで食べるらしい。

二人の弾む会話が聞こえてきて、ナナミーはホッと胸を撫で下ろした。



「ほら、あんな奴ら見てねえで、目の前見ろよ。料理が冷めちまうだろ?」


ヒヨクに促され、じっくりと焼かれたにんじんをかじろうとした瞬間――懐かしい香りが鼻をかすめた。


(この香り……!)


どれだけ洗っても取れない土の香り。

ナナミーの故郷の森で採れるにんじん特有の匂いだ。

幼いころから食べ慣れたにんじんの香りだ。


思わずモグ……とかじりつくと、どこか青くさいにんじんの風味が鼻を抜けた。


(この味……!)


カッ……と目を見開く。

じっくりと炭火で焼かれたそれは、野生の風味を残しながらも、にんじんの甘味を極限まで引き出していた。


野生でありながら、野生ではない。

懐かしい味わいながらも、新しい味だ。


ヒヨクの屋敷で採れるにんじんが、にんじん界の王様ならば、今目の前にあるものは、にんじん界のプリンスだ。


王様ほど洗練されていない。

けれど、森育ちの誇り高さがある。


モグ……モグ……と夢中になってかじりつく。



「にんじんうまいか?」


ヒヨクに尋ねられ、コクリと頷く。

口がいっぱいで、「おいしいです」と話すこともできない。


「……そうかよ。次はズッキーニ食うか?」


また尋ねられ、コクリと頷く。

ヒヨクの屋敷で食べるズッキーニより格段に細いそれは、きっと野生のズッキーニだ。

ズッキーニのプリンスも、ぜひ食べてみたい。


「とうもろこしは……全部食うと、他が食えなくなるよな。干し芋もりんごもあるしな。小さく切ってやろうか?」


とうもろこしも干し芋も、りんごも食べたい。

またコクリと頷いた。



もう、目の前のにんじんしか見えない。

ラニカたちが近くに座っているようで、何か話し声が聞こえるような気もしたが――

今はとても忙しい。


話を聞いていたら食べる手が止まって、お腹が膨れてしまう。

モグ……モグ……と一心に、順番にお皿の上に置かれていくご馳走を平らげていった。




「ふう……お腹いっぱい」


これ以上はもう食べられない。

満腹になってようやく顔を上げると、外はもう日が落ちていた。

周りには、ヒヨク以外に誰もいなかった。

いつの間にか、みんなは帰ってしまったらしい。


夢中になって食べてしまった。

お腹に手を当てると、ぽこんと膨らんでいた。

さす……さす……とお腹をさする。


「ナナミーにしたらよく食ったじゃねえか」


(お腹……!)


迂闊にもヒヨクの前で膨らんだお腹をさすってしまった。服を押さえた手が、その膨らみを際立たせていた。


(見てたかな……?)


ビクビクしながらヒヨクを見ると、ヒヨクはお腹ではなく、ナナミーの顔を見ていた。


「そんなにうまかったのかよ。明日も作ってやろうか?」


「お願いします!」


思わず答えた返事に、ヒヨクが、「おう、毎日もっとしっかり食えよ」と機嫌よく答えてくれた。


今日のヒヨクはナナミーのお腹を見ても、『なんだよそのお腹』なんて言ってこなかった。

それどころか、『もっとしっかり食えよ』とまで言っている。


ふと可能性に気づく。


もしかして――


(瞑想修行したから……?)


お昼に瞑想修行を頑張った成果が、早くも効果を表したらしい。

凄まじいまでのダイエット効果だった。

まだ半日も経っていないが、効果は確実に出ている。


たった一度の修行でこれほどの成果だ。

瞑想修行さえ続ければ、ぽこりと出たお腹はなかったことになる。


(明日から……ううん。この後も瞑想修行しよっと)


修行に勤しむなど、ナマケモノ族としては恥ずべき行為だ。

けれど古いしきたりに捉われすぎないことも、これからの時代には必要なことだろう。


ナナミーはこれから、瞑想修行に力を入れていくつもりだ。



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― 新着の感想 ―
ヒヨクは無言で食べ続けるナナミーをどんな目で見つめていたのでしょうね~。いつもヒヨクの食事シーンはないけど、祖父、父、ヒヨクたちは、弱小種族の番の前では気遣って、肉をほおばったりしていないとかでしょう…
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