15.それは危険な遊び
「わぁ~ナナミーちゃん、よく似合ってるわ」
着替えを終えたナナミーが、カーテンから出てきた姿を見て、コフィはパチンと手を合わせた。
コフィの選んだ服を着て、えへへと恥ずかしそうに笑うナナミーは、コフィの息子――ヒヨクの運命のつがいだ。
コフィは今、ナナミーと二人でブティックごっこをしている。
この部屋にあるたくさんの衣装は、つい先日、ナナミーがモデルを務めたお披露目会で、レオードが買い占めたものだった。
コフィと同じくらい臆病なナナミーが、モデルを引き受けたと聞いた時は、意外すぎて驚いた。
だが、『ヘビ族のお友達に頼まれたそうですよ』とユキから聞いてすぐに納得もした。
コフィにヘビ族の友達はいないが、もしそんな強い種族の子に頼まれたら、コフィだってうんと頷くしかない。
それでもナナミーが心配で、本当はコフィも新作お披露目を見に行きたかった。
けれど、知らない人が大勢いる場所を想像すると、どうしても怖くて行けなかった。
代わりにレオードが見に行き、モデル姿のままのナナミーちゃんを連れて帰ってきてくれたのだ。
『ナナミーちゃん、緊張してるみたいだったからな。オレが、店のもん全部買い占めて終わらせてやったよ』
そう話すレオードは、とても頼りになるコフィの夫だ。
レオードが買い占めた服で、屋敷の一室は小さなブティックのようになっていた。
小粒のパールがあしらわれた可愛らしいアイテムばかりで、コフィも気に入っている。
それから毎日、コフィは仕事帰りに遊びにきてくれるナナミーと、ブティックごっこをしている。
衣装室になった部屋には、まるで本物のブティックみたいに、カーテンで仕切られた着替え部屋まで作られている。
もちろん、全部レオードが用意してくれたものだ。
今日も一緒におやつを食べたあと、二人で服を選び合ったところだ。
バッチリメイクの店員さんのいない、ナナミーと二人だけのブティックごっこは、とても安全で、とても楽しい。
最近のコフィは、ナナミーと一緒に食べるおやつの用意や、ブティックごっこに忙しい日々を送っていた。
今ナナミーが着替えた服は、コフィの選んだ服だ。
ミルクベージュのノースリーブに、薄手のアイボリーのカーディガン。
そこに合わせた白桃のような薄桃色のショートパンツが、ナナミーによく似合っていた。
動きに合わせて、小粒のパールがキラキラと小さな輝きを見せている。
「今日のおやつの、桃ミルクシェイクみたいでしょう?」
コフィの言葉に、ナナミーが嬉しそうに頷いた。
「コフィお母さんの桃色のワンピースも、すっごく似合ってます」
コフィが着ているのは、ナナミーが選んでくれた薄手のロングワンピースだ。
胸元は柔らかな白桃色で、裾へ向かうにつれ、ほんのり珊瑚色が混ざっている。
熟れた桃みたいな色合いで、ナナミーとお揃いの桃コーデだった。
そこへ、不意に低い声が割って入った。
「確かにそのワンピース、コフィによく似合ってるな。ますます惚れなおしたよ」
いつの間にかレオードが、ソファーに座っていた。
ナナミーとブティックごっこをするときは、必ずレオードも来て、コフィを褒めてくれる。
昔は鬼畜な先輩だったレオードだが、今はとても優しい旦那様に変わっていた。
レオードに褒められて、うふふとコフィは笑う。
そこへ、不機嫌そうな声が割って入る。
「ナナミー、ちょっと足出し過ぎじゃねえか?その格好で外歩くつもりか?」
レオードの隣で足を組んでいたヒヨクが、ナナミーの足へ視線を向けた。
ナナミーのオシャレ姿を見たいのだろう。
平日だというのに、ヒヨクも早めに仕事を切り上げ、毎日のように顔を出すようになっていた。
だが今日は、ナナミーの格好が気に入らなかったらしい。
だからといって、そんな言い方はよくない。
「足……」
小さく呟くナナミーの顔に、サッと影が差した。
「ヒヨク、そんな言い方しないの。ナナミーちゃんによく似合ってるでしょう?夏らしくて可愛いじゃない」
「うるせえな。そんな気に入ってんなら、お前が着ろよ」
コフィがたしなめると、ヒヨクは不機嫌そうにさらに眉を寄せた。
「あ?なんだヒヨク、ふざけたこと言ってんなよ。コフィはもっとダメだろ」
今度は、レオードまで険しい声を上げる。
「足……」
『もっとダメだろ』という言葉に、コフィは思わず自分の足を見下ろした。
レオードの、眉をひそめたその表情が、『そんな足で外を歩くなんてあり得ねえだろ』と言っていた。
確かに、引きこもりがちなコフィの足は細く頼りない。
レオードからすれば、そんな足を外で見せるなど論外なのだろう。
「もうレオードもヒヨクも、ブティックごっこには入れてあげない!」
コフィはナナミーの手を取って着替えスペースに入り、シャアッと勢いよくカーテンを閉め、失礼な二人を外へ締め出してやった。
* * *
「は……?」
ヒヨクとレオードの目の前で、シャアッとカーテンが閉められてしまった。
どうやらレオードがコフィを怒らせたらしい。
レオードの野郎が『コフィはもっとダメだろ』などと言うからだ。
(また余計なこと言いやがって)
つがい狂いのレオードは、ナナミーが服屋のモデルを務めたあの日も余計なことを言っていた。
『ナナミーちゃん、緊張してるみたいだったからな。オレが、店のもん全部買い占めて終わらせてやったよ』
屋敷に着くなり、レオードが『オレが』を強調しながら得意げに話し出した。
――コフィに褒めてもらいたかったのだろう。
(全く、器の小せえ情けねえ野郎だぜ)
『すごい!』とでも言いたげに目を丸くするコフィを見て、嬉しそうに笑うレオードを、ヒヨクは冷めた目で見つめた。
満足そうにはははと笑うレオードの声がうるさかったのか、そのとき抱えていたナナミーが目を覚ました。
「起きたか?親父んち着いたぞ。――オレが、選んでやったその帽子、眩しくねえからよく寝れるだろ?」
寝ぼけ眼のまま帽子のつばを撫で、ナナミーは納得したようにコクリと頷いた。
「だろ?これから毎日それ被れよ」
またコクリと頷くナナミーに、ヒヨクの胸が弾んだ。
店の服を買い占めたレオードに、内心(イかれた野郎だ)と呆れていた。
だがそれからというもの、コフィと楽しそうに着替えて遊ぶナナミーを見てるうちに、(買い占めも案外悪くねえな)と思い直した。
――もっとも。
今日コフィが選んだ服はあり得ない。
ショートパンツから、白く華奢な足が見えていた。
「ナナミー、ちょっと足出し過ぎじゃねえか?その格好で外歩くつもりか?」
(他の奴らが見たらどうすんだよ)
そんな思いでつい口をついて出た言葉だった。
『お前が着ろよ』なんて、ただの皮肉だ。
なのに親父は本気で受け取ったらしい。
『コフィはもっとダメだろ』などと余計な口を挟んできた。
ショートパンツ姿のコフィを誰にも見せたくないなら、余計なことを言う前に、見てくる奴の目なんか、物理的に見えなくしてしまえばいい。
散々やらかした若い頃のレオードの噂は、ヒヨクも聞いている。今さら常識人ぶったところで遅いだろう。
黙っておけばいいものを、レオードの失言がコフィを怒らせた。
「おい親父。テメエのせいで、オレまで締め出し食らっただろうが」
ヒヨクが文句を言い返そうとした、その瞬間――
レオードに、ガッ!と喉元を締め上げられた。
「ヒヨク……テメエのせいで、コフィに誤解されちまっただろうが」
押し殺した声のまま、レオードはヒヨクを部屋の外へ引きずり出した。
コフィに聞こえないところで殴りかかってくるレオードは、昔の噂と違わず頭のおかしい野郎だ。
当然ヒヨクも殴り返してやった。
ひとしきり殴り合ったあと、レオードが舌打ちする。
「ヒヨク、オレはお前なんかと遊んでる暇なんてねえんだよ。ナナミーちゃんを置いて、お前一人でもう帰れ。当分この屋敷に顔見せんじゃねえぞ」
「は?なに寝言言ってやがる。こんな頭のおかしい野郎の屋敷に、ナナミーを置いとけるわけねえだろ。もう帰るわ」
ハッと鼻で笑い、ナナミーを迎えにヒヨクは部屋に戻った。
「おいナナミー、そろそろ帰んぞ」
シャッとカーテンを開けると――
ビキニ姿のナナミーが立っていた。
しん……と静寂が落ちる。
「その水着……」
考えるより早く、ナナミーの腹へ目が向いた。
だが――
アザが、なかった。
「は……?」
アザひとつない白い腹を、ヒヨクは信じられない思いで見つめた。




