12.新作お披露目会のあとに
機嫌良く歌っていたナナミーが、いつの間にかスゥ……スゥ……と寝息を立てていた。
ヒヨクの服を掴んでいた手が、ポトリと落ちる。
落とさないように抱え直そうと腕を動かすと、「プリン……」とナナミーが小さく呟いた。
(起こしたか?)
そう思ったが、すぐにまたスゥ……スゥ……と穏やかな寝息が聞こえてくる。
ヒヨクは今度こそ慎重に、ナナミーを抱え直した。
その拍子に、いつもとは違う香りがフワリと鼻をかすめる。
珍しくしている化粧品の香りだろう。
はあ……と、思わずついたため息をつく。
自分のついたため息の大きさにハッとして、(起こさなかったか?)とナナミーの様子を伺う。
深く被らせた帽子でナナミーの顔は見えないが、よく眠っているようだった。
(全く、なんだってんだよ)
ナナミーを抱えて歩くうちに、収まっていた怒りがまた沸々と込み上げてくる。
ナナミーがモデルをする――そんな話を、どこで聞きつけたのか。
朝からレオードが屋敷に押しかけてきた。
それは別にいい。
レオードは、ナナミーの用事が終わったら屋敷に招きたいと言っていた。
コフィが好物を用意していると聞けば、ナナミーも喜んですぐ帰るだろう。
問題はそのあとだ。
レオードと共に店に向かうと、店の前にはすでにアイツらがいた。
チレッグとヒュー。そしてクリフ。
――最近やたらとナナミーに絡んでくる、アザ持ちの男たちだ。
クリフは、まあいい。
従兄弟のベアゴーから新作お披露目会の話を聞き、運命のつがいのウララのために服を見に来たらしい。
だがクリフは、店に向かう途中で、偶然出会ったチレッグとヒューを連れて来た。
(またあの二人かよ)
ウンザリだった。
わりと気の合う奴らだが、ナナミーに関しては別だ。
偶然が、またあの二人をナナミーと引き合わせた。
これだけ続く偶然を、運命などと認めたくはない。
だが、もはや必然としか思えなかった。
そして始まったお披露目会で、照明の下に現れたナナミーを見た瞬間、ヒヨクの胸は跳ねた。
薄く化粧をされた顔と、服屋のオーナーが選んだ衣装で、いつものナナミーとは違って見えた。
ショート丈のノースリーブに、透け感のある薄手のカーディガンを羽織っている。
薄い生地のスカートは、動くたびに柔らかく揺れていた。
(あのカーディガン、肌が見えすぎじゃねえか?)
(スカートの生地、薄過ぎんだろ?)
ノースリーブの肩や腕が、薄いカーディガン越しに見えるのも気になったが、それ以上に、丈が短かった。
もう少し動けば、腹が見えそうだった。
多くの視線が、そんなナナミーへ集まっている。
ヒヨクの後ろに座ったチレッグとヒューまでもが、「悪くない」と口にしていた。
(悪くないどころじゃねえだろ)
――そう思う。
だが、他の男がナナミーを認めること自体が面白くなかった。
(やっぱりこんな店、壊しておくべきだったな)
苛立ちを押し殺しながら、ナナミーを見守っていた。
その視線の先で、ナナミーがゆっくりと回転を始めた。
『ターンのあと、会場に向かって手を振る』
その流れは、ヒヨクも聞いている。
ターンが終わり手を振れば、お披露目会終了の合図だ。
そのまま連れて帰ればいい。
――だが。
ショート丈の服が持ち上がれば、腹が見えるかもしれない。
運命のつがいのアザを見られること以前に、ナナミーの肌を他の奴らに見せること自体、許せるはずがなかった。
正面を向いたナナミーが、手を振ろうと指先を動かした。
(……やっぱりこの店、今からでも潰すか)
そう考えてヒヨクが立ち上がりかけた、その時――
『この店の服、気に入ったぜ。全部買い取る。今すぐ俺の屋敷に送ってくれ』
軽く手を上げたレオードの言葉で、催しは終了した。
(どんだけ早く帰りてえんだよ)
おそらく、親父もこの会に長居する気はなかったんだろう。コフィの待つ屋敷へ、一刻も早く帰りたかったに違いない。
『今すぐに、だ』
念入りにも、声を落として店のオーナーに凄んでいた。
――つがい狂いのレオードらしい。
コフィと離れたくないなら、最初から来なきゃいいだろとは思う。
だが、モデル姿のナナミーに会いたがるコフィに、『俺が迎えに行ってきた』とでも言って、点数を稼ぎたかったのだろう。
狂った野郎だと呆れるばかりだが、それでも店を潰す手間なく帰れるなら、悪くない。
(たまには役に立つじゃねえか)
少しだけ気分を持ち直したが、それも束の間だった。
抱えたナナミーが、チレッグに向かって手を振っていた。ヒヨクの肩越しに、ナナミーはチレッグを見ていた。
帽子で視界を塞いでやったというのに、最悪な気分だった。
口を開けば怒鳴りつけてしまいそうで、ヒヨクはぐっと唇を引き結ぶ。
だがそのうち、機嫌良さそうに歌い出したナナミーを見ていると、荒れていた気持ちも少しずつ落ち着いていった。
運命のつがいは、そばにいるだけで満たされると聞く。
(やっぱりナナミーは、俺の運命のつがいじゃねえのか)
(……いや、それならこんなにムカつくことが続くのはおかしいだろ)
(いやだが、俺はナナミーにムカついてるわけじゃねえし)
(いや、だいたいナナミーもナナミーだろ。なんてチレッグなんかに手え振る必要あんだよ)
(いや、ナナミーは悪くねえだろ。チレッグの野郎が、ナナミーの視界に入ってくるからだろ)
答えの出ないまま、思考ばかりが頭を巡っていた。
「おいヒヨク。ナナミーちゃん、寝てんだろ?起こさないように気ぃつけて、もっと早く歩けよ。……ったく、ぼうっとしてんじゃねえぞ。コフィが待ってるだろが」
レオードにチッと舌打ちされ、ヒヨクは意識を引き戻された。
「うるせえな。早く帰りてえなら、一人で先行けよ」
「ああ?一人で帰ったら、ナナミーちゃん置いてきたって、コフィに思われんだろが。お前、イかれてんのか?」
「んなこと知るかよ」
ハッと鼻で笑われ、ヒヨクもフンと鼻鳴らす。
コフィとナナミーにだけいい顔を見せようとするレオードは、つがい絡みになると本当にイかれた男だ。




