11.新作お披露目会
カーテンの向こうから、ざわざわと話し声が聞こえてくる。
仕入れ担当者たちが集まり始めたらしい。
「パルル社から独立した子らしいわよ」
「今日のモデル、誰なのかしら」
「営業部長のラニカさんも来てるんですって」
そんな声が聞こえるたび、ナナミーの心臓がドキドキと跳ねた。
「今日は、大口の仕入れ担当者の方々も来てくださっているの。ナナミーちゃん、気合いを入れなさい。ここで捕獲できれば、『ブティック・スネイ』は一気に広がるわ」
いつの間にか背後に立っていたスネイが、冷んやりと囁いた。
ヒュッと、ナナミーの背筋が伸びる。
(大口……!)
そんな恐ろしい存在まで来ているらしい。
失敗したらどうなるのだろう。
「――さあ、狩りの時間よ」
そう囁くと、スネイは音もなくカーテンの向こうへ消えた。
「皆さま、お越しいただきありがとうございます。本日は『ブティック・スネイ』の新作を――」
カーテンの向こうで、スネイが挨拶を始めた、その時だった。
ガタッ――と、椅子が引かれる音が響く。
続けて、ガタガタッ……と慌ただしく人が動く気配がした。
(何……?)
仕入れ担当者たちのざわめきとは違う。
まるで、絶対に逆らってはいけない存在が現れた時みたいな――張り詰めた空気だった。
一瞬だけ、スネイの声も止まる。
(怖い……!)
何か恐ろしいことが起きたのだろうか。
弱小種族としての本能が、危険の予兆を告げていた。
怖くて体が固まった。
けれどすぐに、「……それでは、我が『ブティック・スネイ』の新作をご覧ください」と、何事もなかったかのように、スネイが挨拶を続けた。
その時。
サァッ――とカーテンが開く。
目の前の光景を見た瞬間、頭が真っ白になった。
仕入れ担当者たちが座っているはずの椅子には、アザ持ちの男たちがいた。
最前列にヒヨクとレオードが、その後ろにチレッグとヒューとクリフが足を組んで並んでいる。
仕入れ担当者たちは壁際へ移動し、空気を消すように静まり返っていた。
反射的に、そろ……っと体の向きを変え、そのまま静かに気配を消した。
背中に突き刺さる視線が痛い。
ブルブルと体が小刻みに震える。
(隠れたい……!)
今すぐどこかに隠れたい。
誰もいない遠い所に行きたい。
誰も知らない狭い隙間で、うずくまっていたい。
――ナナミーの本能が叫ぶ。
けれどその時、背後の視線すら霞むような強い気配を横から感じた。
恐る恐る目だけを向けると、冷んやりとしたスネイの目が、カッ!と見開かれていた。
その目が、『失敗は許さないわよ……』とナナミーに警告している。
弱小種族としての本能が、決められていた流れを一気に思い出させた。
まずは、客席を見る。
それから、パールのきらめきが見えるように、ゆっくりとターン。
最後に、みんなに向かって手を振る。
――それだけだ。
ナナミーは、恐る恐る客席へ向き直った。
「この清楚感は、幅広い種族に受けそうね」
「上品にきらめくパールが、年齢を問わないかも」
「メイクと服が合ってるわね」
「これは……いいんじゃない?」
壁際で、空気を消すように話す仕入れ担当者たちの声が聞こえた。
『ブティック・スネイ』の衣装と、ワニエルのメイクはなかなか好評のようだ。
「まあ……悪くないんじゃねえか?」
「ウララにも合いそうだな」
聞き覚えのあるアザ持ちの声も聞こえた。
緊張の中、少しだけ希望の光が見えた気がした。
「しかしアイツ、草みてえなもんしか食わねえから、ほんと細っせえな」
「もっと肉食わせた方がいいんじゃねえか?」
「このあと昼メシに焼肉でも連れてくか」
「焼肉か……いいな。『ニクジウ』行かねえか?」
「あそこ生肉うめえんだよな」
(生肉は無理……!!)
続いて聞こえたアザ持ちの男たちの会話に、ナナミーは震える。
(新作お披露目会を成功させなくちゃ……!!)
お披露目会が成功したら、このあとはバイキングレストランで食べ放題の打ち上げ予定だ。
色々な料理やケーキ、それにフルーツまで食べ放題らしい。
生肉ではなく、甘いフルーツ。
フルーツなら、たくさん食べられる自信がある。
(手を振らなくちゃ……!)
弱小種族としての本能が、激しく警鐘を鳴らしていた。
――最後は、みんなに向かって手を振る。
ナナミーは必死に、決められた流れを思い出した。
震えが止まらない手を上げかけた、そのとき。
「この店の服、気に入ったぜ。全部買い取る。今すぐ俺の屋敷に送ってくれ」
レオードの低い声が、会場に響いた。
「今すぐに、だ」
重ねられた声に、スネイがシュッ!とナナミーの前へ進み出る。
「ただ今、ご用意にかからせていただきます!毎度ありがとうございます!」
シャッ!と頭を下げたスネイが、ニヤリとナナミーを振り返った。
「ヤ」「ル」「ワ」「ネ」
ゆっくりと、声に出さず口が動く。
スネイの瞳が光ったように見えて、ビクッと体が跳ねた。
「――お開きだな。帰るぞ」
ガタッと椅子を立ち上がったヒヨクが、ナナミーをヒョイと抱え上げ、歩き出した。
「ナナミーちゃん、コフィがナナミーちゃんのモデル姿、見てえって言ってるから、うち来てくれよ。ユキもうちに呼んでるから、今ごろシロと特別なご馳走用意してるはずだぜ?」
ヒヨクの横に並んだレオードに声をかけられ、パァッと気持ちが明るくなる。
「コフィお母さんのおうち……!」
「濃厚マンゴープリンにしようかとか、濃厚巨峰ゼリーしようとか、話してたな」
「濃厚マンゴープリン……濃厚巨峰ゼリー……」
特別なメニューを聞いて、ナナミーのお腹がぐうと鳴る。
今日は緊張と気になるお腹に、朝から何も食べていなかった。
「フフ〜ン、フフ〜ン♪」
気分が上がり、思わず鼻歌が漏れる。
その時、ヒヨクの肩越しにチレッグと目が合った。
(生肉は辞退させていただきます!)
ナナミーは、華麗に生肉へ別れを告げるように、バイバイと手を振った。
「外は暑いから、これ被っとけよ」
狭い店内を歩きながら、ヒヨクが近くに飾られていた帽子を、ぽすっとナナミーの頭に乗せた。
つばが深く、前が見えなくなる。
「フフ〜ン、フフ〜ン、プリッ、プリ〜ン♪」
モデルの仕事は大変だったが、お披露目会を無事終えることができた。
生肉の危険も過ぎ去った。
視界は帽子で塞がれているのに、ヒヨクに抱えられていると、不思議と安心できた。
スタスタと歩く揺れが心地よくて、ナナミーはそのまま、まどろみの中へ沈んでいく。




