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運命のつがいは鬼畜な上司  作者: 白井夢子
第四章

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10.お披露目会目前の衣装室で


「はい、完成よ。目を開けて、ナナミー」


かけられた声に、ナナミーは恐る恐る目を開く。

目の前の大きな鏡には、メイクをされた自分の姿が映っていた。


「わあ……」


思わず、声が漏れる。


いつもより、少しだけ目元がはっきりして見えた。

まぶたには、淡いピンクブラウンのアイシャドウが薄く乗せられている。

その上に重ねられた上品なラメが、光を受けるたび、真珠のように淡く輝いていた。

唇も、ほんのり桜色だ。


なんだかいつもの自分より強そうに見えた。

鏡に映る自分を見ながら、ナナミーはきゅっと目元に力を込める。

最強メイクで、今日は誰よりも強くなれたような気がした。



「ありがとうございます。ワニエルさん」


メイクをしてくれた、ラニカの友達にお礼を言う。


「ふふ。満足してくれたみたいね。ナナミーの持つ、ナチュラルな清楚感を活かしたメイクよ」


ナナミーを見ながら満足そうに頷くのは、ラニカと同じくバッチリメイクの、ワニ族のワニエルだ。

ラニカと同じパール社で、コスメ部門を担当している女性らしい。


「……ふうん。ワニエル、さすがね。いいんじゃない?その目元のツヤ、新作のハイライトパウダーを使ったのね?こういう入れ方もできるのね」


鏡越しにナナミーを見ていたラニカが、ワニエルに声をかけた。


「ふふ。ハイライトって、頬に入れるだけじゃないのよ。こういうすごく弱そうな子はね、広くツヤを入れると、ツヤに負けちゃうのよ。目元に少しだけ、っていうのがポイントよ。隠れるように入れることで、際立たせるの」


目元に重ねられたツヤは、弱さの証らしい。

最強になったナナミーの気持ちが、少しだけしぼむ。

目元に込めた力を抜くと、動いた拍子にまぶたのラメがキラリと輝いた。



「さあナナミー、立ってちょうだい」


ラニカに促され、ナナミーは椅子から立ち上がる。

そして全身を映す姿見の前に立った瞬間――


「わぁ……」


思わず、もう一度声が漏れた。

メイクを終えたナナミーは、鏡の中でいつもと違うオシャレ女子になっていた。


淡い真珠色のショート丈ノースリーブに、透け感のある薄手のカーディガンを羽織っている。

カーディガンには、小粒のパールが散るように縫い込まれ、動くたび、控えめな光がふわりと揺れた。


スカートは淡い水色。

柔らかな生地の膝下丈で、歩くたび静かに波打つ。


いつものナナミーが着ていそうな、ナチュラルで優しい色合いだが、普段より少しだけ洗練されて見えた。

ふわりと揺れるミルクベージュの髪に、真珠の光が淡く溶け込んでいる。



「……いいわ。完璧よ」


お披露目会会場を確認していたはずのスネイが、いつの間にか後ろに立っていた。

冷んやりとした目が、キラリと光る。


「油断して近づいた仕入れ担当者が、一撃で捕獲されそうね。……さすがね。『捕獲のナナミー』の名に相応しい清楚さだわ」


スネイの満足そうな視線に、ヒュッとナナミーの背筋が伸びる。

そこに、ソワソワとした様子のワニエルが、ナナミーに声をかけた。


「ねえ、今日はヒヨク様もいらっしゃるんでしょう?」


「あ、はい。来てくれるって話してました」


きゃあっと小さく歓声を上げたワニエルが、慌てたようにメイク台へ駆け戻る。


「私もメイク直さなきゃ……!やっぱり、もう少し目尻に色を乗せようかしら。まつ毛も……もう少し伸ばした方がよさそうね。ナナミー、ちゃんとヒヨク様に『ワニエルが担当しました』って言ってね」


マスカラでまつ毛を伸ばしながら、ワニエルに声をかけられた。

シュッシュッと手を動かすたびに、ワニエルのまつ毛が長く伸びていく。


ワニエルは、熱狂的なヒヨクのファンだ。

秘密のファンクラブに入っていたことは、ナナミーもラニカから聞いている。

今回のメイクも、『ヒヨク様の部下の子ならぜひ!』と、引き受けてくれたらしい。


「ご挨拶できるかしら……」


「いくらワニエルが美人でも、それは無理じゃないかしら?ヒヨクさんって愛想ないし、遠くから見てるくらいがちょうどいいのよ」


「もう、本当にラニカが羨ましいわ。ラニカがヒヨク様の運命のつがいじゃなかったのは残念だったけど……私も少しの間でいいから、ヒヨク様に愛されたいわ」


ほうっとワニエルが熱いため息をつく。


「止めてよ。私、嫉妬深い男は嫌いなの」


ラニカがはあっと息をはきながら、首を振った。



(やっぱりヒヨク様ってモテるんだな……)


ラニカとワニエルの会話を聞きながら、ナナミーは胸の奥が、きゅっと小さくなるのを感じた。


屋敷と会社を行き来する毎日で、ヒヨクのそばにいる女性といえば、ほとんどナナミーくらいだ。

けれど、最強種族のアザ持ちである彼に憧れる女の子は、とても多い。

会社の女子社員たちが、ヒヨクを遠目に見ながら、キャアキャア騒いでいることも知っている。


(『私が、ヒヨク様の運命のつがいよ!』って言えるくらい強くなれたらいいな……)



「もうっ……!ヒヨク様のつがい様って、結局誰なのかしら?ヒヨク様の運命のつがいでありながら名乗り出ようともしないなんて、いい度胸してると思わない?」


そこに聞こえたワニエルの言葉に、ナナミーは思わず息をのんだ。


『いい度胸してる』

――それは弱小種族に、終わりを告げる言葉だ。

危険なんてレベルじゃない。


「本当よね。あのヒヨク様を焦らすなんて、なんてあざとい女なの?きっと計算づくのはずよ。焦らして惹きつけて、そして一気にヒヨク様を捕獲するつもりね。よくそんな小賢しい演出を思いつくものね」


スネイも、冷んやりとした目を細めた。



(怖い……)


二人の会話に胸が縮むようだった。


――絶対に、ヒヨクの運命のつがいを名乗り出てはいけない。


鏡に映る自分の目が、不安に揺れていた。



「……さすがねナナミーちゃん、表情の練習に余念がないわね。いいわその目。その弱さの演出。仕入担当者を油断させる作戦ね」


「もう、本当にナナミーったら。仕事熱心なんだから。……でも私は、そういうところ好きよ」


「あら……もう少し目尻下に色を足そうかしら。もっと油断させるメイクもいいかも。センスいいわね、この子」


鏡越しに、みんながナナミーを見つめていた。





ワニ族のワニエル。


第二章の、No25.危険な真相にチラリと登場してるのです。

ヒヨクの秘密ファンクラブ会員女子…


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