09.モデルらしくあるために
(少しだけ腹筋してみようかな……)
夜眠る前。
ベッドに寝転び、天井を眺めながらナナミーは考える。
寝転んだまま、サス……と撫でたお腹は平らだった。
この姿勢でモデルができるなら、完璧かもしれない。
けれどラニカは言っていた。
『動きがないと、パールに当たる照明の反射が限られてしまうと思うの。だから当日は、ゆっくり回転したあとに、みんなに手を振ってほしいわ』
新作お披露目会場は、『ブティック・スネイ』の店内奥にある、小さなスペースだ。
数人の仕入れ担当者しか入れないような場所で、モデルのナナミーは、新作の服を着て立つことになる。
ただ立っているだけでは、服に縫い付けられたパールの輝きが固定されてしまうらしい。
そのため当日は、スネイの挨拶のあと、ナナミーがその場でゆっくりとターンし、仕入れ担当者たちに向かって軽く手を振る流れになっていた。
寝転べば完璧なお腹だが、お披露目会で寝転ぶ予定はない。
新作お披露目会まであと一週間だ。
今から腹筋すれば、少しはお腹が鍛えられるかもしれない。
(よし、これから毎日腹筋しよう!)
ナナミーは決意する。
ヒヨクも当日は見に来てくれると話していた。
緊張が増すだけだが、それでも気にかけてくれている気がして、少し嬉しく感じてしまう。
ヒヨクの前では、完璧なお腹でいたい。
(よし!腹筋だ!)
もう一度、決意する。
十回……いや、五回。……いや、たとえ一回でもいい。
始めることが大事なのだ。
(一回だけでも……!)
また決意する。
今日は一回だ。
一回だけ頑張ればいい。
(でも、今日は打ち合わせ頑張ったし……。明日からでいいかも……)
決意が揺らぐ。
けれど、今日は本当に頑張った。
カフェでの長い打ち合わせで、体はもうクタクタだ。
(……今日は諦めよう)
今日はいつものように、諦めよう。
ナナミーは弱小種族のナマケモノ族だ。
誇り高いナマケモノ族として、これ以上頑張るわけにはいかない。
だから明日だ。
明日腹筋をすればいい。
今日の分と合わせて二回。
――それで完璧だ。
(お布団が気持ちいいな……)
もう手も動かないので、お布団を撫でることはできないが、極上の布の肌触りは肌に感じている。
ナナミーは、ゆらゆらと眠りの中に誘われていった。
(やっぱり、少しだけランニングしようかな……)
仕事から帰り、おやつのジュースを飲みながら、ナナミーは考える。
今日のおやつは、ユキ特製のミックスジュースだった。
バナナやリンゴ、イチゴや桃やマンゴーが、たっぷり入っていた。
特別に甘く、特別においしいジュースだったのだ。
――お代わりまでしてしまった。
サス……とお腹を撫でると、少しポコンと出ているような気がした。
ショート丈のトップスだったら、このお腹ははみ出してしまうだろう。
食べ過ぎにはスポーツだ。
今から少しだけランニングすれば、このお腹はなかったことになる。
(よし、走ろう!)
強く決意して、ナナミーは森に出た。
(ここから……あそこまで走ろうかな)
遠くに見える大きな木に目標を決める。
いざ走り出そうとして――ふと考える。
走るなんて、いつぶりかも思い出せないくらいだ。
急に運動したら、足を痛めてしまうかもしれない。
ランニングの前には、柔軟体操が大事だと聞いたことがある。
先に柔軟体操をしなくては危険だ。
(先にストレッチしようかな)
ナナミーはゴロリと地面に寝転がった。
寝転んで、クイ……クイ……と足先を動かす。
広げた両手の指先を、クイ……クイと動かす。
ストレッチをしながら見上げる空は、夕方の気配を含んでいた。
少し涼しくなった爽やかな風が、サア……ッと優しく頬を撫でる。
地面に敷かれたふんわりとした芝生が、背中に心地よい。
(もう少しストレッチしたら走ろう)
クイ……クイ……と足先を動かす。
(少しだけ。あそこに見える大きな木まで走ろう)
遠くの大きな木を見つめながら、クイ……クイ……と、両手の指先を動かす。
空に向き直ると、ゆっくりと雲が流れていた。
(気持ちいいな……)
お腹はいっぱいだった。
今日のミックスジュースは、特別おいしかった。
いちごと桃が多めの、爽やかな甘みが絶妙だった。
(明日のおやつも、ミックスジュースにしてもらおう。明日はヒヨク様と一緒に飲めるといいな……)
オレンジ色を含む雲が、ゆっくりと形を変えていく。
心地よいまどろみに包まれて、ゆっくりと思考が沈んでいった。
夜。
ベッドに横になりながら、ナナミーは考える。
夕方は、地面に寝転んだまま眠ってしまったようだ。
どうやら、帰ってきたヒヨクが運んでくれたらしい。
目覚めた時には、自室のベッドの上だった。
目覚めて、ナナミーがこの部屋にいる理由をユキから聞いて、お風呂に入って、寝る準備を整えたところだった。
今日はランニングはできなかった。
(でも……)
でも、念入りにストレッチはした。
あれも運動になるはずだ。
今日こそは寝る前に腹筋をしようと思っていたけど、今日は十分に体を動かした。
スポーツは無理をすると続かないものだ。
今日は無理をせず、しっかり休んで、明日から頑張るべきだろう。
新作お披露目会まであと六日。
時間が過ぎるのはあっという間だから、お披露目会までは毎日しっかりと運動しなくてはいけない。
(明日はランニングしよう)
強い決意を持って、布団を首まで引き上げる。
極上の肌触りの布団が、フワ……ッと肌に当たり、ナナミーは静かなまどろみの中に沈んでいく。
――そうして日々はあっという間に過ぎていった。




