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運命のつがいは鬼畜な上司  作者: 白井夢子
第四章

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08.隠すべきお腹


「わぁ〜この、ミツバチ柄のワンピースがいいんじゃないかな」


クマ族のベアゴーが、カタログを開きながら、ハチミツ色のワンピースを指差した。


「なかなかセンスいいわね、ベアゴーくん。そうね、この膝下丈のフレアスカートは王道の清楚系よね。でも……この目玉焼き柄も、ポップなお嬢さんって雰囲気で目を引くかも」


ヘビ族のスネイが、艶やかな半熟卵の黄身が並んだチュニックを指差す。


「それもいいけど……この貝殻柄はどう?透け感のある生地に、小粒のパールを合わせてるの。涼しげなお嬢様って感じで、夏服のお披露目会にぴったりじゃない?」


ラッコ族のラニカも、水色のロングワンピースを指差した。



目の前で、集まった三人が盛り上がっていた。

ナナミーは、注文したきゅうりのピクルスをポリ……とかじる。


ポリ……ポリ……と小さな音を立てながら、壁に飾られたポスターを眺めていた。

ポスターには、ミニスカートに丈の短いTシャツを合わせた女の子が、『夏はやっぱりアイスコーヒーね!』と笑っていた。


(お腹……)


女の子の前には、サンドイッチやケーキなど、たくさんのご馳走が並んでいるのに、女の子のお腹は少しもポッコリしていない。

ポリ……ポリ……とピクルスをかじりながら、女の子の平らなお腹を、じっと見つめた。



「ナナミーちゃん?……あ」


ナナミーの名前を呼んだスネイの声が止まった。

視線を向けると、スネイが、ナナミーの眺めていたポスターを真剣な目で見つめている。


やがて、ほうっと息をつく。


「――さすがね、ナナミーちゃん」


そう言って、頷いた。


「……いいわ、それで行きましょう。今回の展示会は、短めトップスにスカートよ。ショート丈のノースリーブの上に、小粒のパールが縫い込まれた、透け感のある薄手のカーディガンを羽織るの」


そこまで話して、また考えるようにポスターを見つめた。


「ミニスカート……より、膝下丈の方がいいわね。さすが『捕獲のナナミー』ね。仕入れ担当者たちも、清楚感に心を掴まれるはずよ」


「えっ……」


――ショート丈トップスはダメだ。

ショート丈には危険がある。

ポコリと出たお腹が見えてしまう。

ナナミーはお腹を見せたいのではなく、お腹を隠したいのだ。


「お腹が見えちゃうので、ショートは無理です!」


(ここだけは譲れない!)と、素早く意見した。


「お腹……?ナナミー、お腹なんて出てないから大丈夫よ」


「そうだよ。ナナミーちゃん、もっとお腹が出るくらいまで、ちゃんと食べなよ」


ベアゴーまで、ラニカに続いた。


「でも……」


「ナナミーちゃんのお腹は出ていないと思うけど……でもそうね、気になるなら少し鍛えてもいいかも。毎日100回の腹筋と、食事ね。鳥肉とゆで卵でいい体が作れるはずよ」


「え……」


スネイのアドバイスに、息をのむ。


毎日腹筋100回。

そして、鳥肉とゆで卵。

――全てが無理だ。


「あ、いえ。やっぱりこのままで大丈夫です」


「そうね。そのままの方がいいと思うわ。そのゆるさで、相手を油断させることも大事よね」


「ふふ。ナナミーの、その計算高いところ、私は好きよ」


(腹筋もお肉も卵も無理……!)と断るナナミーに、スネイとラニカが頷いた。


「ナナミーちゃんがモデルになるなら、クリフ兄さんに教えてあげようかな〜。ウララさんに、服を買ってあげたくなっちゃうかも」


「止めてよ、ベアゴーくん……」


すでにモデルを断ることはできなくなってしまったが、これ以上ギャラリーを増やしてほしくない。


「ベアゴーくん、『クリフ兄さんとウララさん』って……まさかあの、クリフ様と運命のつがいのウララ様?!もちろん大歓迎よ!ぜひご招待させてもらうわ!」


ベアゴーの余計なひと言に、スネイの目がキラリと光る。


(この、裏切りベアゴーめ……!)


ナナミーは、壁に掛かった『夏はやっぱりアイスコーヒーね!』と笑顔を見せる、丈の短いTシャツを着た女の子のお腹をじっと見つめた。




* *



「は?モデル?――ナナミー、お前がか?」


信じられないことを聞いたとばかりに、ヒヨクの目が見開いた。

ナナミーだって、いまだに信じられない気持ちだ。


いたたまれない思いで、ナナミーはコクリと頷く。




ナナミーが屋敷に帰る頃、日はすでに沈みかけていた。


三人との話し合いに疲れ、今日はもうお風呂に入って寝るつもりだった。

けれど部屋に戻ってすぐに、ユキに声をかけられたのだ。


『ヒヨク様がお帰りになられましたよ。ヒヨク様とジュースだけでも飲みませんか?今日は約束していた、いちごジュースですよ』


ユキ特製のいちごのジュースは、朝からとても楽しみにしていたものだ。

きゅうりのピクルスでお腹はいっぱいだったが、ジュースは飲みたかった。


それに、とても疲れていたが、ヒヨクと少しだけでもおしゃべりはしたい。


そうして訪れた執務室で、ベアゴーの帰りが遅かった理由を聞かれ――『ブティック・スネイ』のモデルを引き受けることになったと話した瞬間、ヒヨクの動きが止まったのだった。



「なんでそんなことになったんだよ?」


そうヒヨクは尋ねるが、ナナミーだって言いたい。


(どうしてこんなことになったんだろう……)


尋ねたいのは、ナナミーの方だ。

けれど、何から説明すればいいのかわからず、ナナミーが言葉に詰まっていると、ヒヨクの声が低くなる。


「なんだ?……言えねえのかよ」


瞬間、(ヤバい!)と、弱小種族としての危機感がナナミーの口を開かせた。

スラスラと、ここに至るまでの経緯を詳しく説明する。



「本当に小さな会だって言ってました」


『小さな会』という言葉に希望を込めて、話し終えた。

そしてグラスを手に取り、ゆっくりといちごジュースを口に含む。


(いちご……!)


甘みと酸味が絶妙な、高級な味わいのいちごジュースだった。

モデルという重い不安が、スッと軽くなった気がした。


ゴク……ゴク……と夢中になってジュースを飲み、ふぅ……の満足のため息をつく。


そんなナナミーを見ていたヒヨクが、どこか気遣わしげに口を開いた。


「ショート丈トップスって……お前――大丈夫なのか?」


その真剣な眼差しが、ナナミーのお腹に向けられている。


――お腹!


サッとお腹に手を当てる。

みんなは『お腹は出てないから大丈夫』と言ってくれた。

けれど今日ナナミーは、みんなが話している間、ポリ……ポリ……ときゅうりのピクルスを食べ続けていた。

お腹いっぱいなのに、さらにまたこうしていちごジュースを飲んでいる。


――少し、お腹が出ているかもしれない。


『お前……そんな腹で大丈夫かよ』


ヒヨクの真剣な目が、ナナミーにそう問いかけていた。


「大丈夫……です」


そう、思いたい。

新作お披露目会の日は、モデルの仕事が終わってから、お腹いっぱい食べればいい。

大丈夫なはずだ。


(大丈夫……だよね……?)


それでも不安になって、お腹に当てた手が少しだけ震えてしまう。


――いちごジュースはこれ以上飲まない方がいいだろうか。


飲みかけのジュースを見ながら、ナナミーは真剣に考える。



* *



「大丈夫……です」


そう答えるナナミーの声は、わずかに震えていた。

腹に当てた手も、小さく震えている。


ショート丈のトップスでは、腹にある運命のつがいのアザが見えてしまうかもしれない――そう懸念しているのだろう。


(そんな企画、潰してやるか……?)


オープンしたばかりの小さなブティックなど、ヒヨクであれば、社会的にも物理的にも潰すことはできる。

本当はモデルなどしたくないと思っているなら、潰してしまえばいい。


(だが……)


そのお披露目会とやらにヒヨクも参加すれば、腹のアザを確認できるかもしれない。


そこでヒヨクの持つアザだと確認できれば、そのままつがい認定協会に向かえばいい。


もし、ヒヨクのアザでなければ――

特定した相手を消しに向かうだけだ。


お腹を押さえたまま、飲みかけのいちごジュースをじっと見つめるナナミーを見ながら、ヒヨクは静かに思案していた。



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