07.捕獲のスネイ vs 救世主ベアゴー
「あ、でも……」
何かを付け足すように、スネイが口を開いた。
「モデルって言っても、このお店の奥で開く内輪の会なの。ブティックやアクセサリーの仕入れ担当を数人ほど招く、本当に小さなお披露目会よ」
少し申し訳なさそうに、スネイが目を伏せる。
「ナナミーちゃんには、次のシーズンの一番推しの新商品を着て、立っていてもらうだけなの。……期待させちゃって、ごめんなさいね」
「いえ!そのくらいで十分です!」
スネイに申し訳なさそうに謝られて、ナナミーは思わず返事をして――ハッとする。
「本当に小さな」という言葉で一瞬安堵しかけたが、「お披露目会のモデル」という時点で、ナナミーが安心できる要素はどこにもない。
人前に立つだけで緊張するのに、ブティックの仕入れ担当者などという、オシャレ上級者の前に立てるはずがない。
(やっぱりここで断らないと……!)
「あの……」
「この余裕、さすがね。どんな小さなチャンスも逃さない余裕を感じるわね……」
「ふふ。ナナミー、相変わらず仕事に貪欲ね。『捕獲のナナミー』の名に相応しいわ」
「どのデザインの服にしようかしら?やっぱり……大人しそうに見える外見を活かして、仕入れ担当者を捕獲するべきよね。ラニカはどう思う?」
「そうね。清楚系女子路線はいいかも。種族を問わずに、広い種族にターゲット層を広げられるわ。ふふ。世界の『ブティック・スネイ』も、夢じゃないわね」
「ナナミー、なんて恐ろしい子……!」
キャッキャッと、ラニカとスネイが話を弾ませていた。
ナナミーは、『やっぱりモデルは無理です』と言おうと上げかけた手を、ゆるゆると下ろす。
(……諦めよう)
所詮ナナミーは、最弱種族のナマケモノ族だ。
他の種族に逆らう勇気など、ナナミーにはない。
このお店の奥で開かれるお披露目会の、「本当に小さな」という言葉にかけるしかない。
――諦めるしかなかった。
盛り上がる二人を、ナナミーはただぼんやりと眺めていた。
* *
「待ってたわよ、ナナミーちゃん」
終業時間を終えて会社を出ると、柱の陰からスッとスネイが姿を現した。
突然の姿に、ベアゴーの背中でナナミーはヒュッと息を吸いこむ。
「さあ、打ち合わせの時間よ。ラニカももうすぐ来るから、近くのカフェで、ゆで卵でも食べながらお話ししましょう?」
「え……」
――ゆで卵。
無理だ。ゆで卵は食べられない。
それに今日は、ユキがいちごジュースを用意してくれると言っていた。
早く帰って、おやつのジュースを飲みたかった。
『今日はちょっと予定があるんです』
そう返事をしようとしたが、スネイの冷んやりとした瞳にとらわれた。
返すつもりの声は喉元で凍りつき、ナナミーはコクリと頷くしかない。
どうやら今日も、ナナミーはいつの間にかスネイに捕獲されていたらしい。
「ナナミーちゃん、この子誰?さっきヒヨク様が、絶対寄り道するなって言ってたでしょう?僕も怒られちゃうんだから、寄り道はダメだよ」
(ベアゴーくん……!)
――救・生・主!
ベアゴーが、ナナミーを守るかのように救いの言葉をかけてくれた。
(助かった……)
そうだ。
ついさっき部屋を出るとき、ヒヨクに念押しされたばかりだった。
『ナナミーの両親に、安全な送り迎えを約束してんだから、一人で寄り道するなよ。刺繍店もダメだ。絶対にだ』
さらにベアゴーにも、『ベアゴー、お前も分かってんだろうな』と、鋭い声をかけていた。
ナナミーはもう、仕事帰りに寄り道することはできない。
寄り道をすれば、最強種族のアザ持ちの男に怒られる。弱小種族として選んではいけない道だ。
ナナミーはベアゴーの言葉に、大きく頷く。
「ベアゴーくん。この方はスネイさんって言って、『ブティック・スネイ』の店長さんなの。ラニカさんの友達なんだよ。
――でもそうだね。ヒヨク様の言いつけを破ったら、きっとすごく怒られちゃうね。ベアゴーくん、今日は残業で帰れなくなっちゃうかも」
背中から、ベアゴーにそう伝えた。
「スネイさん、ごめんなさい。ヒヨク様に、寄り道はダメだって言われてるんです。残念ですが、ラニカさんにもそう伝えてください」
ペコリと頭を下げながら、ナナミーはほっとしていた。
ベアゴーは、困ったときにはちゃんと助けてくれる、頼りになるナナミーの友達なのだ。
「え、スネイさんって、ラニカさんの友達なの?ラニカさん、久しぶりだな〜。ナナミーちゃん、一人の寄り道はダメだけど、僕が一緒の寄り道なら大丈夫だよ。ゆで卵食べに行こうよ」
「え……」
救世主だったはずのベアゴーが、ナナミーを裏切ってきた。
「え、でもベアゴーくん……」
「僕、ベアゴーって言うんだ。僕も一緒に行っていい?」
ナナミーの声が、ベアゴーの元気な声に重なった。
『でも早く会社に戻らないと、残業終わらないよ?』
――そう言ったつもりの言葉は、誰も聞いていない。
「もちろんよ。よろしくね、ベアゴーくん。今からいくお店、はちみつたっぷりのホットケーキもあるわよ。さあ、行きましょう?」
「わ〜はちみつたっぷりのホットケーキ、楽しみだな〜。行こう行こう!」
あっという間に仲良くなったスネイとベアゴーが、並んで歩き出す。
ベアゴーの背中に背負われたナナミーも、当たり前のように運ばれていく。
――諦めよう。
所詮ナナミーは、弱小種族のナマケモノ族だ。
強い種族のクマ族やヘビ族なんかに、声の大きさでさえ敵わないのだ。
ウキウキとスキップするベアゴーの背中で、ナナミーは揺られていた。




