06.「捕獲のナナミー」
「あら?あなた、ナナミーじゃない」
かけられた声に振り向くと、ラニカがいた。
「あ、ラニカさん。こんにちは」
ベコッと小さく頭を下げる。
「久しぶりじゃない。元気にしてた?今日はどうしたの?一人でお買い物?」
ラニカの矢継ぎ早の質問に、どこから返事をするべきか少し考えて――まとめてコクリと頷いた。
ラニカと会うのは、ヒヨクの屋敷で一緒にお茶をして以来だ。
あれから顔を合わせることはなかったので、ずいぶん久しぶりの再会になる。
艶のある髪も、バッチリメイクも、フワリと香る高級そうな香水の香りも、以前と変わらず、都会的で洗練された大人の女性だった。
今日ナナミーは、水着の上から腰に巻くラップスカーフを探しに、街のブティックに来たところだ。
このお店――『ブティック・スネイ』は、あまり目立たない街角に立つ、最近できたばかりのこじんまりとしたお店だ。
お手頃価格ながらも可愛い服が多いが、開店したばかりのせいか客も少なく、ナナミーは安心して店内を見て回っていた。
「ラニカさんもお買い物ですか?」
「私は仕事で来たの。このお店に、私の会社の商品を卸してるのよ」
バッチリメイクの目力のある瞳を細め、ラニカが微笑んだ。
「ラニカさんのパルル社はパールを扱う会社ですよね?今は営業をされてるんですか?」
確かラニカはパルル社の企画部長をしていたはずだ。
営業に移動したのだろうか。
「違うわよ。ここは、私の友達が独立したお店なの。少し形が歪なうちの商品を、特別に格安で卸してるの。商品の宣伝も兼ねて、お店に置いてもらってるのよ」
「そうなんですね〜。ここのお店のもの、みんな可愛いですよね。今日はラップスカーフを探しに来たんですけど、ブラウスもワンピースも可愛くて……欲しくなっちゃってたところなんです」
店の商品の全てにパールが縫い付けてあるのは、そのためだったのかと気づく。
どの商品も、小ぶりなパールが繊細なきらめきを見せていた。
ラニカは、ナナミーの残業漬けの生活を変えるキッカケをくれた人だ。ラニカの友人のお店なら、せっかくだし、何か買って帰りたい。
「まあ、この子ラニカちゃんのお友達だったの?可愛い帽子に迫力あるヘビの刺繍なんて、なかなかオシャレな組み合わせをする子だなって見てたのよ」
お店に入った時から、静かにナナミーを見つめていた店員さんが、ラニカに声をかけた。
彼女がこの店のオーナーらしい。
「スネイ。そこにいたのね?もう、静かだから気づかなかったわよ。スネイって本当に大人しいんだから。ヘビ族女子って感じよね」
ラニカがおかしそうに笑っていた。
どこか冷んやりとした雰囲気の人だと思っていたが、彼女はヘビ族だったようだ。
「うふふ。ラニカは相変わらず明るくて元気ね。ほら、私ってシャイだから。もう少しお店の奥まで来てくれたら、声をかけようと思ってたのよ」
「さすがね。『捕まえた客は逃さない、捕獲のスネイ』って通り名は、健在のようね。安心したわ」
スネイは、『捕獲のスネイ』という異名を持つらしい。
――恐ろしい異名だ。
ナナミーは、この店に足を踏み入れた瞬間から、狙われていたのかもしれない。
静かで落ち着いた店内だと思っていたが、真実を知った途端、緊迫感に包まれた。
ナナミーはゴクリ……とツバをのむ。
「スネイ。この子ナナミーって言うの。ナナミーはね、のんびりしてるように見えるけど、実はすごく仕事のできる子なのよ。『ヒヨクさんの部下じゃなかったら、引き抜きたいくらいの子がいる』って、前に話したでしょう?その子がナナミーなの」
「え……ヒヨクさんって、あのヒヨク様?ヒョウ族の?……ふうん」
ラニカの説明を聞き、スネイがナナミーへ視線を向ける。
その目が、キラリと光ったような気がした。
――嫌な予感がする。
弱小種族としての本能が、迫る危険を告げていた。
(逃げなくちゃ)と思うが、スネイの視線にとらわれて、足が動かない。
「ねえ、この子に頼んだらどうかしら?私のショップモデル。だってこの子、うちの商品が気に入ったみたいだし、この帽子もセンスいいわ。この子なら、うちとラニカの商品を世の中に広めてくれるじゃない?」
スネイの言葉に、ヒッ!とナナミーは息をのむ。
「いえいえいえ!とんでもない!そんな!モデルだなんて!ほら私、こんな体型ですし!お腹も出てるし!今日なんて、お腹を隠したくてラップスカーフを探しに来たんですよ!」
素早く、必死に断りを入れる。
(モデルなんて無理……!)
あんなキラキラした世界は、雑誌の中で「いいな……」と憧れるだけのものだ。
現実のモデルなど、恐怖の未来しかない。
『なんだコイツ、トロくさそうなやつだな』
『これ見ろよ。腹出てんぞ』
そうやって、笑われるに決まっている。
「このお店の素晴らしさを伝えるモデルは、ラニカさんが相応しいと思います!この可愛いデザインながらもお手軽価格の服!この繊細なパールの光!全世界の女子が、このお店に殺到するはずですよ!」
『モデルは無理!』という魂の叫びを、言葉に込めた。
「まあ、ナナミーったら。本当に私のことが好きなんだから。ふふ。ねえスネイ、見た?この子の発言力、すごく力強いでしょう?」
「……見たわ。この迫力、思わず息をのんだもの」
スネイが、ほうっと熱を帯びた息を吐いた。
「……この子だわ。呑気そうに見せかけて、客を油断させて、一気に畳み込む。――やるわね。あなたこれから『捕獲のナナミー』って呼ばせてもらうわ」
「え……」
「その能力、ぜひうちのモデルとして発揮してちょうだい」
「え……」
ただ戸惑いの呟きだけが、ナナミーの口から漏れた。
「ふふ。……決まりね」
スネイが冷んやりと笑う。
――そんな通り名は嫌です!
――モデルなんて無理です!
スネイの冷んやりとした視線にとらわれて、言いたい言葉は、喉元で凍りついた。
体が固まって、ただ、スネイを見つめることしかできない。
「――いい目だわ、ナナミーちゃん。逃げずにこちらを見るその目……」
スネイが、すっと目を細める。
「私の期待に応えようとする、ナナミーちゃんの熱い思いが伝わるわ。……『捕獲のナナミー』の名に恥じない目よ」
「ふふ。さすがナナミーね。相変わらず仕事熱心ね。このお店で出会った時から、この運命を感じたわ」
「運命……そうね。私も、ナナミーちゃんのあの帽子を見た瞬間、運命を感じたもの。いいモデルを捕まえたわ」
ラニカとスネイが感慨深そうに頷いていた。
どうやら、このお店に足を踏み入れた瞬間からすでに、ナナミーは捕まる運命だったらしい。




