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運命のつがいは鬼畜な上司  作者: 白井夢子
第四章

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05.運命のつがいのアザ


浮き輪に掴まったナナミーが、機嫌良く歌っていた。


「フン、フフ〜ン、まあるいいっし、丸い石〜♪」


川をぐるりと一周して戻ってくると、また同じ場所で同じ歌を歌い出した。

ナナミーの視線を追うと、一つだけ球体状の石が川の底に転がっていた。


ざぶんと潜って石を掴む。


「これか?」


掴んだ石を手渡すと、ナナミーの目がぱっと輝いた。


嬉しそうに礼を言って、石を持つ手を日に掲げた。

水に濡れた石が、キラリと輝く。


「わ〜宝石みたい……」


日差しを受けた石を、見惚れるように眺めていた。


『そんな川に転がる石なんかより、本物贈ってやるよ』


そう、言いたい言葉を飲み込んだ。

正式に決まったわけでもねえ相手から、宝石なんか贈られても、警戒されるだけだ。

迂闊にかける言葉でない。


「そんなに気に入ったなら、そんな物騒な刺繍なんか取って、この石縫い付けろよ」


(俺の選んだやつの方がいいだろ?)


そんな思いを込めてかけた言葉だったが、ゆっくりとナナミーは首を振った。


「毎日被るって約束したから……」


石を持った手を下ろし、小さな声で呟いた。



――そんな約束どうでもいいだろうがっ!


喉元まで込み上げた言葉を、やっとの思いで飲み込んだ。


そんな約束してたのかよ!

俺の選んだもんより、チレッグの方がいいってのか!

お前、チレッグのアザ持ちか?!


怒鳴り散らしたい衝動を押し込み、浮き輪を掴む手に力を込めた。



――途端。


浮き輪に穴が空き、プシュっと空気が抜ける。

次の瞬間、ナナミーの体がチャプンと川に沈んだ。

慌ててヒヨクはナナミーを掴んで、岸に引き上げた。


頭から血の気が引いた。

水に浸かったのは一瞬だったが、怒りなど瞬時に吹き飛んでいた。


「大丈夫か……?」


かけた声が震えた。


「あ、はい。助けてくれてありがとうございます。浮き輪が破れちゃいましたね……」


ナナミーが悲しそうに、流されていく浮き輪を眺めていた。

いつも通りののんびりとした調子に、ヒヨクはホッと息をつく。


「浮き輪なんてどうでもいいだろ。それより、本当に大丈夫か?」


ナナミーに変わった様子は見られなかったが、万一のことがあったらと、全身を見回して――ふと、アザのことが頭をよぎった。


ナナミーは今、水着だ。

普段の服より肌を出しているが、その肌に運命のつがいのアザを見かけたことはない。

たとえ一部でも、そんなアザを見かけたら気がついているはずだ。

アザを持つならば、肌が隠された部分だろう。


(どこにある……?)


ヒヨクが目を細めた瞬間、ナナミーはこれまでにない速さで、サッと腹を押さえた。


(腹か!)


ナナミーのその行動に、確信を持つ。

ヒヨクの視線の意味を感じて、そのアザのある箇所を庇ったのだろう。


(腹は……確認できねえな)


ワンピースの水着で腹を見ることはできない。


『ちょっと腹見せてみろよ』

――そんなこと、言えるはずがない。

嫌われるだけだ。


(腹か……。今日のところは無理だな)


打つ手が見つからず、ヒヨクは首を振る。


「危ない目に遭ったし、今日はもう休もうぜ。うろで昼寝するんだろ?」


そう声をかけると、ナナミーがコクリと頷いた。


うろに向かって歩く間、ナナミーは変わらず腹に手を当てていた。

ヒヨクの迂闊な視線に、警戒されてしまったようだ。


(どうすっか……)


何か手はないかと、ヒヨクは歩きながら思考を巡らせた。



* *



川のプールを何周も回りながら、ずっと気になっていた石だった。

川底に一つだけ、完璧な丸さで沈む白い石があった。


(あの、つるっとした表面を撫でてみたいな……)


誰しもが目を留めてしまうような、不思議な存在感のある石だった。


通り過ぎるたびに、ただ眺めていただけなのに――

ナナミーの望みが伝わったかのように、「これか?」と、ヒヨクが迷いなく川底の石を拾ってくれた。


空に掲げると、水に濡れた丸い石がキラキラと光り、まるで宝石のような輝きを見せる。


「そんなに気に入ったなら、そんな物騒な刺繍なんか取って、この石縫い付けろよ」


ナナミーが石を見つめていると、ヒヨクはそう話したが、それは無理な話だった。


とぐろを巻いたヘビはとても怖い刺繍だ。

けれど、ヘビの刺繍は『俺が選んでやったんだから、大事にしろよ』と、チレッグに釘を刺されたものだ。

『この夏は毎日被っとけよ』と、念押しまでされている。


最強種族のアザ持ちの言葉を無視するほど、ナナミーは愚かではない。

怖い刺繍のついた帽子は、この夏被り続けるつもりだ。


それに――

ヒヨクの拾ってくれた石は、ずしりと重い。

川底に見えた時はとても小さな石に見えたが、実物はわりと重さがある。


こんな石を帽子に縫いつけたら、頭が重くて歩けない。


ヒヨクのことは好きだ。拾ってくれた石は、宝箱に入れて一生大事にするつもりだった。

けれど、ヒヨクの言葉に頷くことはできない。


(重い帽子は無理……!)


ナナミーは、慌ててブンブンと首を振った。


そんなやり取りをしていたところに、突然浮き輪に穴が空いた。

ナナミーは、「わ〜」と叫び声を上げることもできないうちに、川に沈んだ。


ヒヨクがすぐに助けてくれて、事なきを得たが――そこからが問題だった。


ナナミーの無事を確かめていたヒヨクの目が、急に険しくなったのだ。

ナナミーの体を、鋭い目で見つめていた。


『お前……食べ過ぎじゃねえのか?腹出てんぞ』


ヒヨクから送られる鋭い視線が、そう語っていた。


サッとお腹を手で隠したが、その目の厳しさが静まることはない。


少し――いや、かなりバーベキューで食べすぎた。

トウモロコシと、干し芋と、りんごを途中までかじった。

ヒヨクの焼いてくれる料理がおいしくて、いつもより食べ過ぎたお腹が、ぽこんと出てしまっている。


(お腹……)


トボトボとうろに向かうまでの間、ナナミーはお腹から手が離せなかった。


(今度、水着の上からお腹に巻く、ラップスカーフ買いに行こうかな……)


さすさすとお腹を撫でながら、ナナミーは考える。



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