05.運命のつがいのアザ
浮き輪に掴まったナナミーが、機嫌良く歌っていた。
「フン、フフ〜ン、まあるいいっし、丸い石〜♪」
川をぐるりと一周して戻ってくると、また同じ場所で同じ歌を歌い出した。
ナナミーの視線を追うと、一つだけ球体状の石が川の底に転がっていた。
ざぶんと潜って石を掴む。
「これか?」
掴んだ石を手渡すと、ナナミーの目がぱっと輝いた。
嬉しそうに礼を言って、石を持つ手を日に掲げた。
水に濡れた石が、キラリと輝く。
「わ〜宝石みたい……」
日差しを受けた石を、見惚れるように眺めていた。
『そんな川に転がる石なんかより、本物贈ってやるよ』
そう、言いたい言葉を飲み込んだ。
正式に決まったわけでもねえ相手から、宝石なんか贈られても、警戒されるだけだ。
迂闊にかける言葉でない。
「そんなに気に入ったなら、そんな物騒な刺繍なんか取って、この石縫い付けろよ」
(俺の選んだやつの方がいいだろ?)
そんな思いを込めてかけた言葉だったが、ゆっくりとナナミーは首を振った。
「毎日被るって約束したから……」
石を持った手を下ろし、小さな声で呟いた。
――そんな約束どうでもいいだろうがっ!
喉元まで込み上げた言葉を、やっとの思いで飲み込んだ。
そんな約束してたのかよ!
俺の選んだもんより、チレッグの方がいいってのか!
お前、チレッグのアザ持ちか?!
怒鳴り散らしたい衝動を押し込み、浮き輪を掴む手に力を込めた。
――途端。
浮き輪に穴が空き、プシュっと空気が抜ける。
次の瞬間、ナナミーの体がチャプンと川に沈んだ。
慌ててヒヨクはナナミーを掴んで、岸に引き上げた。
頭から血の気が引いた。
水に浸かったのは一瞬だったが、怒りなど瞬時に吹き飛んでいた。
「大丈夫か……?」
かけた声が震えた。
「あ、はい。助けてくれてありがとうございます。浮き輪が破れちゃいましたね……」
ナナミーが悲しそうに、流されていく浮き輪を眺めていた。
いつも通りののんびりとした調子に、ヒヨクはホッと息をつく。
「浮き輪なんてどうでもいいだろ。それより、本当に大丈夫か?」
ナナミーに変わった様子は見られなかったが、万一のことがあったらと、全身を見回して――ふと、アザのことが頭をよぎった。
ナナミーは今、水着だ。
普段の服より肌を出しているが、その肌に運命のつがいのアザを見かけたことはない。
たとえ一部でも、そんなアザを見かけたら気がついているはずだ。
アザを持つならば、肌が隠された部分だろう。
(どこにある……?)
ヒヨクが目を細めた瞬間、ナナミーはこれまでにない速さで、サッと腹を押さえた。
(腹か!)
ナナミーのその行動に、確信を持つ。
ヒヨクの視線の意味を感じて、そのアザのある箇所を庇ったのだろう。
(腹は……確認できねえな)
ワンピースの水着で腹を見ることはできない。
『ちょっと腹見せてみろよ』
――そんなこと、言えるはずがない。
嫌われるだけだ。
(腹か……。今日のところは無理だな)
打つ手が見つからず、ヒヨクは首を振る。
「危ない目に遭ったし、今日はもう休もうぜ。うろで昼寝するんだろ?」
そう声をかけると、ナナミーがコクリと頷いた。
うろに向かって歩く間、ナナミーは変わらず腹に手を当てていた。
ヒヨクの迂闊な視線に、警戒されてしまったようだ。
(どうすっか……)
何か手はないかと、ヒヨクは歩きながら思考を巡らせた。
* *
川のプールを何周も回りながら、ずっと気になっていた石だった。
川底に一つだけ、完璧な丸さで沈む白い石があった。
(あの、つるっとした表面を撫でてみたいな……)
誰しもが目を留めてしまうような、不思議な存在感のある石だった。
通り過ぎるたびに、ただ眺めていただけなのに――
ナナミーの望みが伝わったかのように、「これか?」と、ヒヨクが迷いなく川底の石を拾ってくれた。
空に掲げると、水に濡れた丸い石がキラキラと光り、まるで宝石のような輝きを見せる。
「そんなに気に入ったなら、そんな物騒な刺繍なんか取って、この石縫い付けろよ」
ナナミーが石を見つめていると、ヒヨクはそう話したが、それは無理な話だった。
とぐろを巻いたヘビはとても怖い刺繍だ。
けれど、ヘビの刺繍は『俺が選んでやったんだから、大事にしろよ』と、チレッグに釘を刺されたものだ。
『この夏は毎日被っとけよ』と、念押しまでされている。
最強種族のアザ持ちの言葉を無視するほど、ナナミーは愚かではない。
怖い刺繍のついた帽子は、この夏被り続けるつもりだ。
それに――
ヒヨクの拾ってくれた石は、ずしりと重い。
川底に見えた時はとても小さな石に見えたが、実物はわりと重さがある。
こんな石を帽子に縫いつけたら、頭が重くて歩けない。
ヒヨクのことは好きだ。拾ってくれた石は、宝箱に入れて一生大事にするつもりだった。
けれど、ヒヨクの言葉に頷くことはできない。
(重い帽子は無理……!)
ナナミーは、慌ててブンブンと首を振った。
そんなやり取りをしていたところに、突然浮き輪に穴が空いた。
ナナミーは、「わ〜」と叫び声を上げることもできないうちに、川に沈んだ。
ヒヨクがすぐに助けてくれて、事なきを得たが――そこからが問題だった。
ナナミーの無事を確かめていたヒヨクの目が、急に険しくなったのだ。
ナナミーの体を、鋭い目で見つめていた。
『お前……食べ過ぎじゃねえのか?腹出てんぞ』
ヒヨクから送られる鋭い視線が、そう語っていた。
サッとお腹を手で隠したが、その目の厳しさが静まることはない。
少し――いや、かなりバーベキューで食べすぎた。
トウモロコシと、干し芋と、りんごを途中までかじった。
ヒヨクの焼いてくれる料理がおいしくて、いつもより食べ過ぎたお腹が、ぽこんと出てしまっている。
(お腹……)
トボトボとうろに向かうまでの間、ナナミーはお腹から手が離せなかった。
(今度、水着の上からお腹に巻く、ラップスカーフ買いに行こうかな……)
さすさすとお腹を撫でながら、ナナミーは考える。




