04.昔話は黒歴史②
「カメリアと揃いの刺繍のハンカチをありがとう、ナナミーちゃん。大事にするよ」
「ヨウおじいちゃんも気に入ってくれて嬉しいです。キラキラ光ってるりんごの刺繍は、東の街で流行っている、りんご飴っていうものなんですよ」
「ナナミーちゃんは流行に敏感なオシャレなお嬢さんだな」
目尻を下げたヨウに、ナナミーがえへへと嬉しそうに笑っている。
「ナナミーちゃんのその帽子、すごく似合ってるわね」
カメリアの言葉に、ナナミーが頭に被った帽子を、そっと撫でていた。
休日の今日、ヒヨクはナナミーと共に、祖父ヨウの家を訪れていた。
今は屋敷の森の川辺で、バーベキューをしているところだ。
カメリアが褒めたように、確かに帽子はナナミーによく似合っている。
丸みのある小さな帽子は、どんぐりの殻のような形で、思わず頭を撫でたくなるような可愛さだ。
けれどヒヨクは面白くない気分だった。
あの帽子はクリフからの贈り物だ。
クリフの運命のつがいに名乗り出させたナナミーに、クリフが恩を感じていることは聞いている。
あの帽子は、その恩返しとして贈られたものらしい。
――まあ、それはいい。
これでクリフが、これ以上ナナミーに構う理由もなくなる。
そう思えば、悪いものではない。
だが、帽子に施された刺繍が気に入らない。
あの、とぐろを巻いたヘビの刺繍。
あのデザインを選んだのは、チレッグだ。
アイツが、ナナミーを強そうに見せるために選んだらしい。
(ヘビなんかの、どこが強そうだってんだよ)
ヒヨクはハッと鼻で笑う。
ナナミーが、『ちょっと怖い刺繍なんですけど……』と言いながらも、出かけるときは必ず帽子を被ることも気に入らない。
さらに気に入らないのは、チレッグとナナミーが、やたらと出先で鉢合わせることだ。
ナナミーは、出かけるたびにチレッグと会っている気さえする。
(本当に偶然……なのか?)
そんなに偶然が重なることがあるだろうか。
それほどまでに重なる偶然は、もう偶然などではなく――運命ではないか。
(運命……?)
そんな不吉な考えが頭をよぎった瞬間、ヒヨクの胸に鋭い痛みが走る。
息が詰まるほどの焦燥感に襲われた。
もし、ナナミーが運命のつがいのアザを持っているなら、誰のアザなのかを確かめなくてはいけない。
ヒヨクのアザならば、名乗り出させなくてはいけない。
――他の野郎のアザならば、相手を消すしかない。
「わ〜……」
ナナミーの呟きに、ヒヨクは意識を目の前に戻した。
網の上で炙っていたトウモロコシが、香ばしい匂いを漂わせていた。
「焼けたみてえだな。ほら、熱いから気いつけて食えよ」
焼けたトウモロコシをナナミーの皿の上に置くと、ふう……ふう……と息を吹きかけ、ゆっくりとおいしそうに食べ始めた。
「うまいか?」
口を動かしながら、コクリと頷く。
絶妙な焼き加減のトウモロコシが、うまいのだろう。
ナナミーが真剣な目でトウモロコシを見つめていた。
(やっぱ、俺の料理が一番気に入ってんじゃねえか)
曇っていた心がふっと晴れる。
「干し芋も焼くか?」
トウモロコシを頬張ったまま、ナナミーがコクリと頷く。
「デザートにりんごも焼くか?」
またコクリ、と頷く。
「桃もあるぞ。これも焼くか?」
また頷く。
少食のナナミーには食べきれない量だとわかっていても、つい好物を焼く手が止まらなかった。
* *
「ヒヨク様ー、カメリアおばあちゃーん、ヨウおじいちゃーん、行ってきまーす」
「おう、話が終わったら追いかけるから、先行っといてくれ」
浮き輪に掴まったまま、ナナミーがゆっくりと川に流されていく。
手を振るナナミーに、ヒヨクは声を返した。
バーベキューの後は、一緒に川遊びをする予定だった。
だがその前に、ヒヨクはカメリアに聞いておきたいことがある。
「ばあさんは、つがい認定を受ける何年も前から、じいさんの近くにいたんだろ?なんでつがいを名乗り出なかったんだよ」
ナナミーはもう見えなくなっているというのに、カメリアは相変わらず手を振り続けていた。
安定のトロくささを見せるカメリアに、ヒヨクは尋ねた。
スッと手を下したカメリアは、何も答えない。
ただ、遠い目をしたカメリアの瞳に影が落ちた。
「おい、ばあさん」
催促の声をかけると、カメリアがゆっくりと口を開いた。
「ヨウは……会社の同期だったの。入社してすぐに、何年もペアを組まされたんだけど、本当に、すごく嫌な同期だったわ……」
節ばった手をぐっと握り締めた。
「将来、自分の会社を立ち上げたいからって、毎日、毎日、毎日、張り切って残業するのよ?それにペアの私を巻き込むの。
休みの前の日だって『ちょっと明日出てこいよ』とか言ってくるし、外回りの時も『トロくせえ奴だな』とか『早く歩けよ』とか怖い声で急かしてきたし……」
握り締めた手が、ぶるぶると小さく震えていた。
「私、ヨウのアザがあるって何年も気づいてたけど、心に固く誓ってたの。『絶対に、何があっても、一生!運命のつがいだって名乗り出てやらない!』って」
カメリアがヨウの目を見て、キッパリと言い切った。
「……カメリア。そんな昔話はやめよう。――そうだ、喉渇かねえか?今日のラフランスは特別甘いらしいぞ。シロを呼んで、すぐ作らせるか?」
ヨウが機嫌を取り出したが、ヨウからスッと目を逸らしたカメリアは、何も答えない。
「ナナミーちゃんのくれたハンカチの刺繍、りんご飴って言ったな。あれ、今からシロに作らせてみねえか?」
ヨウの必死な機嫌取りにも、カメリアは許す気はないらしい。
聞こえないふりをしていた。
ヨウが割り込んだせいで話が進まない。
「じいさん、少し黙れよ。うるせえんだよ。俺はばあさんと話してんだよ。食い足りねえなら、ひとりで食っとけよ」
ヨウにそう言い捨てると、ヒヨクは再びカメリアへ視線を向けた。
「んなことより、ばあさん、さっきの続きだけどよ。じいさん……」
話を続けようとした瞬間――ガッ!とヨウに襟元を掴み上げられた。
「……おい。さっきから、黙って聞いてりゃいい気になりやがって。誰が、ばあさんだ。『カメリアおばあちゃん』、だろ?テメェはガキの頃から教えてやってきたこと、まだわかんねえみてえだな」
ひと声、ひと声続けるたびに力を込めていく。
「ああ?都合が悪い話になったからって……」
言葉を続けようとしたヒヨクの襟元を、ヨウの手がさらに締め上げた。
容赦なく圧迫され、声が出ない。
「昔、ヨウは私のことも『テメェ』って怖い声でよく呼んできたわ……」
カメリアが、ポツリと呟いた。
「カメリア。やっぱり昔話なんて止めよう。こんな訳わからんことを話すヤツを相手にすると、せっかくナナミーちゃんが遊びに来てくれた日が台無しになるな」
ははと笑ったヨウが、襟元を掴んだままヒヨクを川辺に運んだ。
「――いいか。それ以上、昔のことをカメリアに聞いたら……わかってんだろうな」
ギリギリと締め上げてくる手に、一切の容赦はない。
ヨウはもう現役を引退したはずのじいさんだが、カメリアのことになると、驚くほど容赦がない。
(この、イかれたジジイが!)
言ってやりたい言葉は、締め上げられた喉元で、言葉になることはなかった。
そのまま川に投げ落とされる。
「あ。ヒヨク様ー。お話終わりましたか〜?」
川の上流から、森を一周してきたナナミーが、こちらに向かって流れてきていた。
(今日これ以上話を聞くのは無理だな)
本当は、それほどまでに嫌っていたヨウの運命のつがいを、なぜ名乗り出ようと思ったのか。
そのきっかけを聞きたかった。
だが――今は、それよりも。
「おう、一緒に川遊びしようぜ」
聞きたいことは聞けなかったが、ヒヨクの言葉に嬉しそうに頷くナナミーと過ごすことが、今は一番大事だろう。




