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運命のつがいは鬼畜な上司  作者: 白井夢子
第四章

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03.ナイト・チレッグ


「いらっしゃいませ!」


店の扉が開くと同時に、ハリエットが立ち上がった。


ハキハキと客を迎えるハリエットの声に、ナナミーは体を強張らせる。

弱小種族としての勘が、危険を告げていた。

振り返った先にいるのは、きっと強い種族の者に違いない。


――振り返ってはいけない。


弱小種族の本能が、ナナミーを引き止める。

ナナミーは、ハリエットから受け取ったばかりの紙袋をじっと見つめた。



「おい、お前。ナナミーじゃねえか、奇遇だな」


聞き覚えのある声が、ナナミーを呼ぶ。

覚悟を決めて、ナナミーはゆるゆると振り向いた。


「あ、チレッグ様。奇遇ですね〜チレッグ様もお買い物ですか?」


そこにいたのはチレッグだった。

ナナミーは、今度の休みにヨウとカメリアへ渡す手土産を買いに来ていたのだが――またここで、アザ持ちの男に遭遇してしまったようだ。


「チッ……相変わらず振り返るのもトロくせぇな。――まぁ、いいさ、ちょうどいい。ナナミーへの贈り物を買いに来たんだ。買うもんは決まってるから、受け取ってから帰れよ」


「贈り物……ですか?」


そんなものをチレッグから受け取るようなことをした覚えがない。


「俺からじゃねえよ。この前、森から帰る時にな。クリフのやつが、『恩人に礼を返すのに、このヘビでヘビ皮の財布とバックを作るのはどうだ?』なんて話しててよ。ナマケモノ族の母さんに聞いてやったんだ」


――ヘビ皮の財布とバッグ!


この前帰省した森で、目の前に高々と積み上げられた巨大なヘビを思い出す。

ザワワッと全身に鳥肌が立った。


そんな恐ろしいヘビの皮を受け取るわけにはいかない。


目の前でハリエットも震えていた。

そんな皮の小物に、刺繍を頼まれたくはないのだろう。


「母さんは『絶対に止めた方がいい』って止めてよ。あんまり必死だったから、クリフには『止めた方がいいみたいだぜ?』って教えてやったんだ」


続いたチレッグの言葉に、ナナミーはほっと安堵した。

ヘビ皮の危険は、チレッグの母によって救われたようだ。


「んで、これから暑くなるし、可愛い刺繍のついた帽子がいいと思うって。間違ってクリフがヘビ皮の小物を贈らねえように、代わりに俺が買ってきてやれってうるさかったんだよ」


「チレッグ様のお母さん……!」


この男の母親とは思えないほど良い人だ。

以前一度だけ会ったチレッグの母を思い出して、ナナミーは胸が熱くなった。


「なんだ?当たりかよ。お前、母さんと気が合うな。今度屋敷に招待してやるよ」


「え……」


それは遠慮したい。

チレッグの母は良い人だが、アザ持ちの男の屋敷になど、行きたいはずがない。

ステーキを目の前に置かれて、『俺のもてなしを受けねえってのか?』などと言われるかもしれない。


「あの〜……」


「おい、この店に帽子は置いてねえのか?ナナミーに合いそうなやつ、あるなら出せよ」


「はい!もちろんございます!ナナミーさんに相応しい帽子はこちらです!」


ナナミーの『お気持ちだけ受け取っておきますね』という言葉は、チレッグとハリエットのやり取りに遮られた。

チレッグの屋敷への招待の話は流れたようだ。


(助かった……)


ふうと内心で息をついたナナミーに、ポンと帽子が被せられた。


「はは。お前、帽子被るとますます弱そうに見えんな。いいんじゃねえか、その帽子。ナナミーらしい帽子じゃねえか」


(これだからアザ持ちの男は……!)


そう思うが、乗せられた帽子は驚くほどしっくりきた。


鏡を見ると、丸みのある小さな帽子が、すっぽりと頭に収まっている。

つばも短く、まるでどんぐりの帽子みたいだ。確かに強そうには見えない。

けれど、不思議とよく似合っている気がした。

帽子が危険から守ってくれるような、そんな安心感もある。


「わ〜……」


つい、嬉しさが声に出た。


「ナナミーも気に入ったみてえだな。おい、これに刺繍入れてくれ。そうだな……ヘビの刺繍にするか」


「ヘビ……ですか?」


「おう、強そうなヤツ頼むぜ」


チレッグの注文を受けたハリエットの肩が、わずかに強張った。

ちらりと窺うように向けられた視線と、ナナミーの目が合う。


(ヘビは止めて……!!)


ナナミーだって、ヘビの刺繍など望んではいない。

必死に心の声をハリエットに送る。


「ほら、お前も思うだろ?ナナミーのやつ、帽子被ったらさらに弱そうに見えるし、バカにされねえよう刺繍くらい強そうなヤツ、手早く頼むぜ?」


「あ、はい。すぐに刺繍しますね」


ブン!と勢いよくハリエットが頷く。


それは弱小種族として、正しい選択だ。

――その判断はむしろ称えるべきで、ハリエットを責めることなど、できるはずがない。


ハリエットは、ナナミーの頭からそっと帽子を外すと、チクチクチクっと、あっという間に刺繍を施した。

そして完成した帽子を、チレッグに手渡した。


「お、いいんじゃねえか?ナナミー、ほら見てみろよ」


チレッグが差し出した帽子には、とぐろを巻いて威嚇するヘビの刺繍が施されていた。

ヘビの口からのぞく赤黒い舌が、とても禍々しい。


(怖い……)


紙袋を持つ手が震えた。


「ワ〜……トテモ怖ソウデス……」


思わず心の声が漏れてしまったが、チレッグが満足そうに頷いた。


「だろ?ほらよ、被っとけ。こいつはクリフからの礼だが、俺が選んでやったんだから、大事にしろよ。お前は子分のくせに体が弱えんだから、この夏は毎日被っとけよ」


「アリガトウゴザイマス……」


この夏、ヘビの帽子を被らずに過ごすのは危険だ。


弱小種族としての勘が、『帽子は必ず被れ』と告げていた。



* *



「じゃあまたね、ハリエットさん」


バイバイと手を振って歩き出したナナミーを、ハリエットは店先に立って見送った。


(本当に似合ってるわ……)


仕入れカタログを見た瞬間、ナナミーに似合いそうだと思って、思わず仕入れた帽子だった。


あの帽子が、お店に素敵なお客さまを運んでくれる――そんな気がした。


そして今日、その帽子をお店でお披露目した途端、アザ持ちのチレッグ様がお客さまとして現れた。

さらにその幸運の帽子を、ナナミーに贈ったのだ。

――ナナミーを守るためにと、あえて力強い刺繍を添えて。


「素敵……!!」


ハリエットは両手を頬に当てて、身悶える。


チレッグはまるで、ナナミーを危険から守るために現れたナイトのようだ。

ロマンスが溢れている。


「私、ナナミーさんの恋を応援するわ!」


ゆっくり、ゆっくりと遠ざかっていくナナミーの背中を、ハリエットは熱い思いを込めて見つめていた。


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