02.昔話は黒歴史
「母さんは、つがい認定を受ける何年も前から、親父の近くにいたんだろ?なんでつがいを名乗り出なかったんだよ」
ヒヨクの問いかけに、コフィはマスカットジュースを飲む手を止めた。
コトリ、とグラスを静かにテーブルに置く。
「……そうね。何度も話したと思うけど、レオードは会社の先輩だったの。3年ほどずっと一緒にペアを組まされてたわ……」
コフィがレオードの後輩だったことは、ヒヨクも知っている。
これまで何度も、グチ混じりに若い頃の親父の話を聞かされてきた。
だが、母親の昔話など聞く気もおきず、今までまともに聞いていなかったせいで、細かい話はほとんど覚えていない。
「……本当にレオードは、ひどい先輩だったのよ?ペアを組まされるの、すっごく嫌だったわ」
昔を思い出したのか、コフィの丸い目がキッと吊り上がる。
「一年先輩なだけなのに、強い種族だからって何かと偉そうに仕事を言い付けてきたの。
毎日残業続きだったし、休みの前なんて『明日休みたかったら、しっかりやれよ』って山ほどの書類を渡してくるのよ?『お前は、本当にトロくせえな』とか、『早くしろよ』とか、いっぱい嫌味も言われたわ」
テーブルの上で握りしめたコフィの手が、震えていた。
「私ずっと、『あんな鬼畜な先輩のつがいなんて、絶対に、一生名乗り出ない!』って心に誓ってたの」
「コフィ。もう、そんな昔話なんて止めよう。ほら、スノウが用意してくれた、おやつのリンゴを食べねえか?今日のリンゴは蜜がたっぷりだぞ」
レオードが必死になって話に割り込んできた。
コフィはレオードの誘いに、プイと顔を背ける。
「あ!そうだ。前にナナミーちゃんが話してた、リンゴ飴をスノウに作ってもらうか?もうすぐこの街にもりんご飴が流行るみたいだって、言ってただろ?」
レオードが必死に機嫌を取っているが、コフィは許す気はないらしい。
プイイッっとさらに顔を背けていた。
レオードが話に割り込んできたせいで、続きの話が聞けなかった。
残業ばかりの日々を恨んでいたことは、ヒヨクにも心当たりがあって胸が痛いが、知りたいのはその先だ。
それほどの思いでいたにも関わらず、運命のつがいを名乗り出ようと考えたきっかけを聞きたかった。
「親父、うるせえよ。今こいつは俺と話してんだよ。少し黙っとけよ」
そうレオードに声をかけた瞬間――ガッ!と喉元を締め上げられた。
「『コフィお母さん』、だろ?テメェは何度言ったらわかんだ?――今すぐ帰れ。コフィをこいつ呼ばわりする奴に、これ以上話す資格はねえ」
「ああ?うるせえな、間違えただけだろ?そんなんだから、母さんにも嫌われんだよ。どうせ昔から、そんな態度取ってきたんだろ?」
「レオードが嫌な先輩だった時、私のこと『こいつ』とか『テメェ』とか呼んできたわ……」
ヒヨクの言葉に、コフィがポツリと呟く。
さらに昔を思い出したのか、またコフィの目がキッと吊り上がった。
「……ヒヨク」
レオードの目が光った。
「テメェは、もう帰れ。いいか、二度とコフィに昔の話を聞くんじゃねえぞ」
襟元を掴み上げられたまま扉まで歩き、部屋の外に投げ出され、扉を閉められた。
今日はもうこれ以上、コフィから話を聞くのは無理だろう。
――レオードがそれを許さないはずだ。
チッと舌打ちをして、今日のところは引き上げることにした。
* *
「……カメリアのばあさんに会いに行くか」
「えっ、ヒヨク様、ヨウおじいちゃんの家に遊びに行くんですか?」
ヒヨクの呟きに、ナナミーがシール帳から顔を上げた。
あれからレオードに、「当分うちに来るな」と出禁をくらい、ヒヨクはコフィに話を聞けないでいた。
コフィに話を聞けないなら、祖母のカメリアに聞くしかない。
カメリアも、コフィと同じように、運命のつがいのそばにいながら、つがい認定をされるのが遅かった。
その理由を確かめるのは、カメリアでもいい。
そんなことを考え込んでいたせいか、知らず口にしていたらしい。
ナナミーが羨ましそうにヒヨクを見ていた。
「少しばあさんに話があるんだが……ナナミーも一緒に行くか?」
そう声をかけると、顔を輝かせたナナミーがコクリと頷いた。
「ヨウおじいちゃんと、カメリアおばあちゃんにも、りんご飴の話教えてあげようかな〜。フフ〜ン、フフ〜ン、アメッアメ〜♪」
機嫌良く歌い出したナナミーに、最近のどことなく曇る気持ちがサラサラと溶けて行った。
「久しぶりにバーベキューでもするか?その後プールで泳ぐのもいいかもしれねえな。疲れたらうろで昼寝もいいだろ」
「わぁ〜……」
さらに目を輝かせるナナミーを見て、ヒヨクの胸が跳ねた。
『ナナミー。お前、運命のつがいのアザ、持ってんじゃねえか?こんだけ俺が惹かれんのは、その証拠じゃねえのか?』
――つい、その言葉が口を突きそうになった。
(……いや、ダメだ)
それは危険な言葉だ。
そんな迂闊なことを言って、『実は……チレッグ様と同じアザがあるんです』などとカミングアウトされたら、チレッグを消しに向かいにくい。
アザがあるなら、誰のアザかを前もって見極めなければならない。
ヒヨクのアザを持っているなら、それはナナミー自身の口から名乗り出てもらわなくては、色々と不都合だ。
(やっぱり、カメリアばあさんに聞くしかねえな)
フフ〜ン、フフ〜ンと歌うナナミーに、ヒヨクは改めて決意した。




