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運命のつがいは鬼畜な上司  作者: 白井夢子
第四章

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01.運命のつがい事例集


深夜を過ぎたころ。


『運命のつがい事例集』と刻まれた分厚い記録書を閉じ、ヒヨクは深く息をついた。


そこには、過去の運命のつがいたちのアザの形や、アザの出現時期、出会いまでが詳細に記されている。


つがい認定協会の極秘資料だ。

本来は持ち出し厳禁らしいが――「ああ?」と返事をしただけで、特別に貸し出された。


左頬にアザが現れ、運命のつがい登録をした際。

ヒヨクも一度だけ、この資料に目を通したことがあった。


(俺の運命のつがいなら、相手から勝手に名乗り出てくるだろ)


当時はそう軽く考えて、あまり深刻に考えていなかったが――

こうしてじっくりと改めて読み進めると、強い者ほど、相手の名乗り出る確率が下がっていることに気づく。


世の中の均衡を保つために、強い者ほど弱い者が運命のつがいとして結ばれているからだろう。

強いアザ持ちの運命の相手は、自分から名乗り出ることもできないほど弱い者になるらしい。


資料の中には、ヒヨクの祖父ヨウや、父レオードの事例も載っていた。


当時一番の強者とされていた二人は、確かに他のアザ持ちと比べて、つがい認定協会から正式認定を受けた時期が遅い。

すでに運命のつがいと出会い、そのそばにいたにも関わらず、認定までには何年もの時間がかかっていた。


極度に気が弱くてトロくさい、祖母カメリアや、母コフィを見れば、それも頷ける。

最終的にあの二人が運命のつがいを名乗り出たことは、奇跡に近いのかもしれない。


認めたくはないが――血筋を考えれば、ヒヨクの運命も似たようなものだろう。

何年もそばにいたナナミーが、ヒヨクの運命のつがいだとしても、おかしくはない。

十分にあり得る話だった。


「くそ!もっと早く気づいてれば……!」


チッと舌打ちをして、ヒヨクは額を押さえた。



もしナナミーが、ヒヨクと同じアザを持つ者なら。

これまでヒヨクは、大いに失言していたことになる。


『運命のつがいが名乗り出たときは、残業漬けにしてやるさ』


つがいなど関係なく、ナナミーだけを想っていることを伝え、安心させてきたつもりだった。

だが、それは危険な言葉だったのだ。


『運命のつがいが名乗り出たら、仕事なんてさせずに、屋敷で自堕落させるつもりだ』


――そう言うべきだった。


だが、もしナナミーが、ヒヨクと同じアザを持たない者ならば。

そんな言葉を伝えるべきではなくなる。


ヒヨクが自堕落させたいのは、ナナミーだけだ。

他の女を大切にするつもりなんてない。


ナナミーに誤解され、失望されたら――仕事を辞められるかもしれない。

そうなれば、上司としてのつながりが断たれてしまう。


仕事だけは早いナナミーのことだ。

あっという間に、『衣食住つきの、快適な転職先見つけました』なんて言われたら、他の野郎との出会いを作るだけだ。

そんなこと、許せるはずがない。


『運命のつがいのアザなんてなくても、仕事辞めて、屋敷で自堕落してろよ』


――そう伝えるべきか。


しかし、そんなことを言えば、これまで『つがいには残業をさせる』と言い聞かせてきたことを警戒されるかもしれない。

たとえアザがあっても、名乗り出ることなく隠し通される可能性は十分にあった。

下手なことを言って、逃げられるわけにはいかない。


そもそも、運命のつがいのアザを持っていたとしても、それがヒヨクのアザと同じとは限らない。


持つアザが、他のアザ持ちの男のアザだったとしたら、それはナナミーの口から聞いてはいけない。

裏でその相手を密かに片付けにくくなる。


『運命のつがいのアザ、あんだろ?』


――そんな迂闊な言葉をかけるわけにはいかない。


聞きたいことは、幾つもある。


ナナミーは運命のつがいのアザ持ちなのか。

もし持っているなら、誰のアザなのか。

そして、そのアザはどこにあるのか。


問いただしたい。

だが――直接聞くわけにはいかなかった。


悶々と悩みながら、夜は更に更けていく。



* *



「なあ」


ソファーに腰掛ける母親のコフィに、ヒヨクは声をかけた。


数日悩み続けたものの、結局いまだに答えは出ていない。


(当事者に聞けば、何かヒントがあるかもな)


そう考えて、仕事帰りにレオードの屋敷を訪れていた。

レオードが帰ってくる前に話を聞きたかったが、すでに帰宅していた。


(暇人かよ)


内心舌打ちしながら、応接室でコフィに声をかける。

だが、返事はない。


「おい」


再び呼びかける。

だが、コフィは顔を上げない。

シール帳を真剣に見つめたまだった。


「お前、もうろくして耳も聞こえねえのか?返事くらいしろよ!」


「え?私?」


声を荒げると、やっとコフィは顔を上げた。


「お母さんのこと?」


「それ以外に誰がいるってんだよ」


ヒヨクはチッと舌打ちをする。

この部屋には、レオードとコフィ、それにヒヨクしかいない。

他に呼びかける者など、最初からいない。

わかりきったことを言うコフィは、本当にトロくさい母親だ。


続けて口を開こうとした瞬間――レオードに襟首を掴み上げられた。


「『コフィお母さん』、だろ?」


襟首を片手で持ち上げたまま、ギリッと力が込められる。


「『コフィお母さん』と呼べって、ガキの頃から、言ってきたつもりだが、まだ覚えられねえのか?ああ?」


ひと声、ひと声区切るたびに、力を込めてきやがった。


――本気だ。


このイかれた野郎は、本気で息子をヤろうとしている。冷え切った目が、冗談ではないことを告げていた。


「……母さん」


「わかってんじゃねえか」


ヒヨクの言葉に、レオードがやっと手を緩めた。


「――それと」


緩めたと思いきや、また力を込める。


「なんだ?さっきの舌打ち。お前まさか、コフィに舌打ちしたこと、謝りもしねえのか?ああ?」


ひと声ごとに、掴んだ手にギリギリと力を込めてきた。


アザ持ちの男の、つがいに対する執着は半端ない。

レオードもそれに違わず、コフィに関することには、息子のヒヨクといえども容赦がない。


(この、つがい狂い野郎!)


そうは思うが、今日はこんな奴を相手にするために、わざわざ親父の屋敷を訪れたわけじゃない。


「……悪かった」


本当は殴り倒してやりたい気持ちを、ぐっと抑え込む。

ヒヨクはこんな場所に遊びに来たわけではない。

ここは引いておくことにした。



「レオード、だめよ。ヒヨクがわざわざ会いに来るなんて、きっと急ぎの用だと思うの。早くヒヨクの話を聞いてあげないと」


そうレオードに声をかけたコフィは、チリンと呼び鈴を鳴らす。

音と同時に、使用人のスノウが扉を開けた。


「スノウ。今から大事なお話をするの。急いでジュースを持ってきてちょうだい。……そうね。今日はぶどうジュースがいいわ」


「マスカットと巨峰、どちらになさいますか?」


「そうね……。マスカットもいいけど、巨峰も捨てがたいわね……」


ふううん、と悩ましげにコフィが眉を寄せる。


「ねえ、レオード、ヒヨク。どっちがいいかしら?」


大事な話をすると言いながら、コフィが安定のトロくささを見せていた。



『そんなん、どっちでもいいだろがっ!ってか、ジュースなんていらねえよ!!』


――そう怒鳴りつけてやりたい。


怒鳴りつけてやりたいが、そんなことをすれば、またこのイかれた野郎が絡んでくるに違いない。

ヒヨクは余計なことを言わないよう、ぐっと口を引き結ぶ。



「そうだな。昨日巨峰だったから、今日は味を変えてマスカットも悪くねえんじゃねえか?」


「マスカット……」


「あ、もちろん、俺が飲みたいのは、コフィの選ぶ方だ」


はははと嬉しそうに、レオードが笑っていた。

ヒヨクが、よほどの時しか屋敷に顔を出さないと分かっているくせに、いつでもコフィ最優先のレオードは、つがい狂いのイかれた親父だ。



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― 新着の感想 ―
ヒヨクが、早くレオードみたいに、つがい狂いになりますように。 でも、お話しは終わってほしくない〜!
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