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運命のつがいは鬼畜な上司  作者: 白井夢子
第三章 弱小な世界

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スローな一族


「あら……もうこんな時間。今から帰ったんじゃ、明日の朝になっちゃうわね」


ナナミーの母が、壁にかかった時計を見て呟いた。

ヒヨクもつられて時計に視線を向けると、すでに夕方に近い時間になっていた。


ナナミーの歩きに合わせていたせいで、この家に着いた頃には昼を大きく回っていた。

少し話しただけだというのに、かなり時間が経っていたようだ。


だが――この程度の距離なら、暗くなる前には屋敷へ戻れる。



「レオード様、ヒヨク様、今日はうちに泊まっていきませんか?近くに住む長老も、自慢の干し大根を持ってここに来ると話してましたし、ゆっくりしていってください」


「――いや。ご迷惑をおかけするわけにはいきませんから。それに、妻が待ってるんで、そろそろお暇します」


ナナミーの父の申し出に、きっぱりとレオードが断りを入れた。

この森に来るまでに屋台で色々食べているが、ナマケモノ族のもてなしで、腹がふくれるわけがない。


色々と鬱陶しい親父だが、ここは親父に合わせておくのが賢明だろう。


「せっかくのお誘いですが、今日は失礼します。明日は仕事がありますし」


「「「仕事……」」」


ナナミー家族の呟きが重なった。

しん……と、部屋に静寂が落ちる。


(「仕事」は、心象を下げるのか!)


「いや。仕事じゃなくて……今日は『帰省祝い』に、特別な夕食を振る舞いたいと、使用人が話していたもんで。早く帰ってやらねえと」


咄嗟に取り繕ったヒヨクの言葉に、ナナミーは顔を輝かせたが、両親は何も言わない。


(仕事を理由に申し出を断るような奴に、娘は預けられねえ!とか思ってる……のか?)


取り返しのつかない失言をしたのかもしれない。


(ヤベェな……)


ヒヨクの背中に、じわりと嫌な汗が滲んだ。


「特別な夕食とは……いい上司さんだな」

「良かったわね、ナナミー」


「うん。ユキさんっていう、すっごく優しいお姉さんがいるんだ〜。さっき渡したお土産の『お野菜アソーソセット』も、ユキさんが用意してくれたんだよ」


やがて口を開いた両親に、張り詰めていた空気がふっと緩む。

「そうか」と頷く両親に、ナナミーは嬉しそうに笑っていた。




「じゃあね、お父さん、お母さん。元気でね。またいつか遊びに来るね」


玄関先まで見送る両親に、ナナミーが手を振った。


「行くか。ほら、乗れよ」


ヒヨクは屈んで、ナナミーに背を向ける。


「ありがとうございます。……あ。長老様!」


その声に視線を向けると、ナマケモノ族の爺さんが、こっちに向かって歩いてくるのが見えた。

 

一歩。

そして、また一歩。


小さな歩幅で、ゆっくり、ゆっくりとこちらへ向かってくる。

この爺さんが、ナマケモノ族の長老らしい。


(――遅え!!)


怒鳴りつけてやりたいが、(ナナミー家族の前だ)と、ぐっと腹に力を込める。



やがて目の前に立った長老が、ゆっくりと手に持った袋を掲げた。


「ナナミーが帰ってきたと聞いて、急いで駆け付けたぞ。ほれ、これはワシ特製の干し大根じゃ。水でも飲みながら、ゆっくり話そうか」


「長老様、ごめんなさい。今から帰るところなんです」


ナナミーの言葉に、長老が目を見開く。


「なんと……近頃の若いもんはせっかちじゃな。……そうか。残念じゃが、仕方がないのう」


コクリと、長老が頷いた。


「帰りは、十分に気をつけるんじゃぞ。最近、この辺りに巨大な四つ子のヘビが出るからのぅ。あいつら、目にも止まらん速さで動くから、見つかったら終わりじゃぞ」


「えっ!!そんな危険なヘビが、この森に住み着いたんですか?!」


長老の話に、ナナミーの父が目を見開いた。

どうやら、その話は初耳だったようだ。


「ワシも三日ほど前に、隣の森の長老から手紙を受け取ったばかりでな。そろそろ村の皆に知らせんとと思っていたところじゃ」



(遅え!そんな知らせ受けたなら、蛇くらいすぐ片付けろよ。さすがにこんな戯言をほざくジジイには、ナナミーの親父もキレるだろ)


長老のやり取りに、身を震わせたナナミーを見て、ヒヨクは内心舌打ちをする。


(怖がらせやがって……!)


怒鳴りつけたい気持ちを、ぐっと抑え込む。



「そうですか……。こんなに早く知らせてくれて、ありがとうございます。さすが長老ですね。頼りになります」


ナナミーの父が感心したように、長老へ頭を下げる。


(……は?)


ヒヨクのこめかみに青筋が浮いた。

いや、どう考えても遅いだろう。


「いやいやいや。そんな危険があるなら、もっと早くみんなに知らせるべきだろが。お父さんやお母さんに何かあったらどうするんですか?」


堪えきれず、ヒヨクは口を開いた。


「そんなヘビに出会ったら……諦めるしかないだろうな」


「そうね。悲しいけど……それしかないわね」


「そうじゃな。知らせたところで、一緒なんじゃよ……」


ナマケモノ族たちが頷いている。


「そうだよね……。もし帰りに、私がヘビに食べられちゃったら、ヒヨク様に知らせてもらうね」


悲しそうにナナミーが答えていた。


「ああ?俺が付いてて、ヘビなんかに食われるわけねえだろが!ヘビがなんだってんだよ!」


思わず声が荒くなる。

そんなこと、許せるはずがなかった。




「やっぱりヒヨク様の声だ!ヒヨク様!ここにいたんですね!探しましたよ〜」


そのとき、ガサガサッと茂みの中から、ベアゴーが勢いよく顔を出した。


「クリフ兄さーん!チレッグ様ー!ヒュー様ー!ヒヨク様、見つかりました〜!」


「おう!こっちか?」

「見つけたか!」

「なんだ?ここ、ナナミーんちか?」


ベアゴーの掛け声に、アザ持ちの野郎どもまで集まってくる。

そしてそれぞれの背には――巨大なヘビが抱えられていた。

よく見ると、ベアゴーまで巨大なヘビの尻尾を片手で引きずっていた。


ナマケモノ族たちが、一斉に息を呑んだ。



「こいつら、ナナミーの家族か?ちょうど良かったぜ、これ受け取れよ」


「少し大きい獲物は、こんなもんくらいしかいなかったがな」


「ナナミー、恩返しだ。受け取っとけ。今日の夕メシくらいにはなんだろ」


「小骨が多いから、よく噛んで食べてね!」


ドサドサっと積み上げた4匹のヘビに、ナマケモノ族たちが固まっていた。

ナナミーまで、すっかり顔色を失っている。


『テメェら、ふざけんなよ……!』

――そう言って殴りかかってやろうとしたヒヨクを、レオードが手で制した。



「お前らなぁ、そんな小物、手土産にもならんだろ。アザ持ちとして恥ずかしくねえのか?それはお前らが持って帰れよ」


「まぁ……確かに」

「こんなもんじゃな」

「さすがレオード様だ……」

「小骨が多いもんね……」


レオードの言葉に、野郎どもが口々に呟いていた。

「持って帰るか」

そう言って、またそれぞれが蛇を担ぎ直す。



「アザ持ち様殿!」


背を向けて歩き出した野郎どもたちに、長老が声をかけた。


「森の危険を救っていただいて、ありがとうございます。お礼にこれを……」


長老が、ゆっくりと手に持つ袋を掲げる。


「なんだよそれ」


「ワシ特製の干し大根じゃ」


「チッ……そんなん、いらねえよ。大根くせえと思ったら、それか」


長老の好意を受けることもせず、野郎どもは再び背中を向けた。


「ナナミー、これを……」

「遅くなるからそろそろ行くぞ」


長老の声を遮って、ナナミーを背負ってヒヨクも歩き出す。

背中で大根くせえのは、ヒヨクだって勘弁してほしい。


これで森も静かになるだろう。

ナナミーも安心できるはずだ。


「お父さーん、お母さーん、長老様ー!またいつか帰りますねー!」


背中でナナミーが小さくなっていく家族に手を振っていた。





夕焼けの中、前を歩く野郎どもの影が、長く後ろへ伸びていた。

背中に担ぐヘビも、長く地面に続いている。


(慎重に確かめねえとな)


最弱種族のナマケモノ族の中でも最弱なナナミーは、誰かの運命のつがいになり得る。

それが誰の運命なのか、慎重に確かめなくてはいけない。

もし――それがヒヨクではないならば、相手を片付けなくてはいけないだろう。


ズルズルと引きずられるヘビを眺めながら、ヒヨクは考え込んでいた。




第三章はここまでです。

次回は章を改めて始めたいと思います。

少々待ってくれると嬉しいなっ!


え、待っててくれる……よね……?(動揺)


ここまで読んでいただいてありがとうございます!


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― 新着の感想 ―
ナナミーのお話だからナナミーのスピードに合わせて大丈夫です。このナマケモノ世界観が良い感じに癖になってるw
何度も読み返してるくらい先生の世界観が大好きで、その中でも鬼畜な上司が1番好きです。 続きを首を長ーくして楽しみに待ってます。
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