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運命のつがいは鬼畜な上司  作者: 白井夢子
第三章 弱小な世界

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スローな家族


「これはこれは……ようこそいらっしゃいました。こんなものしかありませんが、どうぞ召し上がってください」


ナマケモノ族の男が、ゆっくりとした手つきで、ヒヨクとレオードの前に皿を差し出した。

皿には、やけに細いきゅうりが盛られている。


「野生のきゅうりです」


「……どうも」


レオードが礼を返すと、男がコクリと頷く。


「川のものになりますが……こちらもどうぞ」


今度は、ナマケモノの女がゆっくりとした手つきで、コトリ、とグラスを置いた。

中には、水が並々と入っている。


「……どうも」


ヒヨクが礼を返すと、女もまたコクリと頷いた。


二人はナナミーの両親だ。

ヒヨクとレオードは今、ナナミーの実家を訪れている。


森の奥に、隠れるように建てられた簡素な家だった。

そこには、ナマケモノ族らしい、静かで穏やかな空気が流れていた。


しん……と静寂が落ちる。

その沈黙の中で、ナナミーが口を開いた。


「お父さん、お母さん。私今、ヒヨク様のお屋敷に居候させてもらってるんだ」


「居候……?」


ナナミーの父の言葉に、ナナミーがコクリと頷いた。


(お前、何も話してなかったのかよ……)


ナナミーがヒヨクの屋敷に来て、もうずいぶんの月日が経つ。

手紙を書いていないことは知っていたが、本当に何も話していなかったらしい。


娘の言葉を聞いても、ナナミーの父は何も言わない。


(……怒らせたか?)


男の呑気そうな表情は変わらない。

だが、腹の中では煮えたぎる思いでいるかもしれない。


『嫁入り前の大事な娘に、このケダモノがっ!』


ただ何も言えないだけで、そう考えているのかもしれない。



――嫌われたくねえ!!


衝動のような思いが突き上がる。

目の前の二人は、最弱種族のナマケモノ族だが、ナナミーの両親だ。

滲み出る、どうにもならないくらいの弱さが、ナナミーとどこか似ている。


ヒヨクの心臓が激しく波打った。


(ちゃんと説明しねえと……!)


「ナナミーは、俺にとって大事な部下です。安全に送り迎えができるよう、うちで預からせてもらっています」


「安全な……送り迎え?」


ゆっくりと、ナナミーの父が口を開いた。

穏やかな声色なのに、返って緊張が増す。


「はい。朝は俺が、帰りはクマ族の部下が、ナナミーを背負って送り迎えしています」


ヒヨクの説明に、ナナミーの父の目が、ゆっくりと見開いた。


――粗野な野郎に、大事な娘の送迎を任せていることを、不快に思ったのだろうか。


ヒヨクの胸に不安が押し寄せる。

しん……と部屋が再び静まり返った。



「……ナナミー」


やがて、ナナミーの母がゆっくりと口を開く。

穏やかな声色だった。

それなのに、ヒヨクの背筋に緊張が走る。


「歩かずに移動できるなんて……立派になったのねえ」


「あ、うん、お母さん。ヒヨク様が毎朝会社まで背負ってくれるんだ。この森までは、友達のベアゴーくんが背負ってくれたの」


「そうか……。いっときは仕事ばかりしてると聞いて、ナマケモノ族としての誇りを忘れたのかと、母さんと心配してたんだが……父さんも安心したよ」


両親の言葉に、えへへとナナミーが照れていた。


「最近は残業もないんだ〜」


「……そうか。やっと自立できたようだな」

「お母さん、嬉しいわ」


誇らしげに話すナナミーに、ナナミーの両親が感慨深そうにまたコクリと頷いた。


(残業か!)


ここが、ナマケモノ族にとっての重要な評価基準なのだと、ヒヨクは気づく。


「俺も上司として、ナナミーには残業させないよう、気をつけたいと思っています」


ヒヨクの言葉に、またしん……と沈黙が落ちた。


(間違えたか……?)


誰も、何も言わない。

静寂だけが広がった。


「あ……俺もヒヨクの父として、しっかりナナミーちゃんを守ろうと思ってますので、ご安心ください」


沈黙に耐えかねたのか、レオードが口を開いた。

それでも、誰も何も言わなかった。


(テメェみてえな人相の悪いヤツに言われても、怪しまれるだけだろがっ!……余計なこと言いやがって!)


ヒヨクは内心舌打ちをする。



「……ヒヨク様」


ナナミーの父の、そのゆっくりとした口調に、ヒヨクの背筋が伸びた。

気のせいか、目がほんのわずかに光ったように見えた。


(こんな親父が関わるような屋敷なんて、出ていけとか言わねぇ……よな?)


ぐっと手を握る。

たとえナナミーの親でも、そんな言葉だけは受け入れられない。


(なにか……なにか気の利いたことを言わねえと……!)


柄にもなく動揺し、うまい言葉が見つからない。


「……娘に良くしてくれて、ありがとうございます。これからもよろしくお願いします」


ナナミーの父が、ゆっくりと、深々と頭を下げた。ナナミーの母も、それに続く。


(……違った)


反対されるわけではなかった。

目が光ったのも、グラスの光が反射しただけだった。

ヒヨクは内心、はああっと安堵の息を吐いた。


「もう……ナナミーったら。突然に帰ってくるから、母さん、本当に心配したのよ?都会でうまくいかなくて、帰ってきたんじゃないかって」


ナナミーの母が、ほうっと息をつく。


「ナナミーの部屋、ずいぶん前に壊れちゃったから、急いで部屋作りしなきゃって、焦ったわよ」


「えっ……私の部屋、壊れちゃったの……?」


ナナミー親子が不穏な会話をしていた。


(壊れた……?この森に、そんな危険があるのか?!)


ヒヨクの背筋がヒヤリと冷える。


「家を出る前に、あれだけ『部屋に置いてる木の実は、全部捨てていきなさい』って言ったでしょう?宝箱の中に入れっぱなしだったんじゃないの?

どんぐりが、いつの間にか木になったのよ。おかげで、ナナミーの部屋はどんぐりの林になっちゃってるわ」


「あ……」


心当たりがあるのだろう。

ナナミーが悲しげに俯いた。


「木の実の成長は、あっという間だ。ヒヨク様のお屋敷に、ご迷惑をかけるんじゃないぞ。どんぐりはダメだ」


父に諭され、ナナミーはそっとポケットを押さえていた。


「あ……いや、俺の屋敷は大丈夫っすから。気にせず、好きなだけ拾ってくれたらいいと思ってます」


木の実があっという間に成長するはずがない。

どれだけ呑気に暮らしていたら、そんなことになるのか。


「ナナミー。しっかりした、優しい上司さんでよかったわね」


コクリと頷くナナミーに、ヒヨクの胸がほんの少しだけ跳ねた。


「この子ったら、昔から誰よりも弱くって。先生に怒られるのが怖くて、宿題もすぐに片付けちゃうし、予習復習で答えを間違えないように勉強ばっかりしてるし、隠れるのだけは人一倍早いし……ナマケモノ族としてやっていけるのかしら、ってずっと心配していたんですよ」


「あ……確かに、ナナミーは仕事は早いですね」


「もう……」


ふうとナナミーの母がため息をついていた。

昔から、(ナマケモノ族のくせに、仕事だけは早えな)と思っていたが、それは弱さ故からくるものらしい。


どうやらナナミーは、やはりナマケモノ族の中でも格段に弱い者のようだ。

言い返せないのか、視線を落としたまま黙っている。



もしかすると――だが。


(こいつ、俺の運命のつがいじゃねえのか……?)


母親に反論できないのが悔しいのか、ナナミーは、きゅっと結んだ唇を小さく震わせている。


そんな姿を、ヒヨクはじっと見つめた。



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― 新着の感想 ―
更新ありがとうございます! 毎日の癒しでございます。
連続の更新ありがとうございます! 毎朝、楽しく読ませていただいてます。 合法的な両親への挨拶。むしろ、顔合わせ!?wが無事おわりそうなのか!? ほかのアザ持ちがいつ、出てくるのかドキドキワクワク楽し…
怠けることへの誇り‥‥!ww ただ怠けてるんじゃない 誇りを持って怠けてるんだ!(笑) 面白い一族だなぁ
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