ナナミーの故郷
「俺は上司として、これからナナミーんちに挨拶に行ってくっから、お前ら先に獲物狩っとけよ。ベアゴー、お前もだ。先にハチミツ採りに行っとけ」
ヒヨクが声をかけると、男たちがわっと声を上げた。
「さすがヒヨクさん!義理に厚いっすね!」
「部下だからって、ナマケモノ族に礼を払うなんて、なかなかできることじゃないっすよ!」
「格が違うっすね!」
「わ〜ヒヨク様、ありがとうございます!」
邪魔な奴らを追い払うために口にした言葉だが、勝手にもてはやされていた。
本当に騒がしい奴らだ。
休みの日にまで会いたい奴らではない。
ヒヨクは軽く手を払い、男たちを散らせた。
そしてナナミーに声をかける。
「どうする?背負ってやってもいいが……久しぶりの帰省だろ?ゆっくり歩いて行くか?」
少し考えるように黙って、コクリとナナミーは頷いた。
歩くのが遅いナナミーだが、こうして二人で森を散策するのも悪くねえだろう。
「親父も足腰弱ってんだから、そこ座っとけよ。歩けねえなら、帰りはベアゴーに背負わせるから安心しろ」
「……はは。テメェの冗談ほど面白くねえもんはねえな。――まあ、話は帰ってからしようぜ」
「親父と話すことなんて、何もねえよ。行くぞ、ナナミー」
親父の話など、分かっている。
どうせまた、『運命のつがいと落ち着け』だの、説教を垂れたいだけだろう。
――今朝のように。
ここ最近は気が晴れなかった。
数日前に、ナナミーから帰省することを聞いてからだが――帰省自体は別にいい。
ナナミーの故郷はそれほど遠い場所じゃないし、たまには家族の顔も見たくなるものだろう。
だが、ナナミーから帰省の話を聞いたとき、送り迎えをベアゴーに頼んでいることも知った。
ずっと以前に、ベアゴーからもらった券を見つけたらしい。
(はあ?なんだよ、『どこでもベアゴー券』って)
そんな券を大事に取っておいたことが、面白くなかった。
(なんで俺に頼まねえんだよ)
そこも、面白くない。
内心、舌打ちをしたい気分だった。
それでも、ここでキレたところをナナミーに見せれば、今度こそ嫌われてしまうかもしれない。
だから、寛容に笑ってみせた。
『久しぶりの帰省なんだし、ゆっくりするなら有給使えよ。急に予定が変わるなら、ベアゴー経由で連絡を入れれば、仕事も休んでもいいぞ』
そう言うと、ナナミーの顔がパッと明るくなり、嬉しそうに笑い、それだけでヒヨクの怒りは瞬時に溶けた。
――怒りは溶けたはずだった。
それでも、今朝ベアゴーの背中に乗って小さくなって行くナナミーを見たら、また苛々が募ってきた。
普段の会社の送迎くらいなら別に構わんが、ナナミーの森までは、ちょっとした小旅行だ。
できることならヒヨクだってナナミーの育った森を見てみたいし、両親にだって挨拶をしたい。
(今から追いかけるか)
(……いや、それも嫌がられるか)
そんなふうに悩んでいたところへ、親父が鬱陶しい顔を見せた。
『さっさと運命のつがいと落ち着けよ』
――などと、鬱陶しいことまで言いやがって、思わずブチギレた。
親父には常々、自分は運命のつがいなど、どうでもいいと思っていることを伝えてきたはずだ。
それなのに、もうろくしたのか、同じ言葉を繰り返した上に殴りかかってきた親父に、ヒヨクも拳で応えてやった。
(それでも――まあ……)
うちの屋敷からの帰りに、チレッグやヒュー、そしてクリフと歩いていたナナミーに声をかけ、話を自分に繋げたことには感謝している。
ここまで歩いただけで息をつくほど足腰が弱ってるなら、その辺で座って休んでくれたらいい。
「レオードお父さん、大丈夫ですか?もう少し歩いたら川があるので、お水汲んできますね」
「はは。大丈夫だよ、ナナミーちゃん」
(無様なもんだな……)
ナナミーに労られるレオードに、ヒヨクは哀れみの目を向けた。
ナナミーが育った森は、人の手が入っていないような小さな森だ。
草木がうっそうと茂り、鳥の鳴き声だけが響く、田舎らしく退屈な森だった。
それでも、ナナミーの育った森だ。
「この森、なんかねえのか?案内しろよ」
思い出話を聞こうと声をかけると、ナナミーはコクリと頷く。
「あそこに――」
ナナミーがスッと薮を指差す。
「隠れる場所があります」
指差す場所は、ただの薮だ。
何もない。
「どこって?」
「あの、下の方に空間があるんです。ほらあそこ。怖い子を見つけたときは、あそこに隠れてました」
「怖い子?この辺、ナマケモノ族の集落だったよな?」
親父の問いかけに、またナナミーはコクリと頷く。
強い者が全てのこの世界だ。
ナマケモノ族の中でも、強い者がいるのだろう。
「あそこ――あの、大きな木の後ろに、一人だけ隠れるのにちょうどいい穴があります」
「あの、薮の横の方に、見つかりにくい岩の隙間があります」
少し歩くたびに、ナナミーは「あそこに」「そこに」と指を指す。
「隠れる場所だらけじゃねえか……」
ヒヨクがかけた言葉に、ナナミーの瞳が揺れていた。
弱いヤツだとは思っていたが、ナナミーはおそらく、ナマケモノ族の中でもかなり弱い方なのだろう。
(……まさか)
ふと、考えが頭をよぎる。
世界の均衡を保つため、強い者のつがいほど弱いと聞く。
(ナナミーは、本当にアザ持ち――もしくは、これから運命のつがいのアザが出る者なんじゃねえか?)
「あ。帽子付きのどんぐりだ!双子だ!これ、コフィお母さんのお土産にしようかな〜」
道端に落ちているどんぐりを見つけてしゃがむナナミーは、どう見ても誰よりも弱そうだった。
確信に近い予感に、ヒヨクは目を細めた。




