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運命のつがいは鬼畜な上司  作者: 白井夢子
第三章 弱小な世界

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ナナミーの故郷


「俺は上司として、これからナナミーんちに挨拶に行ってくっから、お前ら先に獲物狩っとけよ。ベアゴー、お前もだ。先にハチミツ採りに行っとけ」


ヒヨクが声をかけると、男たちがわっと声を上げた。


「さすがヒヨクさん!義理に厚いっすね!」

「部下だからって、ナマケモノ族に礼を払うなんて、なかなかできることじゃないっすよ!」

「格が違うっすね!」

「わ〜ヒヨク様、ありがとうございます!」


邪魔な奴らを追い払うために口にした言葉だが、勝手にもてはやされていた。

本当に騒がしい奴らだ。

休みの日にまで会いたい奴らではない。


ヒヨクは軽く手を払い、男たちを散らせた。

そしてナナミーに声をかける。


「どうする?背負ってやってもいいが……久しぶりの帰省だろ?ゆっくり歩いて行くか?」


少し考えるように黙って、コクリとナナミーは頷いた。

歩くのが遅いナナミーだが、こうして二人で森を散策するのも悪くねえだろう。


「親父も足腰弱ってんだから、そこ座っとけよ。歩けねえなら、帰りはベアゴーに背負わせるから安心しろ」


「……はは。テメェの冗談ほど面白くねえもんはねえな。――まあ、話は帰ってからしようぜ」


「親父と話すことなんて、何もねえよ。行くぞ、ナナミー」


親父の話など、分かっている。

どうせまた、『運命のつがいと落ち着け』だの、説教を垂れたいだけだろう。

――今朝のように。

 


ここ最近は気が晴れなかった。


数日前に、ナナミーから帰省することを聞いてからだが――帰省自体は別にいい。

ナナミーの故郷はそれほど遠い場所じゃないし、たまには家族の顔も見たくなるものだろう。


だが、ナナミーから帰省の話を聞いたとき、送り迎えをベアゴーに頼んでいることも知った。

ずっと以前に、ベアゴーからもらった券を見つけたらしい。


(はあ?なんだよ、『どこでもベアゴー券』って)


そんな券を大事に取っておいたことが、面白くなかった。


(なんで俺に頼まねえんだよ)


そこも、面白くない。

内心、舌打ちをしたい気分だった。


それでも、ここでキレたところをナナミーに見せれば、今度こそ嫌われてしまうかもしれない。

だから、寛容に笑ってみせた。


『久しぶりの帰省なんだし、ゆっくりするなら有給使えよ。急に予定が変わるなら、ベアゴー経由で連絡を入れれば、仕事も休んでもいいぞ』


そう言うと、ナナミーの顔がパッと明るくなり、嬉しそうに笑い、それだけでヒヨクの怒りは瞬時に溶けた。


――怒りは溶けたはずだった。


それでも、今朝ベアゴーの背中に乗って小さくなって行くナナミーを見たら、また苛々が募ってきた。

普段の会社の送迎くらいなら別に構わんが、ナナミーの森までは、ちょっとした小旅行だ。


できることならヒヨクだってナナミーの育った森を見てみたいし、両親にだって挨拶をしたい。


(今から追いかけるか)

(……いや、それも嫌がられるか)


そんなふうに悩んでいたところへ、親父が鬱陶しい顔を見せた。

『さっさと運命のつがいと落ち着けよ』

――などと、鬱陶しいことまで言いやがって、思わずブチギレた。


親父には常々、自分は運命のつがいなど、どうでもいいと思っていることを伝えてきたはずだ。

それなのに、もうろくしたのか、同じ言葉を繰り返した上に殴りかかってきた親父に、ヒヨクも拳で応えてやった。


(それでも――まあ……)


うちの屋敷からの帰りに、チレッグやヒュー、そしてクリフと歩いていたナナミーに声をかけ、話を自分に繋げたことには感謝している。

ここまで歩いただけで息をつくほど足腰が弱ってるなら、その辺で座って休んでくれたらいい。


「レオードお父さん、大丈夫ですか?もう少し歩いたら川があるので、お水汲んできますね」


「はは。大丈夫だよ、ナナミーちゃん」


(無様なもんだな……)


ナナミーに労られるレオードに、ヒヨクは哀れみの目を向けた。




ナナミーが育った森は、人の手が入っていないような小さな森だ。

草木がうっそうと茂り、鳥の鳴き声だけが響く、田舎らしく退屈な森だった。


それでも、ナナミーの育った森だ。


「この森、なんかねえのか?案内しろよ」


思い出話を聞こうと声をかけると、ナナミーはコクリと頷く。


「あそこに――」


ナナミーがスッと薮を指差す。


「隠れる場所があります」


指差す場所は、ただの薮だ。

何もない。


「どこって?」


「あの、下の方に空間があるんです。ほらあそこ。怖い子を見つけたときは、あそこに隠れてました」


「怖い子?この辺、ナマケモノ族の集落だったよな?」


親父の問いかけに、またナナミーはコクリと頷く。

強い者が全てのこの世界だ。

ナマケモノ族の中でも、強い者がいるのだろう。


「あそこ――あの、大きな木の後ろに、一人だけ隠れるのにちょうどいい穴があります」


「あの、薮の横の方に、見つかりにくい岩の隙間があります」


少し歩くたびに、ナナミーは「あそこに」「そこに」と指を指す。


「隠れる場所だらけじゃねえか……」


ヒヨクがかけた言葉に、ナナミーの瞳が揺れていた。


弱いヤツだとは思っていたが、ナナミーはおそらく、ナマケモノ族の中でもかなり弱い方なのだろう。


(……まさか)


ふと、考えが頭をよぎる。


世界の均衡を保つため、強い者のつがいほど弱いと聞く。


(ナナミーは、本当にアザ持ち――もしくは、これから運命のつがいのアザが出る者なんじゃねえか?)



「あ。帽子付きのどんぐりだ!双子だ!これ、コフィお母さんのお土産にしようかな〜」


道端に落ちているどんぐりを見つけてしゃがむナナミーは、どう見ても誰よりも弱そうだった。


確信に近い予感に、ヒヨクは目を細めた。


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