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運命のつがいは鬼畜な上司  作者: 白井夢子
第三章 弱小な世界

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帰省は危険の始まり②


「ヒュー!チレッグ!奇遇だな。――なんだ?ベアゴーも一緒じゃねえか」


タッタカタッタカ走るベアゴーの背中にしがみついていると、また新たな声が聞こえた。

それは、聞き覚えのある声だった。


「ベアゴー、何背負ってんだ?」


「クリフ兄さん、こんにちは〜。僕の同僚のナナミーちゃんって子を運んでるんだ」


「兄さん?そういや、クリフとベアゴーは、従兄弟だって言ってたな」


続いて聞こえたヒューの声に、ナナミーは背中の上で身を縮めた。

やはり、声の主は以前会ったクリフだった。

ベアゴーとは従兄弟関係らしい。

――またアザ持ちの男が増えてしまった。


「ナナミー?……おう、俺の恩人のナナミーじゃねえか。また会ったな」


ベアゴーの背中越しに覗き込んできたクリフに、ナナミーはぺこりと頭を下げた。


「クリフ様、こんにちは〜」


挨拶をしながら、ふと思い出す。


――あのとき。

前回会ったときの、別れ際のことだ。


『割れちまったりんご飴じゃ、恩は返せねえな。また今度会ったときだな。ナナミー、期待しとけよ』


『いえいえいえ!お気持ちだけで十分です!』


必死に遠慮したナナミーに、クリフの目が光った。


『……なんだ?テメェは、俺の恩を受け取れねえってのか?』


『まさかまさか!ありがたくお待ちしております!』


ナナミーは、渾身の笑顔でそう答えたものだ。


――この再会に、嫌な予感しかない。



「お前ら揃ってどこ行くんだ?」


「ナナミーちゃんの家族と長老に、獲物を狩って届けに行くんです!ナナミーちゃんの森、誰も獲物を捕まえたことがないんだって」


「誰も……?そうなのか?不憫な奴らだな……。よし!俺も着いて行ってやるよ。ナナミーは恩人だからな。でっけえアナコンダくらいのヤツ、届けてやるか」


「いいな、それ」


「面白そうじゃねえか。狩り対決しようぜ」


「わ〜楽しそう!」



三人のアザ持ちの男たちと、一人の最強種族の同僚が盛り上がっていた。

――森に大きな危険が迫っている。

だが、ナナミーにできることは何もない。

ただベアゴーの背中にしがみついたまま、揺られていくしかなかった。




「ナナミーちゃん?そこにいるの、ナナミーちゃんじゃないか?」


また背中越しに聞こえた声に、パッと一筋の光が差した。

聞き覚えのあるその声は、ナナミーに差し伸べられた救いの手だ。


「レオードお父さん……!!」


ナナミーは、よじよじとベアゴーの背中を登る。

その先にいたのは、やはりレオードだった。


「あ!レオード様!こんにちは!」

「ヒヨクさんにはお世話になってます!」

「初めまして!クマ族のクリフです!」

「ヒヨク様のお父様、こんにちは〜」


男たちが次々とレオードに頭を下げていた。

どうやら、アザ持ちの男たちよりも、ひと世代上のレオードの方が格上らしい。


「ナナミーちゃん、今日は帰省するんだろ?なんでお前らがナナミーちゃんと一緒にいるんだ?」


「ナナミーちゃんの森で、狩り対決とバーベキューすることになったんです!」


「狩り……?」


ベアゴーの説明に、レオードが訝しげに眉をひそめると、チレッグはこれまでのいきさつを話し始めた。


「ふうん……」


話を聞き終えたレオードと、ふいに目が合った。


(レオードお父さん、助けて……!!)


ナナミーは、ぐっと目に力を込めた。


(狩った獲物なんて、怖いんです……!この男たちのバーベキューで、森が焼けちゃうかも……!)


声にならない叫びを、必死に送る。


じっとナナミーを見つめていたレオードが、やがて口を開いた。


「その狩り、ヒヨクも混ぜてやってくれよ。アイツ、今日は暇してるはずだぜ?アザ持ちのお前らが、一番走るの早えだろ。呼んできてくれよ。俺はナナミーちゃんと先に歩いてるからさ」


「え!ヒヨクさんも一緒っすか!」

「いいっすね!」

「うわ!俺、ヒヨクさんに初めて会うわ」


レオードに促され、三人のアザ持ちたちは、勢いよくヒヨクの元へ走っていった。

ナナミーは、ふうっと息をつく。


「レオードお父さんも一緒に行ってくれるんですか?」


「ああ。あんな騒がしい奴らが一緒じゃ、ナナミーちゃんもゆっくり帰れないだろ?あいつらはヒヨクに任せとけばいいさ」


良かった。

助かった。

レオードがいれば、きっとなんとかなるはずだ。


安心した途端、森に帰るのが急に楽しみになってくる。


「コフィお母さんも、一緒に来れないかな〜。キレイな石が落ちてるところ、案内してあげたいな……」


「コフィは、今日はゆっくりしたいって話してたからな。また誘ってやってくれよ」


レオードの言葉に、ナナミーはコクリと頷いた。

休日にゆっくりしたい気持ちは分かる。

コフィはまた今度誘えばいい。


「フフ〜ン、フフ〜ン、ナッマケッモッノ〜♪」


晴れた空の青が、とてもキレイだった。




* * *



「フフ〜ン、フフ〜ン、ナッマケッモッノ〜♪」


ベアゴーに背負われたナナミーが、機嫌良く歌っていた。

さっきまで悲壮な顔をしていたが、アザ持ちの男たちを引き離したことで、ようやく安心できたらしい。


(帰ってきてよかったぜ……)


レオードはほっと息をつく。

ヒヨクと掴み合いになって、帰ってきたところだった。


(あのバカ息子……!)


ヒヨクを思い出した途端、また苛立ちが込み上げる。


帰省するナナミーが、送り迎えにベアゴーを頼ったのが気に入らなかったのだろう。

顔を合わせたときから、あからさまに機嫌が悪かった。


『ヒヨク、テメェのその鬱陶しい顔、なんとかしろよ。それにお前、ナナミーちゃんを泣かせるまで仕事させたんだって?……お前は、いつまで経っても成長しねえ男だな。さっさと運命のつがいと落ち着けよ』


そう言って、せっかく『ナナミーちゃんこそが、お前の運命のつがいだ』ということを教えてやったというのに。


『うるせえな。テメェこそ、鬱陶しい顔見せんじゃねえよ。俺は運命のつがいなんて、どうでもいいんだよ!』


――そう、わけの分からねえことを言い返してきやがった。

しょうがないので拳で教えてやったが、あの男は親の心も知らず、しっかり殴り返してきやがった。


ナナミーたちと会ったのは、そんなやり取りを終えて戻ってきたところだった。

ベアゴーを囲むように歩く三人の男たちを見つけ、レオードは思わず声をかけたのだ。


チレッグから事情を聞きながら、レオードは内心で眉をひそめる。


クリフがナナミーを恩人だと話していることは、ユキから報告を受けている。

だから、クリフは別だ。


だが――チレッグとヒューまで、ナナミーに妙に構っている。

レオードには、それが引っかかった。


チレッグの右頬にある「走るチーターのアザ」。

ヒューの右首筋にある「走るピューマのアザ」。

そして、ヒヨクの左頬の「走るヒョウのアザ」。

――どれも、よく似た形をしている。


(アザの系統が近いからだろうな)


だからあの二人も、ナナミーに多少なりとも親近感を抱いているのだろう。


本来、アザ持ちの男は、運命のつがい以外に執着したりしない。


だが――万が一、ということもある。

アザの系統が近いせいで、間違ってナナミーに強く惹かれでもしたら厄介だ。

これ以上、あの二人をナナミーに近づけないようにしなくてはいけない。


(まあ――少し考えれば分かるだろ)


この流れを知れば、チレッグとヒューをナナミーに近づけるのが得策ではないことくらい、ヒヨクにも判断できるはずだ。


レオードがナナミーを見守っている間に、ヒヨクが三人を引きつけ、どこかで時間を潰しておけばいい。

それこそ、自分の屋敷に迎え入れるなり、川でバーベキューでもしていれば済む話だ。


そもそも、ヒヨクがナナミーに残業を押し付けたのは、チレッグとヒューから贈り物を受け取ったからだと、ユキから報告を受けている。


(……いくらヒヨクが、ナナミーちゃんを運命のつがいだと気づかねえバカでも、あれだけ嫉妬しといて、何も分からねえはずねえだろ)


やれやれと、レオードは首を振った。


(急に決まった森行きだからな、手土産の一つも用意できなかったな)


そんなことを考えながら、レオードはナナミーとベアゴーと共に、ブラブラと森に向かった。





ヒヨクはバカ息子だということは、レオードだって知っていた。


――しかし。

森の入り口には、すでに男たちが待っていた。


「おう、ナナミー。今日の仕事は片付いたから、来てやったぜ」


嬉しそうにナナミーへ声をかけるヒヨクに、レオードは「しょうがねえな」と息をつく。

ナナミーの故郷の森に一緒に行きたかったのだろう。


「なんだ?親父、息切らしてんのか?もうろくしたな。足腰弱ったんじゃねえか?」


かけられた言葉に、レオードのこめかみに青筋が立つ。


「はは……救いようのねえバカな野郎のことを思うと、ついため息が出てな」


「なんだ?そんなバカな野郎がいるのか?迷惑な野郎だな」


機嫌のいいヒヨクに、レオードの嫌味が届くことはない。


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