帰省は危険の始まり②
「ヒュー!チレッグ!奇遇だな。――なんだ?ベアゴーも一緒じゃねえか」
タッタカタッタカ走るベアゴーの背中にしがみついていると、また新たな声が聞こえた。
それは、聞き覚えのある声だった。
「ベアゴー、何背負ってんだ?」
「クリフ兄さん、こんにちは〜。僕の同僚のナナミーちゃんって子を運んでるんだ」
「兄さん?そういや、クリフとベアゴーは、従兄弟だって言ってたな」
続いて聞こえたヒューの声に、ナナミーは背中の上で身を縮めた。
やはり、声の主は以前会ったクリフだった。
ベアゴーとは従兄弟関係らしい。
――またアザ持ちの男が増えてしまった。
「ナナミー?……おう、俺の恩人のナナミーじゃねえか。また会ったな」
ベアゴーの背中越しに覗き込んできたクリフに、ナナミーはぺこりと頭を下げた。
「クリフ様、こんにちは〜」
挨拶をしながら、ふと思い出す。
――あのとき。
前回会ったときの、別れ際のことだ。
『割れちまったりんご飴じゃ、恩は返せねえな。また今度会ったときだな。ナナミー、期待しとけよ』
『いえいえいえ!お気持ちだけで十分です!』
必死に遠慮したナナミーに、クリフの目が光った。
『……なんだ?テメェは、俺の恩を受け取れねえってのか?』
『まさかまさか!ありがたくお待ちしております!』
ナナミーは、渾身の笑顔でそう答えたものだ。
――この再会に、嫌な予感しかない。
「お前ら揃ってどこ行くんだ?」
「ナナミーちゃんの家族と長老に、獲物を狩って届けに行くんです!ナナミーちゃんの森、誰も獲物を捕まえたことがないんだって」
「誰も……?そうなのか?不憫な奴らだな……。よし!俺も着いて行ってやるよ。ナナミーは恩人だからな。でっけえアナコンダくらいのヤツ、届けてやるか」
「いいな、それ」
「面白そうじゃねえか。狩り対決しようぜ」
「わ〜楽しそう!」
三人のアザ持ちの男たちと、一人の最強種族の同僚が盛り上がっていた。
――森に大きな危険が迫っている。
だが、ナナミーにできることは何もない。
ただベアゴーの背中にしがみついたまま、揺られていくしかなかった。
「ナナミーちゃん?そこにいるの、ナナミーちゃんじゃないか?」
また背中越しに聞こえた声に、パッと一筋の光が差した。
聞き覚えのあるその声は、ナナミーに差し伸べられた救いの手だ。
「レオードお父さん……!!」
ナナミーは、よじよじとベアゴーの背中を登る。
その先にいたのは、やはりレオードだった。
「あ!レオード様!こんにちは!」
「ヒヨクさんにはお世話になってます!」
「初めまして!クマ族のクリフです!」
「ヒヨク様のお父様、こんにちは〜」
男たちが次々とレオードに頭を下げていた。
どうやら、アザ持ちの男たちよりも、ひと世代上のレオードの方が格上らしい。
「ナナミーちゃん、今日は帰省するんだろ?なんでお前らがナナミーちゃんと一緒にいるんだ?」
「ナナミーちゃんの森で、狩り対決とバーベキューすることになったんです!」
「狩り……?」
ベアゴーの説明に、レオードが訝しげに眉をひそめると、チレッグはこれまでのいきさつを話し始めた。
「ふうん……」
話を聞き終えたレオードと、ふいに目が合った。
(レオードお父さん、助けて……!!)
ナナミーは、ぐっと目に力を込めた。
(狩った獲物なんて、怖いんです……!この男たちのバーベキューで、森が焼けちゃうかも……!)
声にならない叫びを、必死に送る。
じっとナナミーを見つめていたレオードが、やがて口を開いた。
「その狩り、ヒヨクも混ぜてやってくれよ。アイツ、今日は暇してるはずだぜ?アザ持ちのお前らが、一番走るの早えだろ。呼んできてくれよ。俺はナナミーちゃんと先に歩いてるからさ」
「え!ヒヨクさんも一緒っすか!」
「いいっすね!」
「うわ!俺、ヒヨクさんに初めて会うわ」
レオードに促され、三人のアザ持ちたちは、勢いよくヒヨクの元へ走っていった。
ナナミーは、ふうっと息をつく。
「レオードお父さんも一緒に行ってくれるんですか?」
「ああ。あんな騒がしい奴らが一緒じゃ、ナナミーちゃんもゆっくり帰れないだろ?あいつらはヒヨクに任せとけばいいさ」
良かった。
助かった。
レオードがいれば、きっとなんとかなるはずだ。
安心した途端、森に帰るのが急に楽しみになってくる。
「コフィお母さんも、一緒に来れないかな〜。キレイな石が落ちてるところ、案内してあげたいな……」
「コフィは、今日はゆっくりしたいって話してたからな。また誘ってやってくれよ」
レオードの言葉に、ナナミーはコクリと頷いた。
休日にゆっくりしたい気持ちは分かる。
コフィはまた今度誘えばいい。
「フフ〜ン、フフ〜ン、ナッマケッモッノ〜♪」
晴れた空の青が、とてもキレイだった。
* * *
「フフ〜ン、フフ〜ン、ナッマケッモッノ〜♪」
ベアゴーに背負われたナナミーが、機嫌良く歌っていた。
さっきまで悲壮な顔をしていたが、アザ持ちの男たちを引き離したことで、ようやく安心できたらしい。
(帰ってきてよかったぜ……)
レオードはほっと息をつく。
ヒヨクと掴み合いになって、帰ってきたところだった。
(あのバカ息子……!)
ヒヨクを思い出した途端、また苛立ちが込み上げる。
帰省するナナミーが、送り迎えにベアゴーを頼ったのが気に入らなかったのだろう。
顔を合わせたときから、あからさまに機嫌が悪かった。
『ヒヨク、テメェのその鬱陶しい顔、なんとかしろよ。それにお前、ナナミーちゃんを泣かせるまで仕事させたんだって?……お前は、いつまで経っても成長しねえ男だな。さっさと運命のつがいと落ち着けよ』
そう言って、せっかく『ナナミーちゃんこそが、お前の運命のつがいだ』ということを教えてやったというのに。
『うるせえな。テメェこそ、鬱陶しい顔見せんじゃねえよ。俺は運命のつがいなんて、どうでもいいんだよ!』
――そう、わけの分からねえことを言い返してきやがった。
しょうがないので拳で教えてやったが、あの男は親の心も知らず、しっかり殴り返してきやがった。
ナナミーたちと会ったのは、そんなやり取りを終えて戻ってきたところだった。
ベアゴーを囲むように歩く三人の男たちを見つけ、レオードは思わず声をかけたのだ。
チレッグから事情を聞きながら、レオードは内心で眉をひそめる。
クリフがナナミーを恩人だと話していることは、ユキから報告を受けている。
だから、クリフは別だ。
だが――チレッグとヒューまで、ナナミーに妙に構っている。
レオードには、それが引っかかった。
チレッグの右頬にある「走るチーターのアザ」。
ヒューの右首筋にある「走るピューマのアザ」。
そして、ヒヨクの左頬の「走るヒョウのアザ」。
――どれも、よく似た形をしている。
(アザの系統が近いからだろうな)
だからあの二人も、ナナミーに多少なりとも親近感を抱いているのだろう。
本来、アザ持ちの男は、運命のつがい以外に執着したりしない。
だが――万が一、ということもある。
アザの系統が近いせいで、間違ってナナミーに強く惹かれでもしたら厄介だ。
これ以上、あの二人をナナミーに近づけないようにしなくてはいけない。
(まあ――少し考えれば分かるだろ)
この流れを知れば、チレッグとヒューをナナミーに近づけるのが得策ではないことくらい、ヒヨクにも判断できるはずだ。
レオードがナナミーを見守っている間に、ヒヨクが三人を引きつけ、どこかで時間を潰しておけばいい。
それこそ、自分の屋敷に迎え入れるなり、川でバーベキューでもしていれば済む話だ。
そもそも、ヒヨクがナナミーに残業を押し付けたのは、チレッグとヒューから贈り物を受け取ったからだと、ユキから報告を受けている。
(……いくらヒヨクが、ナナミーちゃんを運命のつがいだと気づかねえバカでも、あれだけ嫉妬しといて、何も分からねえはずねえだろ)
やれやれと、レオードは首を振った。
(急に決まった森行きだからな、手土産の一つも用意できなかったな)
そんなことを考えながら、レオードはナナミーとベアゴーと共に、ブラブラと森に向かった。
ヒヨクはバカ息子だということは、レオードだって知っていた。
――しかし。
森の入り口には、すでに男たちが待っていた。
「おう、ナナミー。今日の仕事は片付いたから、来てやったぜ」
嬉しそうにナナミーへ声をかけるヒヨクに、レオードは「しょうがねえな」と息をつく。
ナナミーの故郷の森に一緒に行きたかったのだろう。
「なんだ?親父、息切らしてんのか?もうろくしたな。足腰弱ったんじゃねえか?」
かけられた言葉に、レオードのこめかみに青筋が立つ。
「はは……救いようのねえバカな野郎のことを思うと、ついため息が出てな」
「なんだ?そんなバカな野郎がいるのか?迷惑な野郎だな」
機嫌のいいヒヨクに、レオードの嫌味が届くことはない。




