表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
運命のつがいは鬼畜な上司  作者: 白井夢子
第三章 弱小な世界

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

75/79

帰省は危険の始まり


ペラ……と、シール帳の新しいページをめくると、挟んでいた一枚の紙がひらりと落ちた。

今日のおやつに付いていたシールを貼ろうとした時のことだった。


紙を拾い上げたナナミーは、じっと紙を見つめる。


「忘れてた……」


『どこでもベアゴー券』

紙には、マジックでそう大きく書かれていた。

ずっと以前に、ペアゴーからもらったものだ。

この券は、ナナミーを「どこでも好きな所まで運んでくれる」という、なんとも太っ腹な一枚である。


もらった当初は、(海を越えたアニマル熱帯雨林に行くのもいいかも……)なんて、ぼんやり考えたこともあった。

けれど今は、そんなに遠くに行きたいと願う気持ちは、すっかりしぼんでしまっている。

今となっては、特別な目的もない、使いどころのない券だ。


それでも――こうして思い出したのだ。

せっかくだし、使ってみてもいいかもしれない。


「……森の家に帰ってみようかな」


(どこか遠くに――)


そう考えた瞬間、ふと頭に浮かんだのは、森に住む懐かしい顔だった。


森の奥に暮らすお父さんとお母さん。

その近所に住む、ナマケモノ族を代表する偉大な長老。


ナナミーは、もうずいぶん森の家に帰っていない。


森の外にあるポストに手紙を出しに行くのが、きっと面倒なんだろう。

両親から手紙が届くことはない。

ナナミー自身も、手紙を書くことが面倒でほとんど出したことがなかった。


『手紙がないのは、無事の知らせ』

――それがナマケモノ族の共通認識だ。

きっとみんな、変わらず元気にしているのだろう。


それでも、一度帰って近況を話してみるのも悪くない。


会社への往復は、毎日背負ってもらいながら通勤していること。

そして、「ほぼ残業のない生活」を勝ち取った、立派になった自分のこと。


ナマケモノ族らしく、ちゃんと自立して暮らしていると伝えれば、きっと安心してくれるだろう。


ナナミーの足なら一日かかる距離だが、ベアゴーの足なら数時間で着くはずだ。

少し挨拶をして、そのまま連れて帰ってもらえばいい。


『え〜。その券、片道切符だよ?』


もしベアゴーにそんなことを言われたら、その時はしばらく森に滞在して、帰りはのんびり歩いて帰ればいい。


「有効期限ってあったかな?」


帰省を決めたナナミーは、券をくるりと裏返す。

期限が書いていないか確かめてみたが、裏はただの白い紙だった。


「明日、早速ベアゴーくんに頼んでみよっと」


そう呟いて、ナナミーはまた、「どこでもベアゴー券」を大事にシール帳に挟み直した。




帰省を決めた翌日。

仕事帰り、ナナミーはベアゴーの背中に揺られながら、森まで送ってもらえないかを切り出した。


「券……?そんなのあげたっけ?」


ナナミーの言葉に、ベアゴーは首をかしげていた。

どうやら、あの「どこでもベアゴー券」のことは、すっかり忘れているらしい。


それでも、「いいよ。ナナミーちゃんの森にはよく行くし。今度の休みに、はちみつを採りに行くついでに運んであげるよ。日帰りなら、帰りも送ってあげるよ」と、あっさり引き受けてくれた。


「ありがとう、ベアゴーくん」


帰りまでも送ってくれるらしい。

嬉しくなって、歌ってしまう。


「ゴッゴー、ゴッゴー、ベアゴー号!森っ、森っ!ゴゴン、ゴゴン♪」


「も〜止めてよ〜。ナナミーちゃんの歌、ずっと頭の中で回るから嫌なんだよ〜」


文句を言いながらも運んでくれるベアゴーは、強い種族の男だが、ナナミーにもとても優しいいいヤツなのだ。





そして迎えた休日、空はからりと晴れていた。


帰省は、日帰りの予定だ。

けれど、ヒヨクは「久しぶりの帰省なんだし、ゆっくりするなら有給使えばいい」と言ってくれた。


もし急に予定が変わるなら、ベアゴー経由で連絡を入れれば、仕事も休んでいいらしい。

――どうやら、鬼畜な上司は去ったようだ。


「じゃあ、ユキさん行ってきます」


迎えにきてくれたベアゴーの背中に乗って、ナナミーは森へと向かった。





「あ。チレッグ様、ヒュー様、こんにちは〜」


背中越しに聞こえたベアゴーの声に、ナナミーはギクリとした。


「チレッグとヒュー」

――それは、厄介な男たちの名前だ。


(ちょっとベアゴーくん!余計な挨拶しないでよ!気づかれちゃうでしょう?!)


ナナミーは、背中越しに心の中で文句を言いながら、なるべく小さく身を縮めた。


できることなら、このまま見過ごしてほしい。

せっかくの帰省の日にまで、絡まれたくはない。


そう願ったのに、背中から顔を覗かせる間もなく、あっさりと正体が割れた。


「おう、ヒヨクさんとこのベアゴーじゃねえか。……って、その背負ってるヤツ、ナナミーか?」


「おい!ナナミー、お前は挨拶もねえのか?……チッ!ヒヨクさんとこの子分を見習えよ」


「え〜ヒヨク様の子分だなんて〜」


チレッグの言葉に、なぜかベアゴーが照れていた。

どこに照れる要素があったのかは分からない。

それにナナミーは、チレッグの子分になった覚えはない。


――覚えはないが。


「あ。チレッグ様、ヒュー様、こんにちは。今、挨拶しようと思ってたんです〜」


弱小種族らしく、愛想笑いで誤魔化しておく。


「チッ……相変わらずトロくせえな。それで?お前らこんな朝からどこ行くんだ?」


「僕ら今から、ナナミーちゃんの実家のある、森に行くとこなんです」


ベアゴーが嬉しそうに答えると、チレッグが片眉を上げる。


「お前ら、付き合ってんのか?結婚の挨拶か?」


「違います!」

「絶対に違います!そんなの、あり得ないです!ナナミーちゃんは、恋愛対象外です!」


ナナミーとベアゴーの声が重なった。


ナナミーだって、ベアゴーと付き合うなんてあり得ない。恋愛対象外だ。

けれど、ベアゴーにそこまで力強く否定される筋合いもない。


ナナミーはぐっと拳を握りしめると、ドン!とベアゴーの背中を叩き――


「うぅ……」


手の痛みに、思わず身を縮めた。

 

「ナナミーちゃん、別に疲れてないし、肩叩きしてくれなくてもいいよ。そんな弱く叩かれても、全然効かないし」


「まあ……俺の子分は弱えが、礼に肩叩きしようとするあたり、礼儀はなってるようだな」


「トロくせえが、礼をわきまえてるヤツなら、仲間に入れてやるぜ」


痛みに震えて声も出せないナナミーをよそに、強い種族の同僚とアザ持ちの男たちは、好き勝手なことを言っていた。


「ナナミーちゃんの森、おいしいハチミツ取れるんですよ」


「森か……。ちょうどヒューと、天気もいいしバーベキューでもするかって話してたとこだ。ヒュー、川もいいが、森にしねえか?」


「そうだな。捕まえたフレッシュな食材を焼くのも悪くねえな」


「わ〜じゃあ、チレッグ様とヒュー様も一緒に行きましょう。みんなでバーベキュー、嬉しいな〜」



(ベアゴーくん。余計なこと言わないでよ……!)


ナナミーを置いてまとまっていく話に、心の中で叫ぶ。


ナナミーの故郷は、ナマケモノ族たちがひっそり暮らす、小さな森だ。

そこに、雑誌の中でしか見たことがないような、最強種族のアザ持ちの男が二人も来れば、森が恐怖に包まれてしまう。


「あの……うちの森は、誰も獲物一つ捕まえたことがないような、辺鄙な森なんです」


「ああ?お前んとこ、誰も獲物も獲れねえのか?……しょうがねえな。今日、お前んちの分も捕まえてやるよ。子分だからな」


チレッグの申し出に、ナナミーは必死に首を振る。

――家族を怖がらせるわけにはいかない。


「あ、いえ。うちは大丈夫です。長老を差し置いて、そんなの受け取れませんから」


「長老?……お前、やっぱ礼儀はなってんな。よし、分かった。仲間として、俺から長老んとこに獲物届けてやるよ。でっけえヤツ、期待しとけ」


ヒューの申し出にナナミーは震えた。

――長老に危険が迫っていた。


突然、巨大な猛獣の死体など届けられたら、長老の心臓が止まってしまうかもしれない。


「よし!そうと決まれば、急ぐぞ!」


ザッザッと足を早める男たちに合わせて、森へ迫る危険もまた、どんどん近づいていた。





※「どこでもベアゴー券」とは…

No.27 話の、ベアゴーお手製の券なのです

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
長老の運命や、いかに‥‥!!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ