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運命のつがいは鬼畜な上司  作者: 白井夢子
第三章 弱小な世界

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流行は、アザ持ちたちを連れてくる


「おい、おやじ。今からりんご飴ってやつ作れよ。りんごに枝ぶっ刺して、周りに飴付けるらしいぞ」


「りんご飴……ですかい?」


チレッグのざっくり過ぎる注文に、飴屋の主人が戸惑っていた。

さすがアザ持ちの男だ。

無礼加減が半端ない。


「こいつが欲しがってんだよ」


チレッグの小脇に抱えられていたナナミーは、「こいつが」と前に差し出されて、飴屋の主人と目が合った。


「お嬢ちゃんが……」


その飴屋の主人の呟きに、ナナミーはきゅっと目をつむる。


違います!

脅してるのはこの男です!

私はただ、作ってもらえるのか聞きたかっただけなんです!


――飴屋の主人にそう叫びたい。


ナナミーは、できるだけ目立たず、平穏に、弱小種族らしく暮らしたいだけだ。

ダメならダメで、別に構わない。

いつものことだ。諦めはつく。


だが、飴屋の主人の落とした一瞬の沈黙に、チレッグの声が低くなる。


「なんだ?てめえは飴屋だろうが。出来ねえなんて抜かさねえだろうな」


「いえいえいえ!滅相もない!りんご飴っすか!初めて聞きましたが、精一杯作らせていただきます!――枝。枝ですね!すぐに、いい枝探してきます!」


目をつむるナナミーに、遠ざかっていく飴屋の主人の、必死な足音だけが聞こえた。





「チレッグ?こんなとこで何してんだ?」


りんご飴の試作を見守っていると、背後から声がかかった。


「おう、ヒュー……と、クリフじゃねえか」


振り返るよりも早く、チレッグが答えた名前にナナミーはギクリとする。


「ヒュー」

チレッグがそう呼ぶ相手は、たびたびナナミーの部署に顔を出す、取引先の男に違いない。

チレッグと同じくアザ持ちの男――ピューマ族のヒューだ。


(またヤバい男に出会ってしまった……)


せっかくの休日だというのに、厄介な男がもう一人増えた。


(最悪だ……)


きっとまた、「お前は相変わらずトロくせえ奴だな」と絡まれるに決まってる。

振り向きたくはない。

できることなら、このまま空気になってやり過ごしたい。


そう願ったのに、振り向く間もなくあっさりと正体が割れた。


「そこにいんの、ヒヨクさんとこのやつじゃねえか。チッ……お前、振り返んのもトロくせえな」


目も合わせないうちに、やはり絡まれた。


「あ。ヒュー様、こんにちは〜」


ナナミーはぐっとお腹に力を込めて、愛想笑いで大人の余裕を見せつけてやる。

そしてヒューを見て――その隣に視線を移した瞬間、ナナミーは息を呑んだ。


初めて会う大柄な男だった。

その首元に、クマが両手を上げて立っているアザがある。


さらなるアザ持ちの男だ。

――最悪極まりない。


けれど、ふと、何かが引っかった。


(両手を上げて立つ……クマ?)


そのアザの話を、どこかで聞いたことがある。

いつ、どこで聞いた話だっただろうか。



「――い。おい!聞いてんのか?お前に話しかけてんだよ、ナナミー!」


鋭い声に、はっと意識を引き戻した。


「あ……チレッグ様」


「お前なぁ……立ちながら寝てんじゃねえよ。りんご飴の話してんだろが」


チレッグが呆れた目でナナミーを見下ろしている。


ナナミーは、決して寝ていたわけではない。

けれど、ここでも大人しくやり過ごすために、「すみません。今日は荷物が重くて、ついぼうっとしちゃって〜」と、うふふ〜と笑って誤魔化した。


「ナナミー?……お前、ナナミーって言うのか?前につがい認定協会にいなかったか?」


クマのアザ持ちの男の問いかけに、ナナミーは思わず頷く。


「あ、はい。前にしばらくお仕事してました……あ」


返事をしながら、気がついた。


『両手を上げて立つクマのアザ』

それはナナミーがつがい認定協会で、悩み相談を受けた時に、聞いた話だった。

確か、あのお客さんは――


「ウララさんのつがい様……?」


彼は、ウサギ族のウララが、つがいを名乗り出るか否かで悩みを打ち明けた相手だ。

クマ族のクリフ――ウララの運命のつがいだ。


「おう、そうだ。お前、チレッグの連れだったんだな。もしかして……チレッグの運命のつがいか?」


「違います!」

「違えよ」


即座に否定する声が、チレッグと重なった。


「こいつは、オレの子分みてえなもんだ」

「えっ……」


それも違う。

それは絶対にない。


けれどナナミーが口を開くより先に、ヒューが「まあ、そうだろうな」と頷いた。


「それよりクリフ、こいつと知り合いか?」


「ウララはナナミーから、俺に運命のつがいを名乗り出ることをアドバイスされたらしいんだよ。礼を言わなきゃなと思って協会に行ったんだが、いなくてよ」


クリフの言葉に、ヒューが片眉を上げる。


「そうなのか?トロくせえだけのヤツだと思ってたが、お前なかなかやるな。気に入ったぜ!」


ヒューに意外そうに言われて、ナナミーの胸がぎゅっと縮む。

こんな怖い男に気に入られるなんて、嫌な予感しかない。


「チレッグ、さっきの話だが――ナナミーがそのりんご飴ってやつを食べたがってんのか? ナナミーは、俺のダチの恩人だ。俺に任せろ、すぐに作らせるぜ」


「え……」


ヒューの言葉に、ナナミーの肩がびくりと揺れる。

すると今度は、クリフまで口を開いた。


「おい、飴屋。ナナミーは俺の恩人だ。すぐに用意してやれ」


(やめてほしい……)


自分のために誰かが脅されるなんて、見たくはない。

けれど――ナナミーに、アザ持ちの男を止められるはずもなかった。


「まだかよ」

「なにトロトロしてんだよ」


重なる声に、飴屋の主人の手が震える。


「へ、へい!一応……作ってみました。お嬢ちゃん、どうだい?」


恐る恐る差し出されたのは、細い枝に刺さったりんごだ。

その表面には、うっすらと飴がかかっていた。

りんごは日の光を受けて、キラキラと輝いている。


(きれい。宝石みたい……)


「おじさん、ありが……」


「あ?おやじ、それでも飴屋か?こんな薄っぺらい飴で恥ずかしくねえのか?もっと豪快にいけよ!」


「そうだな、これはないわ。薄すぎんだろ」


「おやじ、ケチくせえ飴つけんなよ」


ナナミーが手を伸ばすより早く、男たちの声が割り込んだ。


「あの……すごくきれいだし、私はもう――」


「あ?だからテメェは弱そうだってバカにされんだろ?もっと強そうな飴食えよ」


「十分満足です」と続けるはずだった言葉は、途中で遮られる。


「そうだ。おやじ、もっと飴かけてやれよ。俺の恩人だぜ?」


「へ、へえ……」




受け取るはずだったりんご飴は、「もっと!」「まだ足りねえ!」というアザ持ちの男たちの言葉に、どんどん大きくなっていく。

りんごに刺さった枝がミシ……ミシ……と嫌な音を立てていた。


ナナミーは――次第に大きくなっていくりんご飴を、ただ見守ることしかできない。




ウサギ族のウララさん。

それはエピソード「No.11. できる女ナナミー」のウララさん。ピョピョーンって行っちゃった女の子。

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― 新着の感想 ―
ああ‥‥枝が重力に負ける未来しか見えない‥‥どうかこれ以上飴屋さんとナナミーの心労が増えませんように(祈)
宝石のようなきらきらのりんご飴が、ガチガチの男らしい硬派なりんご飴になっていく…!
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